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2011/02/21

■暴言の犯罪性

私にはいささかの暴言癖があります。
時に言葉で人を傷つけることがあるのです。
最近はかなりよくなったと思いますが、思ったことを過剰に強調したり、気楽に反語を発して誤解されてしまうことが今でもあります。
困ったものです。

自分にそういう傾向があるので、他の人の暴言も気になります。
人間は誰かを批判する時に、大体自分の欠点と同じものに気づくものです。
他者の欠点に気づいたら、先ずは自分はどうだろうかと考えると、自分にも当てはまることが少なくありません。
まさに、人のなり見て我がなり直せ、です。

今日のテレビで、横領容疑事件の事情聴取に当たった大阪府警の警部補の音声が報道されました。
容疑者の男性に「殴るぞ、お前」などと暴言を浴びせている状況が、容疑者の持っていたICレコーダーに録音されていたのです。

それを聴いていて、言葉の暴力のすごさを改めて感じました。
特に権力をもっている人の暴言はものすごい殺傷力をもっています。
そして、言葉には、その人の本質が現れます。

和民の渡邉社長への私の不信のはじまりは、テレビで見た、彼の社員への言葉遣いでした。
それについては当時、このブログにも書きました
文字にするのもいやなほどの暴言でしたが、それ以来、渡邊さんがどんなことを言おうと、どんな笑顔をつくろうと、私には信頼できません。
人を人と思わないような暴言をはく人に、人を語る資格はありません。
自分もそういう発言をしたことが昔あったがゆえに、許せないのです。
もちろん私は今も自分自身を許せないでいます。

しかしなぜ人は暴言をはくのでしょうか。
私の体験から言えば、思いが強すぎるからです。
思いをコントロールできないのです。
しかし、だからといって、暴言は許せません。
とりわけ人を裁いたり、育てたりする人は、相手が誰であろうと、人の尊厳は大切にしなければいけません、
東京都の知事にもなってはいけません。

私も最近は少し成長しました。
あまり暴言をはくこともなくなりました。
その一方で、相変わらずなくならないのは失言です。
幸いに、私が少しくらい失言しても、だれも迷惑をこうむらないようです。
まあ、それもちょっと寂しい気もしないではないですが。

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