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2011/02/04

■八百長相撲

以前から噂されていた八百長相撲が否定できない事実として暴露され出しています。
その報道があまりに多すぎるのに辟易しています。
相撲ジャーナリストと称する人たち(たとえば杉山さん)も、怒りを見せながら驚いていますが、私はその姿を見ながら、驚きながら怒りを感じます。
彼らが知らなかったはずがありません。
もし知らなかったとしたら、ジャーナリストとは言えないでしょう。
それも知らずに、何がジャーナリストだと言いたい気がします。

こうした事例は山のようにあります。
前にも書きましたが、官僚の居酒屋タクシー事件や年金横領の話など、その世界にいる人たちは少なからず噂などは耳にしているでしょうし、それを取材している人たちもまた見聞しているはずです。
これまで広範に、しかも長期にわたって行われていることにもし気づいていないとしたら、よほどふまじめな取材をしていたとしか思えません。
もちろん正確には知らないとしても、裁判にもなっていることですから、もし少しでも噂が聞こえたら、調べるのが当然です。
それは相撲協会の関係者も同じことです。
調べなかったのは、彼らが知っていたからでしょう。
そう思うのが普通ではないかと思います。
野球賭博の時にも書きましたが、一蓮托生なのです。
八百長相撲裁判で判決を出した裁判官や弁護士も私には同じ仲間に感じられます。

ところで、今日のテレビで、こんな話が出ていました。
負け越すと100万円の給料がゼロになり、生活が一変する。だからこれはそうならないようにするための、助け合いの仕組みなのだ。
アメリカの経済学者の調査では、千秋楽に7勝7敗の力士と勝ち越しを決めた力士の勝負では、ほぼ8割が前者が勝って勝ち越すのだそうです。
私は感心しました。
不条理の世界には、必ず支え合い助け合う仕組みができるものなのです。
八百長は悪いですが、この話を聞いて私はとても感心しました。

私はスポーツのほとんどがいまや商業主義化していて、多かれ少なかれ、八百長的だと思っているので、それ自体にはあんまり怒りは感じないのです。
悪いのは一体だれなのか、問題はそんなに簡単ではなさそうです。

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