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2011/02/18

■民主党議員グループの会派離脱事件に思うこと

民主党の16人の会派離脱への批判が強まっています。
今朝のテレビ報道では、たとえばフジテレビ系の番組では、議員バッチがなければただのおじさんと表現したばかりか、みんな比例区の最後で滑り込んだ人たちの保身のための「造反」だと、いかにも彼らを馬鹿にした報道をしています。
他の番組も大同小異のような気がします。
聴いていて、きわめて不快です。
こういう「造反」の動きの中で、予算関連法案が通過しなければ、国民生活がますますひどくなると言う人も多いです。
今も見ていると、「こんなことをしている暇はない」と発言している人もいますし、「お家騒動」だという人もいます。
こうやって、脅かしながら、問題の本質的解決を避けて、事態をさらに悪化させていくのが「体制」(システム)の「変化回避機制」です。

新しい価値がうまれるには、あるいは枠組みを変えていくためには、創造的破壊は時には必要です。
エジプトの今回のデモは、その一つかもしれません。

無名であろうと議員は議員です。
議員に上下関係があるはずはありませんし(もしあるとしたら国民にも上下関係があるということになります)、流れに抗する動きには必ず何らかの意味があります。
それをしっかりと受けとめる感受性がなければ、組織は生きつづけられません。
「全く理解できない」と菅首相は発言していますが、理解できなければ理解しようとするのが常識です。
首相も、岡田幹事長も、その発言には権力者の意識を感じます。
権力に依存した発言をする人は、リーダーとは言えません。

国民生活は、すでに壊れだしています。
これほどの格差社会にしておきながら、さらにそれを進めるかもしれない予算を成立させることを絶対視する必要はありません。
歳入が途切れて、国家公務員の給料が遅配になるような事態も決して悪いわけではありません。
会社であれば、家庭であれば、そんなことはよくあります。
治安が乱れるかもしれませんが、いまも治安はかなり乱れていますし、治安のありかたを根本から考え直す契機になるかもしれません。

いまはそれくらいの大きな時代の変わり目にあるような気がします。
昨今の社会のあり方に辟易している私としては、問題の本質を問い質す契機になればと思います。
あまりに無責任な発言と批判されそうですし、私もそんな気もしますが、問題を器用に収めるのではなく、問題の本質を考えることも必要だろうと思います。
政治のあり方、行政のあり方、議会のあり方、政党のあり方、そうしたことを考え直す材料がいろいろと出てきています。
たとえば、政権がなぜ1年前後でくるくる変わるのか、そのことの理由をもっと考えたいと思います。
異議申し立てには、いつもそれなりの意味があるのです

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