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2011年3月

2011/03/31

■節子への挽歌1306:フェイスブックとつぶやき

節子
最近、フェイスブックというのが広がっています。
ネット上でのつながりの輪なのですが、まさに「友だちの友だちは友だちだ」という世界です。
若い友人から誘われて、以前から一応登録はしていますが、最近、いろんな人から「友達リクエスト」というのが届きます。
中には名前も知らない人からも届きますが、調べていくと共通の友人がいるのです。
この人とは共通の友人が3人いますよ、などとシステムが教えてくれるのです。
それはそれで結構面白いのです。
そのおかげで、しばらく交流が途絶えていた人との交流が再開されたこともあります。
相手からも、まさかフェイスブックで会うとは思いませんでしたなどというメールが届きました。
この世界は、リアルでもバーチャルでもなく、私にはもう一つの世界のような気がします。
そう思うのは、その世界で発せられるメッセージは、相手を特定していないことも多く、最近流行の「つぶやき」のように、内言語の表出でもあるからです。

言語には、内言語と外言語と文字言語の3つがあります。
内言語とは、心の中で用いられる発声を伴わない言語のことで、一説では一日3万語も発せられているそうです。
したがって、その大半は自分でも意識していないはずです。
それに対して、外言語は他者に向けて発せられる、目的を持った言語です。
文字言語は、それらとはまたまったく違うものでしょう。
私たちは、そうした3つのまったく違う言語の世界に生きているわけです。
いうまでもありませんが、私たちの生を支えているのは、内言語です。
それがなければ、他の2つの言語は、たぶん意味を持ちえません。

節子がリアルに隣にいた時、私たちの会話は内言語と外言語が重なっていたはずです。
私たち夫婦に限らず、心を通わせあった関係にある人同士は、たぶん内言語と外言語を融解させています。
表出されない内言語が、伴侶という相手に伝わるという関係が生まれていたのです。
人の絆の強いコミュニティにおいては、同じことが行われていたはずです。
その絆が壊れてしまったいま、ツイッターという「つぶやき」が重宝されるわけですが、それはいかにもさびしい社会のように、私には思えます。

しかし、この挽歌もまた、「つぶやき」といってもいいでしょう。
まさに今の私は、相手のいないままにつぶやかなければいけない「さびしい存在」なのかもしれません。
こう考えていくと、節子の存在は現代的でなかったのかもしれません。
節子がいたおかげで、私はこの現代においても、つながりに支えられた生き方に身を任せられてきたのかもしれません。
前にも書きましたが、私の脳が、あるいは言語世界が、最近の言葉でいえば、ソーシャルブレイン的に、内言語も外言語も区別せずに会話できたのは、節子の存在のおかげだったのかもしれません。

フェイスブックは、しかしその役割を果たしてはくれないでしょう。
他者のつぶやきは、私にはやはり無機質なつぶやきでしかないからです。
そして、私自身は、見えない大きな生命の海につぶやく意味がうまく理解できないからです。
節子へのつぶやき、内言語的な無意識のつぶやきは、節子によってしっかりと受け止められていました。
そうした関係を失ったことが、おそらく「そうか、もう君はいないのか」という、城山三郎さんのつぶやきだったのでしょう。

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2011/03/30

■週刊朝日の佐藤栄佐久福島県前知事のインタビュー記事

福島県の住民にも責任があると、昨日書きましたが、2011年4月11日号の「週刊朝日」に、前の福島県知事の佐藤栄佐久さんのインタビュー記事が掲載されています。
短い記事ですので、もしお時間のある方はぜひお読み下さい。
タイトルは「国民を欺いた国の責任をただせ」です。
彼が知事だった頃に、原発の事故が発生し、それを契機に福島の原発を止めさせた人です。
しかし、なぜかその数年後に、収賄事件で東京地検特捜部に逮捕されました。
現在は、その事件に関して冤罪訴訟で戦っています。
ここでもまた特捜部が出てくるところがポイントです。
一時は原発に反対すると殺されるという噂が流れたことがありますが、恐ろしい世界です。

週刊朝日の記事を読むと、いまならきっと多くの人が受け入れられるでしょう。
しかし、当時は彼の発言はかき消されてしまっていたのです。
こういうことはほかにもたくさんあります。
前に紹介した平井憲夫さんの手記もそうですが、他にもさまざまな話がネット上を駆け巡っています。
事件が起きてからでは遅すぎると思われるかもしれませんが、こうした情報やメッセージは以前からたくさん出ていました。
にもかかわらず、社会が聴く耳をもっていなかったのです。
むしろそうした社会秩序にとってのノイズは覆ってしまうのが最近のマスコミやジャーナリストの役割ですが、それでも世間の関心が高まれば、利に聡い彼らは動き出します。
昨今の情報の流れに、それを感じます。

前から何回か書いていますが、人は見たいものしか見ません。
最近のネット社会では環境はかなり変わってきているようですが、それでも、その人に見える世界は、所詮はその人の知っている世界と僅かにその周辺でしかありません。
だから私たちは、世界を広げる努力をしなければいけません。
あるいは、キュレーターと呼ばれる情報のハブ役を探さなければいけません。

原発への関心は高まっていると思いますが、わけのわからない専門用語や難しい単位記号に惑わされてはいけません。
大切なのは常識的に、生命的に、考えることです。
理解できないことを理解しようとする必要もありません。
何が真実かは、この2週間の状況を見ていればわかることです。

私たちが犯してしまった間違いは、自分たちで受け止めなければいけません。
しかし、せめて間違いの繰り返しは避けたいものです。
相変わらず、原発こそが国の基本などといっている、みのもんたさんのような人にはテレビから退場してもらわなければいけません。
私はその番組のスポンサー企業の商品は金輪際購入しないつもりです。


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■節子への挽歌1305:地球は存続しているのか

節子
どこかおかしい気がします。
私が、ではなく、社会が、です。
何かがおかしい、そんな気がしてなりません。
これまで感じたことのない、奇妙な感じです。
現実感がないのです。

若い頃、読み耽っていたSF(空想科学小説)の影響が今頃出てきたのかもしれません。
それはこんなイメージです。
福島原発が核爆発を起こし、その連鎖で地球が消滅。
時空間が歪み、時間の流れが混乱し、いま私はその残渣としての超時間的存在に投げ出されている。

夕方、人と会うために、これから自宅を出る予定ですが、わが家の周辺はなぜかひどく静かです。
まさに亜空間に閉じ込められて、漂っているような気分です。
まるで自分が幻想の世界を遊泳しているような気分になります。

これほどの惨事が近くで起こりながら、みんな競って食材を買いあさる。
どう考えても納得できる世界ではありません。
原発事故は深刻さを増しているのに、同窓会のゴルフの案内が回ってくる。
テレビでは、相変わらず内容のないタレントのトーク番組が流れ、人の不幸を題材にした安直な報道番組が流れています。
キャスターやコメンテーターや学者なども、毎日、同じようなことを話しています。
話してばかりではなく、やることがあるだろうにと思います。
とんでもないほど恐ろしい話なのに、記者会見で話す人たちは、感情ももたずに話しています。
私にはゾンビのように感じます。
この世界は、本当はもう存在しないのではないか、気づいていないのは私だけという気がしてくるのです。

もしかした、もうみんな彼岸に来てしまっているのかもしれません。
もしそうなら、どこかで節子に会えるかもしれません。
さてそろそろ出かけましょう。
節子に会えるといいのですが。
この歪んだ亜空間が消滅しないうちに。

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■ショック・ドクトリン

福島原発事故の発生で、すべてのニュースは覆われだしました。
地震・津波の被災さえもが、見えにくくなっています。
ましてや、それ以外の社会の動きは見えてきません。
相撲界の事件も、いまや話題にさえなりません。

しかし、実際には世の中からそうした事件が消えてわけではありません。
私の周りでも、とても個人的な問題や生活の問題なども含めて、いままでと同じように、事件や問題が起こっています。
リビアでは相変わらずの内戦が続いているでしょうし、北朝鮮の拉致問題が解決したわけでもありません。
私たちの世界が、いかにマスメディアによって形成されたものであるかがよくわかります。
私たちは虚構の世界に生きているといってもいいでしょう。

今日も知人があるメーリングリストに「ショック・ドクトリン」の話を流していました。
前にもチラッと書きましたが、大きな事件が起こるとみんながそれに目を向けている隙をねらってとんでもないことをやってしまう人がいます。
さらに、意図的にそうした大騒ぎを起こして、やりたいことを実現してしまうということもあります。
これは、国家の戦略手段のひとつです。

金銭至上主義者のミルトン・フリードマンは、「真の変革は、危機状況によってのみ可能となる」と述べたそうですが、カナダ人ジャーナリストのナオミ・クラインは、これを「ショック・ドクトリン」と呼び、危険な思想と警告を鳴らしています。
クラインは、急進的な市場主義改革は、そうしたショックを利用して進められたと主張しているようです。
今回の事件は人為的なものではありませんが、みんなの目が地震・津波の被災と原発事故に奪われている時に、国会で何が決められているか、いささかの不安はあります。
こういう大事件の前には、細かなことを言い出すことは勇気のいることです。
しかしどんな事件が起きようとも、私たちの生活はその事件の対処だけで終わってはいけません。
こうした時期であればこそ、改めて日常に戻って考えることが大切なのではないかと思います。

ところで、ショック・ドクトリンですが、クラインは危険な思想と言いますが、危険なのはその命題自身ではなく、危機状況を自分のために利用する人、例えばフリードマンのような人が出てくることだろうと思います。
こういう時期だからこそ、見えにくいところで、悪事をたくらんでいる人への監視を強めなければいけません。
そのために、私たちは浮き足立つのではなく、しっかりと日常も生きる必要があります。

例えば、電力が不足しているのではなく、電力消費が過剰な生き方を問い直すことが大切です。
資源のない日本は原子力に頼らないといけないなどという主張に、安直にうなずいてはいけません。
いま必要な「変革」は、高木仁三郎さんが言っていたように、「脱原発」へと変えていくことだろうと思います。
もし日本という国が存続できたらですが。

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2011/03/29

■節子への挽歌1304:ほうれん草を買うかどうか

節子
あなたならどうしたでしょうか。

なぜか近くの八百屋さんに茨城産のほうれん草が並んでいたそうです。
出荷制限と聞いていたのですが、不思議です。
娘は買ってきませんでした。

それをめぐって、娘と私の節子観が正反対であることがわかりました。
私が、節子なら買ってきただろうな、こういう時こそ、農家を支援しなければいけない、と言うと、
娘はすかさず、節子だったら買わないよ、何でそんな危険なものをあえて食べないといけないのかというよ。
さてどちらが正しいでしょうか。

難しい放射線量など、節子は理解できないでしょうから、要は危険かどうかが判断基準になるでしょうが、同時にせっかく丹精込めて育てられた野菜への愛着もあるでしょう。
節子は食材が無駄に扱われるのが、とても嫌いでした。
それにテレビで、すべてが危険なわけではないという報道を見ていたら、むしろ応援の意味も兼ねて買うのではないかと、私は思います。
それに、節子は賞味期限などあまり気にせずに、期限切れのものを捨てずに調理していましたし。
それ以上に、私がそう思うのは、私なら気にせずに買うからです。
なにしろ私たちは同じ価値観を持っていたはずですから。

ところが娘は、そういう無茶をやる私に、節子は否定的だったと言うのです。
そして、家族の安全を守るように、安心できない食材は買わなかったというのです。
そう言えば、中国産は避けていました。

わが家では、「節子だったら」というのが流行り言葉なのです。
ところが、その節子基準は、人によって違うようです。
困ったものです。

ところで、今回に関しては、いずれが正解でしょうか。
当の節子本人は答えられるでしょうか。
たぶん答えられないでしょう。
時に買い、時に避ける、節子もその時々に気分に大きく影響される人でしたから。
まさに私と同じでした。
要するに私たちが似ていたのは、いい加減だったということなのでしょうか。
いやはや困ったものです。

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■原発事故の責任の所在

福島原発事故のおかげというと、語弊があるでしょうが、原発とはどんなものかがかなり明らかになってきました。
印象的だったのは、今朝の朝日新聞に出ていた双葉町の町会議員の言葉です。
見出しは大きく「原発選択 後悔の念」とあります。
双葉町では、2002年の原発トラブル隠し事件後、一時、増設を凍結したが、その後凍結を解除し、再び増設受け入れていたのです。
体験して初めて気づくのが人間なのかもしれません。
厚生労働省の村木さんもそうでした

福島県知事や被災地の自治体の首長や住民が、東電や政府を責めますが、私には少し違和感があります。
こういう時期に、こんなことを言うと、憤懣ものでしょうが、それが私の正直な気持ちでもあります。

責任とは何か。
「責任という虚構」の著者、小坂井敏晶さんはナチスのホローコストに関連して、こう書いています。

「狂信的指導者が政治機構の中枢で決定するだけでは人は死なないという単純な事実を忘れてはならない。銃殺や毒ガスによる処刑に現実に手を汚したのはナチス指導者ではなく、ほとんどは警察官や役人を含む普通の市民だ」

つまり、実際にユダヤ人を殺害する人間がいなければ、殺害は現実化しなかったのです。
しかし、その人間をつくりだすのが権力者の、あるいは社会秩序の管理者の仕事でもあるのです。
いまのような情報社会になると、それはとても難しくなっているでしょうが、それこそ情報管理の本質です。
情報こそが力の源泉だったのです。
その状況はかなり変わってきました。
最近では、たとえば政府が米軍基地を引き受けても、その設置を受け入れる場所がなければ、それは実現しにくいように、状況は大きく変わっています。

では原発をめぐる環境はどうでしょうか。
その気になれば、数十年前からかなりのことがわかったはずです。
しかし残念ながら私たちは水俣の時と同じように、「権威者」を信頼し、真剣には考えなかったように思います。
そして、かなりの数の自治体と住民の多くは原発を受け入れ、その恩恵を受けていました。
そこに責任はないのか、そう思います。

自治体だけではありません。
同じことが国家レベルでもいえるでしょう。
私たちのほとんどは原発を受け入れたのです。
私は昔から原発には否定的でしたが、原発反対のデモにも行きませんでした。
だから、いまの事態の責任の一端は背負わなければいけません。

あるメーリングリストに、福島の農業者から、これまで原発で発電された電力を使っていたのだから、当然その事故で汚染された野菜も食べるべきだと言われたという話が流れていました。
私はかなり納得しましたが、しかしそうであれば、地域として原発を受け入れたのだから、今回の事故の責任も地域が負うべきではないかとも思います。
原発の立地を引き受ける地域がなければ、日本に原発はできなかったかもしれません。
何かが起こった時、必ずそこには、実行した人がいます。
誰が加害者で、誰が被害者か、しっかりと考えなければいけません。

誤解のないように付けたしますが、私は福島の人たちを咎めているのではありません。
東京電力さえも咎めたくはありません。
今回の原発事故は、私たちすべてが選んだ選択の結果だったのです。
責任者探しではなく、みんなで受け止めて、とにかく先ずは問題を少しでもいい方向で解決することが必要です。

そうしないと、この日本に住むすべての人が、人類への加害者になってしまいます。
私として、何ができるかを考えなければいけません。
とてもとても難しい難題ですが。

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2011/03/28

■節子への挽歌1303:動けない日もあります

私が一番動けなくなったのは、たぶん節子と別れてから3か月から半年経った頃です。
信じたくない現実は、それくらいの時間がないと実感できないのです。
いまもなお完全に実感しているかといえば、残念ながらそうではありません。
おそらく未来永劫、節子との別れには納得できずにいくことでしょう。
それにそれが必ずしも間違いとも言えません。

被災地のみなさんの多くは、おそらくまだ実感はできていないのではないかという気がします。
確かに哀しいし涙は出ます。
寒さに震え上がってしまうかもしれない。
しかし、それは心身が反応しているだけでしかありません。
そして、それがおさまりだすと、魂の中の暗闇が見えてきます。
それは決してふさがりません。

見かけ上、元気になっていく心身と欠けてしまったことに気づく魂。
それは奇妙に交錯しながら、バランスを取りながら、自らを変えていきます。
自分ではなかなかコントロールできません。
こんなはずではないのにと思いながら、動けないのです。
涙も出ないのに、哀しさが襲ってくる。
元気になろうという心身を、そうした涙も出ない哀しさが引き戻す。
何もできない1日。
そうしたことが時折、起こります。

これは病気だろうか、とも思います。
しかし、おそらくそうではないでしょう。
これは健全な証拠なのです。

被災地のたくさんの方たちの、今年の秋が心配です。

節子
今日はそんなことを考えていました。
動けない時は、動けない。
4年前の夏の節子のことが心から離れません。

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■原子力安全保安院の記者会見

昨日、ある集まりで、
原発事故の話から電気への依存し過ぎの話となり、結局は私たちの生き方を問いなおす必要がある。
表現は悪かったが、石原都知事のいう「天罰」論(地震や津波のことではありませんが)も間違ってはいない。
というような話になりました。
私もうっかりその意見に賛成してしまいました。
そうしたら参加者のひとりが、表現はその人の価値観に関わっている、とかなり怒りを持って反論しました。
まったくその通りです。
安直に話し合いの流れに乗って、石原天罰論にも正しさがあると発言してしまった自分を反省しました。

表現は、たしかに価値観の現れであり、手段論ではありません。

最近、原発事故の報告で、原子力安全保安院の人が定期的に記者会見します。
むすめが、あの人たちはこの事故をどう思っているのか、まるで感情が感じられない、と言いました。
私もずっとそれが気になっていました。
どこか遠い世界の話を、淡々と述べているだけです。
まさにそこにこそ、その人の価値観が象徴されているわけです。
こんな無機質な記者会見に、誰が心を動かすでしょうか。
心を動かさなければ、情報は伝わりません。
伝わるのはデータだけです。

それにしても多くの人の生命や日本の未来に関わる重大な記者会見のはずですが、なぜみんなあんなに事務的に行えるのでしょうか。
もちろん聞いている記者の人たちもです。
福島原発事故は、もしかしたら火星で起こっている事件なのでしょうか。
本当に地球の、日本の、私の住んでいる近くの福島で起こっている事件なのでしょうか。
いやもしかしたら、これはドラマなかもしれませんね。
そう言えば、昔、オーソンウェルズの「火星人襲撃」騒動がありました。
今回の事故も、もしかしたら大仕掛けのドッキリカメラかもしれません。

あの記者会見を見ていると、そんな気がしてなりません。
第一、首相は出てきませんし。
そう言えば首相は被災地にも行っていないようです。
やはりこれはドラマかもしれませんね。
筋立てを知っているのはだれなのでしょうか。

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2011/03/27

■節子への挽歌1302:静的な不安定感

ネットワークささえあいの交流会を開催しました。
この大変な時期にもかかわらず、6人の人が集まりました。
この状況の中で、何ができるのか、みんなそれぞれにそう考えています。
しかし、注意しないと、善意は迷惑にもなりかねません。
そこが難しいところかもしれません、

ある人が、こうした状況の中で、男性と女性の動きは違うと話しだしました。
簡単に言えば、男性は社会の一員として考えるので、あまり状況に振り回されないで、坦々と仕事をこなしているが、女性は生活の視点で考えるので、放射能汚染や地震の動向に過敏に反応してしまう、というのです。
その人は女性なのですが、勤めています。
自分も男性の多い職場にいると仕事中心で考え行動するが、しかし自宅に変えると母親として妻として家族の生活を考えるので、汚染情報などには過敏に反応し、買物にも走るというのです。
ということは、必ずしも男女の違いではなく、組織人か家庭人かの違いかもしれません。

私にはとても興味深い指摘でした。
組織秩序からの発想と個人生活からの発想と、そのいずれもが大切です。
夫婦が分担していたのは、作業や役割ではなく、そうした思考の視点ないしは理念なのではないか。
もしそうならば、夫婦で一緒に生活することが、判断基準の視点を二極化し、それが人生を深めるのではないか。
そして、そのことが社会を安定させ変化させる原動力ではないかと思ったのです。

最近、私の生活が単調なのは、視点が単極化したためかもしれません。
もし社会が動的に安定しているとすれば、最近の私は静的に不安定です。
壊れているのは社会ではなく、自分ではないか、
時々そんなことを考えさせられるのも、もしかしたらそのせいかもしれません。

ちなみに私の心身は、最近は、いわゆる「下船病」のように、常に揺れ動いている感じです。
困ったものです。

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■こんな時だからこそ3:テレビCMとサンデルの正義論

ACジャパンの広告に、少なからずの違和感を持っていましたが、その違和感はますます大きくなってきています。
まるで、9.11事件後のアメリカの追体験をしているようです。
ショックソクトリンさえ思い出します。
どうもそう思っているのは私だけでなく、あるメーリングリストでもショックドクトリンへの言及が始まっています。
これに関しては、また日を改めるとして、今日の話題はサンデルの正義論です。

違和感は繰り返し聞かされる次のようなフレーズです。
「日本の強さは団結力」
「日本はひとつのチームなのです」
「日本の力を信じている」
そして
「ひとつになろう にっぽん」

個々のメッセージはさほど異論はないのですが、毎日聞かされ、しかもその背後で、
「日本!」「日本!」
という掛け声まであると、いやな予感を持ってしまいます。

友人の川本兼さんが、先月『日本生まれの「正義論」』という本を書きました。
ホームページでもまだ紹介させていただきましたが、はじめに、で川本さんはこう書いています。

「サンデル氏の正義論が現在の日本の若者にとってあまりふさわしくないと私が考えるのは、氏がコミュニタリアンだからです。たとえ共通善の追究の必要を説いているとはいえ、サンデル氏はやはりコミュニタリアンです。ですから、氏は家族や自分の生まれ育った地域などに対する責務、すなわち連帯(あるいは成員)の責務を強調します。ところが、戦争や平和の問題に関しては、その責務は愛国心と結びつき、そして、その連帯の責務は同意によらない責務なのです。となると、その愛国心と結びついた連帯の責務は徴兵制とも結びつくことに成ります」
「私は、サンデル氏の正義論を通じてわが国における若者が愛国心を強調するようになり、さらに彼らは、いつかはわが国における徴兵制復活までをも主張するようになるかもしれないと感じたのです」

サンデル氏の正義論は、昨年「白熱教室」で話題になった、ハーバード大学の政治哲学者です。
私もテレビはすべて見ましたし、本も読みました。
私もどちらかといえばコミュニタリアンなので、共感するところは多いのですが、川本さんと同じ危惧を感じていました。
特にサンデル教授が東大で行った白熱教室の模様をテレビで見た時には、あまりのステレオタイプな議論に驚きました。
みんな予習していたような気がします。

しかし、なんと見事に符牒が合うのでしょうか。
サンデルの「正義論」ブームに続いての、「日本はひとつ」ブーム。
こんな時期に、こんなことを言うと不謹慎のそしりを受けかねませんが、
こんな時だからこそ、この違和感を多くの人に伝えたいです。

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2011/03/26

■節子への挽歌1301:加野さんからの水

節子
福岡の加野さんから水が届きました。
我孫子の水汚染がまたテレビで放映されたようです。
昨日、解毒効果もある水素イオン水を送りますと電話がありました。
とてもお元気そうで、安心しました。
なにしろ加野さんはもう80歳のなかばなのです。
最近ご無沙汰していたので、ちょっと気にはなっていたのですが、逆にどうも心配されていたようです。
水道水がありますから大丈夫ですと応えましたが、我孫子の水道水も汚染されているようです。
現場の渦中にいるよりも外部の人の方が問題の所在がわかるのかもしれません。
しかし、それは仕方がないことです。
時評編に書きましたが、すべては原発を許した時に始まっていたのです
その時に覚悟すべきことであり、いまさらバタバタするのは私の生き方には合いません。
節子もきっと賛成してくれるでしょう。

心配してもらうことを素直に受け入れることも、大事です。
これは節子と言うよりも、私の文化でした。
誰かに何かをしてやるほどの能力も資力も特にあるわけではない私としては、存在すること自体で役に立つことがあるという、考えようによっては実に自分に都合のいい考えを昔から持っています。
この考えが間違っていなかったことを、私は節子との別れで確信しました。
節子は私に何もしなくても、存在するだけで私の支えになっていたのです。
節子がいなくなってから、そのことを改めて実感しました。

加野さんからの水は結局、送ってもらうことにしました。
いつかまたお返しすることができるかもしれません。
お互いの年齢を考えると、それが現世ではないかもしれませんが、そんなことは瑣末な話なのです。

加野さんの水は、先ずは節子に供えさせてもらいました。
節子と一緒に大宰府に加野さんを訪ねたかったと、改めて思います。
加野さんからいただいた久留米絣のテーブルクロスや暖簾は、節子のお気に入りでした。

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■報道者の目

国内報道の姿勢に辟易して、海外のニュースはどういう報道をしているのかを見ようとBSにチャンネルを合わせた途端にイギリスのBBCのニュースが入ってきました。
実に的確に問題を捉えているのに驚きました。
日本の報道とは全く違います。

日本の最近の報道は、森を見ずに木ばかり見ているために、全体像が見えてきません。
しかも、報道対象のもつ意味の広がりに無関心ですし、報道の目的も短視眼です。

BBCの報道で感心したことの一つは、浜岡原発を取り上げていたことです。
日本のテレビ局は意図的に報道を避けているとしか思えませんが、報道者の頭はスポンサーを向き、目は目に付きやすい直接現場にしか向いていません。
最近のジャーナリストの知性はサルのレベルでしかありません。
目先のバナナにしか関心がないのです。

もう一つ興味を持ったのは、
日本人は東電の責任を問わないし、東電もそうした責任感を持っていないと報道していたことです。
昨日、私のオフィスでやったサロンでも、東電本社の前には日本の報道関係は誰も取材していない、しているのはロイターだけだとおい話がでましたが、BBCの人にはそれが異様に感ずるようです。
東電本社前でデモも行われていますが、集まるのはほんの数名ですし、ネットで流れてはきますが、テレビや新聞では報道されません。
まあこれは今回に始まったことではありません。

いま日本で起こっていることは、極めてシンプルなことです。
理屈をたくさん並べる人ほど、問題は見えていないのです。
私たちの選択の間違いが問題を起こしただけですから、それを正せばいいだけの話です。
難しいことではありません。

これからはむしろ海外の報道も見ようと思います。
マスコミの情報もネットで流れる情報も、重要ではありますが、何かが欠けているとずっと思っていたことが、やっと解決しました。
みなさんも、ぜひ海外ニュースを時々ご覧ください。
私たちが陥っている間違いに気づかされます。

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■節子への挽歌1300:「こういう時期だからこそできることはやる」

節子
地震はありましたが、恒例のオープンサロンは予定通り開催しました。
実は4月に予定していたあるフォーラムを延期にしようと思って相談したら、みんなから「こういう時期であればこそやってほしい」といわれたのです。
「こういう時期だからこそできることはやる」というのは、説得力のあるメッセージでした、
そこで、地震で開催できなかったコムケアサロンも兼ねることにし、それぞれに何ができるだろうかを話題にすることにしました。
もっとも実際に誰が来るかはわかりません。

誰も来なくても開催する、がオープンサロンの方針でした。
さすがに誰も来なかったことはありませんが、一人だけだったことが一度あります。
定刻になっても誰も来ないと、節子と今日は誰も来ないのか、レストランはいつもこういう気持ちを味わっているのだろうね、などと話し合っていたことを思い出します。
外が暗くなってきても誰も来ないと不安なものです。
しかし、誰も来ないしばしの空白時間は、自らの時間を他者に委ねるという、私たちにとって、とても意味のある時間でもありました。
今日は、それを一人で体験しなければいけません。

と書いていたら、早速お一人お見えになりました。
続きは、後で書きます。

続きを翌朝書いています。
昨日のサロンは10人近くの人が来てくれました。
被災者に何ができるかよりも、話題はどうしても原発事故に向いてしまいます。
みんな話したいことがたくさんあるのです。
ここでは少し書きにくい内容の話もいくつかありました。

一番若い参加者の片野さんはもう少ししたら現地に行く予定だそうです。
若い女性のフットワークの良さにはいつも驚かされます。
男性は論ずるだけですが、女性は行動します。
それも節子から学んだことでした。

ところで、「こういう時期だからこそできることはやる」という言葉は、どこかで聞いたことがあるなと思っていたのですが、節子も同じようなことを言っていたのを思い出しました。
私にもできることは、まだいろいろありそうです。

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2011/03/25

■節子への挽歌1299:陽射し

節子
今日は久しぶりに陽が射しました。
空気は冷たいですが、陽があたっているところはとても暖かです。
東北の被災も福島原発の事故も、忘れてしまいそうになります。

自然の力は、それにしても、大きいです。
地震や津波を起こしたのも自然ならば、すべてをつつみこむような暖かさを与えてくれるのも自然です。
陽射しに目をつぶっていると、天国にいるような気持ちになります。
もっとも、私はまだ天国に行った記憶がないので、本当かどうかはわかりませんが。

陽射しにつつまれながら、考えたのですが、もしかしたら私はずっと節子の陽射しの中で、好きなように生きてきたのかもしれません。
節子の陽射しは、いつも私を温かくしてくれていました。
その陽射しがなくなって、気が冷えてきていたのかもしれません。

自然の力も大きいですが、人の力も大きいです。
被災地の報道を見ていて、改めてそう感じています。
ところで、私は、だれかの陽になれているでしょうか。
反省しなければいけません。

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■過剰と不足

民放テレビでACジャパンの公共広告が繰り返し放送されることが問題になりました。
とてもいいメッセージなのですが、この時期にはどうもそぐわない気がします。
これまでのACジャパンの公共広告活動に共感を持っていた一人として、とても残念です。
あの時間に流すべきは、よけいな説教ではなく、自然の風景と心和む音楽だったと思います。
ACジャパンにはコミュニケーションのことをしっかり考えている人がいなかったのでしょうか。
とても残念です。
過剰と不足は、いずれも「適正量」ではないという点で同じだということを忘れていたような気がします。

もう一つ過剰であり不足だと思うのは、原発事故の情報です。
人が知りたい情報は、さほど多くはありません。
たとえば、被爆への不安に関して言えば、数値などどうでもいいのであって、危険かどうかです。
マイクロかミニか、あるいはシーベルトかベクレルかなど、どうでもいいのです。
そんな説明は聞きたくモありません。
そういう専門的な数値があまりにも過剰に飛び交っていますが、それは同時に肝心な情報の不足を意味しています。

枝野官房長官や保安院や東電の記者会見も過剰にして不足です。
現場からの情報をどこかで流しておけばいいでしょう。
会見しても、話すほうも聞くほうの記者も、あまりに知識も情報も誠意もないので、あまり意味があるとは思えません。
記者のレベルもあまりにも低すぎます。

この数日で、過剰と不足とは同じことなのだと改めて実感しています。

さて、自分の暮らしの中から過剰と不足をなくしていこうと思います。
まずは何をなくすべきか。
このブログかもしれません。
しかしまあ、このブログは私の精神安定機能を果たしてくれているので、残します。
過剰と不足の拙文を読んでくださる方もおりますし。

いつもありがとうございます。

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■秋葉原事件判決と買占めする消費者

昨日、24時間営業の近くの西友に行ってみました。
予想以上に商品のタナが空いているのに驚きました。
これではおそらく採算はとれないでしょう。
飲み物関係がほとんど空だったのにも驚きました。
他のところもそうかと思い、今日は近くのカスミに行ってみました。
いつもよりも混んでいましたが、お米は山積みされていました。
1週間前が嘘のようです。
野菜もありましたが、やはり飲みものは少なく、ヨーグルト一人1個とありましたが、開店後1時間程度しかたっていなかったのに空でした。
ヨーグルトといえば、被災地で奇跡の救出された高校生を思い出します。
昨日も書きましたが、まさに右往左往社会が感じられます。

こうした動きは「複雑性の科学」でかなり構造が明確になってきていますが、個々人の思惑やちょっとした行動が、相互に反応しているうちに、突如、ベクトルが同調してしまい、大きな流れになってしまうのです。
そうなると、その流れに乗らないと、存在が危うくなることもあるのです。
それぞれは、そんなことをしたくないと考えているのにそうなってしまう。
そして逆にその流れを加速させる原因になるわけです。
そのエネルギーは、個人にはコントロールできないのです。

昨日、秋葉原無差別殺人の判決がありました。
彼もまた、そうした大きな流れの中で、自らを律しきれなくなったとも考えられます。
何が彼にあれほどの行動を引き起こさせたのか。

最近の消費者の行動を見ていて、そんなことを考えてしまいました。
今回、お米やガソリンや、水の買占めに走った人と加藤被告の違いは、極めて薄いものでしかないと思います。
いえ、今回は買占めには知らなかった私だって、そう離れているわけではありません。

加藤被告の死刑には同感できません。
彼の人生を壊したのは、一体何なのか。
私たちはもっと考えなければいけないように思います。

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2011/03/24

■右往左往

福島原発事故はなかなか先が見えません。
その上、野菜や水道水の汚染が明らかになり、その情報でミニパニックが起きそうな状況です。
あらゆる店頭から水がなくなっています。
水だけではなく、私が今日立ち寄ったお店にはジュース類もありませんでした。
1週間前にはガソリンスタンドに自動車が並んでいましたが、今日はガラガラでした。
なぜこうもみんな学ばないのでしょうか。

野菜は最初ほうれん草だけでしたが、常識的に考えて、ほうれん草だけが放射線と親和性があるわけではありませんから、すべての野菜や水道水に影響が出てくるのは時間の問題です。
騒ぐことはありません。
一昨日も書きましたが、すべては原発を許した時に始まっているのです。
いまさら慌てるのは、私には呆れるとしか言えません。
みっともないのです。
なかには海外に脱出するという人もいます。
がっかりしました。
もちろんその人を非難するつもりはありません。
人には人の生き方がありますから。
しかし、こういう人とは友だちにはなれません。

もう少しどっしりと生きて欲しいものです。
風評に振り回されて生きることほど、無意味な人生はありません。

私は原子力発電についてはその存在そのものに反対立場ですが、放射能の害などに関しては知識はありません。
ですから発表されている数値には全く興味がありませんし、それが許容水準かどうかもわかりません。
専門家がいろいろと解説していますが、だれもどうせわかってはいないはずですから、信頼はまったくしません。
水俣病の歴史を思い出せばわかりますが、最も無知だったのは専門の研究者です。
彼らは無知の上に、無恥でした。
安全だ、安全だと、なぜかテレビキャスターは説明してくれますが、そう言う人たちが福島の野菜を食べているとは思いません。
彼らはお金のためにただシナリオを読んでいるだけでしょう。
学識はあっても知性のない人は、信頼できません。
わが家は今日は茨城の野菜を夕食に調理してもらいましたが、あの人たちは食べていないでしょう。
家族にも同じことを言っているとは思いにくいです。

一方で、放射能が危険だ、政府は真実を述べていない、と言うような情報もたくさんまわってきます。
東電本社にデモをしようなどというのもまわってきます。
こう言う人たちも私には信頼できません。
というか、嫌悪感さえ持ちます。

私が信頼するのは現場で汗を書いている人です。
原発の現場で、今日、被爆したひとにも感謝しています。
彼らのおかげで、私たちは安楽に暮らせているのですから。
彼らのためにも、私たちはライフスタイルを変えなければいけません。
風評に影響を受けないように、もっとしっかり生きたいものです。

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■節子への挽歌1298:別れ方

節子
生活はかなり正常化してきましたが、被災の深刻さは想像以上です。
死者・行方不明が2万人を超えそうです。
一番心身にこたえるのは、「別れ」を感じさせる画面です。
不思議と「死」に対してはなにも感じません。

家族との別れ、伴侶との別れ、そうしたことを感じさせる画面になると画面を変えてしまいます。
見ていられないからです。
そういうことを繰り返していて気づいたのですが、問題は「死」ではなく「別れ」です。
人生においては、「別れ方」が問題なのです。

余命が問題になる患者の家族に医師は「生き方」ではなく「死に方」だといいます。
なんと非情な言葉だろうと私は憤りを感じましたが、それは「死」という言葉が、生命的でないからです。
代わりに「別れ方」だと言われても、おそらく同じように憤りを感じたでしょうが、普段から「別れ方」は考えておかねばなりません。
もしそうしていたら、いざという時に、もう少し悔いのない生き方ができるかもしれません。
親との別れ方、子どもとの別れ方、そうしたことはだれもが日常的に考えることかもしれません。
しかし、伴侶との別れ方も、普段から考えておくべきことかもしれません。
出会いは必ず別れにつながるのですから。
そして、時に今回のように、ある日、突然やってくるかもしれないからです。

いまから考えると、私にはその考えが欠けていました。
節子にはそうした考えはあったような気もしますが、あえて私には求めませんでした。
節子は私に最後まで希望を残していてくれたのです。
最近またそんなことをよく考えます。

節子が言っていました。
明日がなくても後悔しないように、今日はしっかりと生きた、と。
それに対して、私は笑いながら、明日もあるから大丈夫だよ、などと無責任なことを言っていました。
真剣に生きていた節子に対して、なんと不誠実だったことか。

被災地の人たちのちょっとした言葉が、節子との会話を思い出させて、心を凍らせます。
生き方に誠実さが不足していました。
口惜しくて仕方がありません。
いまさら謝っても、どうにもなりませんが、位牌に向かって毎日謝罪するばかりです。

不謹慎かもしれませんが、今回の地震や津波は、私の心身のなかの風景につながっています。
だから、とても寒いのかもしれません。


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2011/03/23

■節子への挽歌1297:3日遅れのお彼岸の墓参り

お彼岸にお墓参りに行かなかったので、今日、行ってきました。
地震で多くの墓石がずれていましたが、倒壊はほとんどありませんでした。
補修の仕事をしている人がいましたが、茨城のほうは大変な状況だそうです。
津波に襲われたところは、倒壊どころではなく、跡形もなくなってしまっているのでしょう。
それがどんなに辛いことか、最近は少しわかってきました。
千の風になろうとなるまいと、やはりお墓は大切です。

1年ほど前までは毎週お墓参りをしていましたが、最近はちょっとさぼり気味です。
もし立場が代わっていても、きっと節子も今頃はさぼっていたでしょう。
まあ、そうした点においては、私たちは極めて似た物夫婦でしたから、間違いありません。
娘たちからは、ちょっと皮肉を言われていますが。

そういえば、最近、庭の献花台にも花がありません。
その上、節子の思い出の花は枯らせてしまうし、困ったものです。
少し悔い改めないと、怒った節子が化けて出てきそうです。
しかし、化けようと化けまいと、節子が出てくることは歓迎ですので、ここはむしろ悔い改めることなく、もっとさぼったほうがいいかもしれません。
本当に化けて出てくるといいのですが、

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■電気に依存しすぎる生き方を見直しましょう

久しぶりに都心に出かけました。
いつもと違ったのは、電車の駅のエスカレーターが止まっていたのと照明が半分くらい消えていたことです。
お店も照明をいつもよりおとしていました。
閉店しているお店も少なくありませんでした。
いつもと違うので、ちょっと違和感はありましたが、すぐになれました。
照明に関しては、むしろこれで十分ではないかという気もしました。

友人は、夜が戻ってきたとむしろ歓迎していました。
いままでの都心の夜は明るすぎたと言うのです。
彼の意見は、いままでの電気消費が多すぎたのではないかというのです。
同感です。

わが家は節電のため寒いので、早くお風呂に入って就寝するようになりました。
おかげで4時頃、目が覚めるので、生活のリズムが狂ってしまったのですが、そのうち慣れるでしょう。

もしみんなが、本気で節電すれば、そして伝機に依存した生活を少しずつ見直せば、電力消費量はかなり減ると思います。
以前書きましたが、電気をふんだんに使えるようになってから、私たちの生き方はおかしくなりだしたのです。
そして、結局はみんなが原発を望んだのです。
少なくとも原発が増えることに異議申し立てしたのはほんの僅かの人だけです。
私も反原発論者ですが、原発阻止のためにデモに参加したことさえありません。
ですから、いまの原発事故に対して、怒りを東電にぶつける資格はないでしょう。
今日も東電本社にデモをするという呼びかけが回ってきましたが、いまさら遅いのです。
浜岡原発の即時停止には賛成できますが、東電を責める気にはなれません。
これまでその恩恵を受けながら(原発の立地地域は大きな金銭的メリットを受けていたはずです)、なにをいまさらと福島県の知事の発言を聞いていて感じます。

悔い改めるべきは、私たち一人ひとりすべてであって、東電の社員だけではありません。
昨日も書きましたが、原発を受け入れた時に、今日のこの事態の発生は決まっていたのです。
その認識から考えなければいけません。
問題の設定を間違えると事態は決してよくはなりません。

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2011/03/22

■節子への挽歌1296:用事がなくなった後の空白

節子
地震のおかげで、生活のリズムが狂ってしまいました。
いろいろと前向きに進んでいたのですが、すべてが変わってしまいました。
この1週間、ほとんど在宅でした。
外出はしていますが、せいぜいが隣町の柏です。
そのせいか、心身ともに不調です。

先週の金曜から日曜日まで、信濃川に鮭の稚魚を放流するイベントやシンポジウムに参加するため、新潟と長野に行く予定でした。
地震が起こってしまったためにすべてが中止になってしまいました。
とても残念です。
用意した鮭の稚魚は新潟水辺の会のみなさんが放流して来てくれたそうです。

中止されたのはそれだけではありません。
企業の人たちとの合宿もNPOの集まりもまちづくり関係のミーティングも中止です。
予定がなくなることの意味に気づきました。

節子がいた時には、予定が中止されると節子との時間が増えて、むしろうれしいものでした。
しかし、いまは違います。
そうした予定がなくなると、時間がまさに空白になるのです。
そして、どうしたらいいかわからなくなるのです。
いまさら何をという気もしますが、これまでそんなことを感じたことはありませんでした。
しかし今回は、ほとんどすべて予定がなくなった上に、湯島にも行かずに在宅しつづけたせいかもしれません。
時間の使い方がわからなくなってしまいました。
被災地の人の状況やその関係でさまざまなボランティア活動が求められていることは知っているのですが、それにも本腰が入りません。
自分で能動的に動き出す気が起きないのです。

いろんな人からメールは来ます。
元気のメールとそうでないメールです。
日本全国がどうも躁と鬱に二極化しているような気もします。

私はちょっとうつ状態かもしれません。
節子がいたら、すぐに直してくれるでしょう。
しかし、いまは自分だけで解決しなければいけません。

これではいけないので、明日は湯島に出かけようと思います。
今週は恒例のオープンサロンですので、いろんな人に会えるかもしれません。
私は、人に会うと元気になれるのです。
節子もそれをよく知っていました。
しかし、最高の元気の素は節子だったのですが。

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■「原発を選んだ時に始まっていた」

野菜や牛乳の放射能汚染が広がっています。
風評被害が懸念されていますが、現実にはすでに発生しているようです。
複雑な気持ちです。
むすめに茨城県のほうれん草を食べたいと頼みましたが、もう売っていないようです。
こういうことの処置は早いです。

テレビで、牛乳を廃棄した酪農家が、「酪農農家は何も悪いことはしていないのに」と話していました。
それを聞きながら、大きな違和感を持ちました。
本当にそうでしょうか。
確かに、丹精込めてきた原乳をこんな理由で廃棄せざるを得ないことはやりきれない気持ちでしょう。
しかし、事情は今回地震や津波で被災した人たちも、同じことです。
みんな「何も悪いことはしていないのに」という気持ちでしょう。

そうではない、と素直に反応したのが、石原都知事の「天罰論」です。
この発言は大きな問題になり、さすがの石原知事も謝罪しました。
私も、この発言をテレビで聞いた時には問題になるなと思いましたが、その半面で共感もできました。
私も天罰のような気がしていたのです。
もちろんそれは被災者に対するものではなく、私自身も含めて、日本列島に住むすべての人への警告という意味です。

今日、テレビを見ていたら、農家の人らしい人が、まずは私たちが原発を選んだことに責任があるというような発言をしていました。
感動しました。
その人は、その次に東電の責任をあげていました。
その言葉を聞いて、思いきって、この記事を書くことにしました。
昔、このブログにも書いた「最初に無実の者を死刑にしたとき運命は決した」という言葉を思い出したのです。

もしかしたら、今回の事件は、「原発を選んだ時に始まっていた」のかもしれません。
その責任は、もちろん私も背負わなければいけません。
これを契機に、原発への認識が深まることを念じています。

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2011/03/21

■節子への挽歌1295:自己喪失

節子
今回のような大きな津波は、平安時代にも東北で発生していたようです。
多賀城址には、その痕跡がしっかりと残っているようで、それに気づいての対策を主張していた人もいました。
十三湖のように、他にも東北の巨大津波の記憶はあるはずですが、そうした事実はなかなか意識されないのでしょう。
大地の記憶と人間の生活は、最近では必ずしもつながっていないからです。

「私とは記憶そのものだ」と書いているのは、小坂井敏晶さんです。
心理学の世界では、主体性という概念はほぼ否定されています。
この挽歌では、個別の生命体を越えた「大きな生命」について時々書いていますが、おなじことが「意識」にも言えます。
私の意識は私の物ではなく、記憶という現象を介して「大きな意識」とシェアしたものなのです。
節子の意識もまた、同じことです。

小坂井さんの表現を借りれば、「自己は記憶の沈殿物」なのです。
自己という実体があるわけではありません。
たしかに自己の肉体はありますが、意識する自己の実体はありません。
他者との様々な体験の記憶を通して、自己がうまれます。
私の場合、その共通の体験量が圧倒的に多いのが節子でした。
だから節子がいなくなったことは、自らの消失にもつながりかねなかったのです。

小坂井さんは、「他者と共有した時間をすべて取り除いたら自分自身が消失してしまう」と言っています。
そて、「だから身近な人を亡くすと、いつまでもその人の写真に語りかけたり、その人を思い出すモノを大切に取っておくのだろう」と書いています。
位牌やお墓がどんなに大事なのか、わかります。

今回の地震や津波で、瞬時にして多くの記憶を失った人は戸惑うばかりでしょう。
愛する人を失うことは、確かに悲しく辛いことです。
しかし、失ったのは愛する人たちだけではないのです。
その人を思い出すモノや風景までもが失われてしまった。
対象喪失ではなく自己喪失と言えるかもしれません。

私には被災地の風景や被災者の言葉は、辛すぎて観ていられません。
しかし、もしかしたら、あの風景は、私にとっての節子のいない今の世界の風景と同じなのかもしれません。
もしそうなら被災した人たちは、それをしっかりと心に刻み込んでおかねばいけません。
それが生きる力を与えてくれるからです。
節子の記憶が、私に生きる力を与えてくれているように。

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2011/03/20

■節子への挽歌1294:「妻にメールしました」

節子
福島の原発事故で、放射能を浴びる危険を冒しながら消防活動に取り組んでいる人たちがいます。
その人たちが記者会見を行いました。
責任感と勇気を持った人たちです。
私ならできるでしょうか。

現場に行く前に家族に連絡しましたか、という質問に、みんな携帯電話で妻にメールしたと答えました。
そのメールの文章も紹介してくれました。
聞いていて、とてもうらやましかったです。
そして、彼らの勇気の源泉は、やはり伴侶の存在だったのだと思いました。
そして、節子がいたら、私にもできただろうと思いました。
愛する人がいる人は、強いものです。

消防隊のリーダーの人が、隊員に危険を冒させて、その家族に申し訳なかったといいました。
その時に、彼は涙をながさんばかりに声を詰まらせていました。
私も涙が出そうになりました。
彼のその言葉は、自らの伴侶への気持ちでもあったのだろうと思います。
彼を支えたのも、たぶん奥さんであり家族です。

急に節子がいない寂しさに気づきました。
これだけの大事件は、節子と一緒に立ち向かいたかったです。
たぶん、まったく違った対応になったでしょう。

今日もあまり元気が出ませんでした。
明日は元気になれるといいのですが。

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■こんな時だからこそ2:広瀬隆さんと平井憲夫さん

前の記事の池田さんのブログでも紹介されていますが、3月17日の朝日ニュースターで広瀬隆さんへのインタビューが放映されてそうです。
わが家のテレビでは見られないので、残念に思っていましたが、テレビを見た方が、その全文をノーニュークス・アジアフォーラムのホームページに掲載してくれました。
とてもわかりやすく、説得力があります。
広瀬さんのこれまでの原発関係の著作を読んできた者としては、すんなりと入ってきますが、みなさんはどうでしょうか。

また、もう30年近く前に書かれた、原発の現場で働いていた平井憲夫さんの手記「原発がどんなものか知ってほしい」が最近また話題になっています。
この手記に関しては私のホームページでも以前紹介したことがあり、その時は数名の原発関係にエンジニアの人にも読んでもらい感想をお聞きしたのですが、残念ながらどなたからも感想を聞かせてもらえませんでした。
まだお読みでない方がいたら、ぜひお読みください。

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■こんな時だからこそ1:浜岡原発の即時停止

ますます深刻さを増している地震・津波の被災と原発事故に、すべての目が向けられているような状況に、いささかのおかしさを感じています。
テレビや新聞からは、ほとんどそれ以外のニュースはなくなってしまっていました。
最近少しずつ出始めていますが、テレビからは一般のコマーシャルも無くなりました。
私も一時期、いまは被災対策に集中すべきだろうと思っていましたが、それでは何も見えなくなってしまうのではないかという気がしてきました。
不謹慎と怒られそうですが。

なかなかそこから抜けだれずにいますが(見ないでしようと思ってもやはりテレビの現場報告を見てしまいます)、こういう時期だからこそ考えなければいけない問題もあると思います。
たとえば、中部電力の浜岡原発です。
20数年前の耐震設計審査指針のもとに作られた古い原発であり、予想されている東海大地震がきたらとても危険だということで、運転差し押さえ訴訟が起こっていましたが、判決では安全だということになってしまったのです。
これについては以前書きました。
今回の福島原発事故を契機に、またその浜岡原発の運転停止の署名運動が広がっています。
そうした動きに対して、こんな時期にと批判する人もいますが、こんな時であればこそ、そうした運動が必要なのだとも言えます。
私は、いまだから大切なのだと思っています。
この問題は翻訳家の池田香代子さんが熱心に取り組んでいます。
池田さんのブログを読んでください
池田さんのブログには、原発に関する情報もたくさん掲載されています。

こうした時期であればこそ、浜岡原発も、いえ、原発そのものへの関心を深めなければいけない、と思います。
目先も大切ですが、未来も大切です。

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2011/03/19

■節子への挽歌1293:逃げたい気分

節子
地震騒ぎで庭の水や利を忘れていました。
ますます庭の花は悲惨です。
家の中に取り込んでいた花もいくつか駄目になってしまいました。

何をしているわけでもありません。
むしろ睡眠時間は増えていますし、食事もきちんととっています。
疲れの原因は「無力感」かもしれません。
地震発生以来、テレビを見過ぎたのかもしれません。
人を疲れさせるのは無力感なのかもしれません。

昨日、近くの家電販売店に行きました。
いつものように、たくさんの人がいました。
地震も津波も、原発も、何もなかったように思うほどです。
しかし、買いに行った電池は一つもありませんでした。

朝、地元の若者がチャリティー野菜市を開くというので出かけてみました。
みんな張り切っていました。
売上は被災地に送るのだそうです。
前向きに取り組んでいる友人知人のメールも届きだしました。
にもかかわらず、自分の気持ちが萎えていくのを感じます。
被災関係の画面がテレビに出てくると、目を背けている自分に気づいて、罪悪感が出てきます。

電話やメール、あるいは誰かに会っている時はいいのですが、その後、どっと疲労感が襲ってきます。
逃げたい気分です。
しばらくは花の水やりに専念したいという気がします。
生活につながる生々しい情報には、もう耐力がありません。

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■基準とは何なのか

枝野官房長官の記者会見を見ていて、枝野さんでないとしたら、もっと国民の不安は高まるだろうなという思いがします。
枝野さんの誠実さは、尊敬に値すると思います。

が、それはそれとして、気になることがあります。
こういう時期に、そんな細かなことをとひんしゅくを買いそうですが、やはり気になります。

今日、一部の牛乳とほうれん草から食品衛生法上の暫定規制値を超える放射性ヨウ素などが検出されたと発表されました。
枝野さんは、「ただちに健康に影響を及ぼす数値ではないということを十分ご理解いただき、冷静な対応をお願いしたい」と呼びかけました。
その趣旨はよくわかりますし、風評被害が起こることは避けねばいけません。
しかし、「今回の検出と同量の放射線量のほうれん草と牛乳を1年間とった場合の被ばく量に関し、牛乳がCTスキャン1回分、ほうれん草が5分の1程度」と説明し、健康に影響を及ぼすレベルではないという話を聞くと、もしそうであるならば、なぜそんな低い基準値にしているのかという疑問が起きます。
自分で、異常値だと言い、でも大丈夫だと言う「おかしさ」に気づかない所に、不信かなんが生まれ、風評が生まれるのです。

放水作業などのために被爆上限値を高めたという報道もあります。
「基準値」とは一体何なのか。
私たちは何を「基準」にしたらいいのか。
こうしたことを何回も体験させられると、わが国の行政で使われている基準への不信感が高まります。
そういえば、先年の建築物の耐震基準の時にも不明朗感が残りました。
「基準」とは何かの本質が見えてきます。

こんな噂も流れています。
今回の地震のマグニチュード9.0というのは、気象庁がそもそも「マグニチュードのものさし」を勝手に変えてしまったからだ、という噂です。

基準を変えるのであれば、問題が起こっていない時に変えるべきです。
基準に振り回されることなく、私たちは本質を見なければいけません。
今回の事件で、そろそろそうしたことに気づいてもいいように思います。

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2011/03/18

■節子への挽歌1292:悲しみのエネルギー

節子
テレビも新聞も、毎日、生と死を考えさせられる報道ばかりです。
節電に努めていることもあって、テレビはあまり見ていませんが、テレビをつける度に、やりきれない話が飛び込んできます。
もう地震から1週間経ちますが、悲報が日に日に増えています。

こうした悲惨な状況の中でも、秩序が維持されていることに海外からは高い評価を受けていますが、さまざまな事件も起きはじめているようです。

福島原発は、まさに悪夢です。
予想している通りの進行をしています。
どう対処していいか、わかりません。
あまりに問題が大きすぎます。
30年前に節子と話していたことが現実のものになろうとは思いもしませんでした。

人は、常に楽観的なシナリオにしがみつくものです。
その結果、何が起こるか、それを思い知らされてからまだ3年半です。
しかし懲りずに、いまもまた楽観的なシナリオに従おうとしています。
私には、選択肢はそれしかないからです。

それにしても、今回の地震と津波は、1万を超える人の命を奪い、40万人近い人の暮らしを変えてしまいました。
私たちのような思いが、1万も生まれたということです。

昨日、祈りについて書きました。
祈りは集まれば、自然さえも変えると私は思っています。
祈りにエネルギーがあるのであれば、悲しみにもエネルギーがあるはずです。
そうでなければおかしい、そう思います。

悲しみと祈りのエネルギーが、流れを変えてくれるかもしれません。
私の悲しみも、そうした大きな悲しみに、合流させなければいけません。
節子への思いが、すべての死者への思いに重ねられるとは思えませんが、家族を探し歩いている被災者の姿を見ながら、そんな思いが浮かんできています。

祈りや悲しみは、みんな同じなのかもしれません。

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■我孫子も被災地でした

計画停電という、新しい仕組みが始まり、東電の管轄地域では地域に分かれて、3時間程度の停電が繰り返されています。
なぜかわが家はその対象の時間になっても停電されません。
不思議に思っていたら、我孫子も「被災地」になっているのだそうです。
たしかに我孫子のある地域はかなりの被害がありました。
しかし、わが家の周辺はさほどの被害はありません。
外壁が倒れたりしているところはありますが、わずかです。

行政からは節電の屋外放送で節電の要請があります。
しかし、その一方で、行政が以前設置した図書館近くの大型屋外テレビ(たぶん誰も見ません)が四六時中意味のない画面を放映し続けていました。
娘が市役所に電話しましたので、ようやく消されたと思います。

近くの柏や松戸は被災者の受け入れをはじめました。
友人たちもがんばっています。
我孫子はそういう計画はないのかと市役所に電話しました。
担当者の答は、我孫子は被災地なのでそう言うことは考えていませんし、考える予定もないと言われてしまいました。

どこかおかしいですが、残念ながらこれもまた我孫子の実態です。
行政は首長によって、まったく違ってくることを改めて知りました。
そして、その首長を決めるのは住民ですから、結局は自業自得です。
せっかくの計画停電に参加できずに、罪悪感が残ります。
せめて節電には努めようと思います。
テレビもパソコンも最小限にしています。
寒いので早く寝てしまいます。
生活のリズムが完全におかしくなってきています。

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2011/03/17

■節子への挽歌1291:祈り

節子
原発事故はますます深刻化する一方です。

祈りの文字がネットで目につくようになりました。
もっと祈りを集めようという呼びかけもあります。
その一方で、原発現場では決死の作業が続いています。
その人たちへの祈りもしなければいけません。

祈りは通ずるのか。
節子と一緒にどれほどの祈りをしたでしょうか。
そうした祈りは、通じたのでしょうか。

祈りは、神や天へのものではありません。
自らへのものです。
祈りが通じたかどうかは、自らの考え方次第です。
そう気がついたのは、節子を見送って数年してからです。
祈りは必ず通ずるものなのです。
そう思えるようになってきました。

節子も祈り続けていました。
節子はきっと、その祈りのなかで彼岸に旅立ったのです。
祈りは、その結果とは無縁です。
祈りそのものに意味があるのです。
今回の地震や津波の被災地でも、たくさんの祈りがあったことでしょう。
テレビの報道画面から伝わってきます。

祈りましょう。
原発現場で作業している人に感謝しながら。
被災地で辛い思いをしている人に感謝しながら。
そんな気持ちでいっぱいです。
節子も、彼岸で祈ってくれているでしょう。
そんな気がします。
夢も見ます。

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■Never say never

いま電話で知人と福島原発に関する話をしていて、思い出した言葉があります。
Never say never.
つい最近、知った言葉です。
先日、このブログに書いた、アメリカ元国防長官マクナマラの告白を描いた映画「フォッグ・オブ・ウォー」に出てくる、マクナマラの教訓の一つです。

今回の原発事故に関する政府および東京電力の記者会見でもそうですが、現在の放射線量では健康には全く影響がないという表現が時々なされます。
いつも大きな違和感を持って聞いていますが、「全くない」という言い方には事実を語るという姿勢はありません。
パニックを起こさないためにという理由があるのかもしれませんが、逆効果です。
ひと時代前の愚民政策の発想です。

ここで不安をあおろうとか、誠実に努力している関係者を揶揄しようというつもりはありませんが、マクナマラの教訓には耳を貸す必要があると思います。

人の世には、あらゆる可能性があります。
その可能性の世界を、どれだけ視野に置くことができるかが、リスクマネジメントのポイントです。
絶対とか、全くとか、決して、という言葉は、視野を狭めます。

問題の渦中にいると、それが見えなくなります。
その可能性の世界のずれが、共通理解の形成を妨げることが、今回の動きの中で示されています。
しかし、それはなにも今回の原発事故問題に限ったことではないでしょう。

Never say never.
私の生活信条に加えることにしました。
この言葉は、正反対のベクトルをもつ言葉ですが、教えられることは多いように思います。

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2011/03/16

■節子への挽歌1290:正常な生活とは

節子
電話事情が改善されたようで、いろんな人から電話が入りだしました。
お米はあるか、不自由している物はないか、みんな心配してくれます。

たしかにテレビを見ているときっと心配になるのでしょう。
しかし、私が住んでいる我孫子市は特に問題はありません。
スーパーから食材が無くなっているようですが、すぐに回復するでしょう。
ガソリンの給油が大変そうですが、まあ使わなければいいだけの話です。
計画的な停電も行われていますが、それくらいの不便はむしろ好ましいことかもしれません。
それにわが家は娘たちの意向で、かなり厳しい「節電」も行われています。

友人知人からの、ちょっと辛い連絡も入りだしました。
もちろんホッとする連絡も入ります。

電話やメール、あるいはネットの利用も、地震発生以来、控え目にしていましたが、そろそろ大丈夫かもしれないと思い、少しずつ再開しました。
福島の原発がたいへんな事故を起こしていますが、その状況はテレビを見ていてはあまりわかりません。
それもあって、ネット利用者が少ないだろうなと思う午後の時間帯を使って。ネットも利用するようにしました。
メーリングリストへの投稿も控え目に再開しました。
そうしたらいろいろと反応もあります。
やるのを忘れていた仕事も思い出しました。
それで昨日までは暇だったのですが、また忙しくなりました。

まだ電車の運行状況が不安定なので、オフィスには行っていませんが、明日にでも行ってみようかとも思います。
生活は徐々に正常化しつつあります。
と書いて、気づいたのですが、どちらが「正常な生活」なのでしょうか。

節子と違って、私が「リアル」に生きていないことに気づかされます。
節子なら、この数日が正常だったのよ、と言うでしょう。
たしかにそうに違いありません。
困ったものです。
また不正常な、あるいは不健康な、生活に戻りますか。

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■「愚かな消費者」の反省

新潟の知人から電話がありました。
千葉ではお米が無くなっているらしいので送ります、というのです。
お米が無くなった? そういえば、スーパーから食材が無くなったと娘が言っていたなと思い出しましたが、そんなことはありませんよ、と応えてしまいました。

娘が近くのイトーヨーカ堂に行くと言うので、実状はどうなのか見てみようと、私も同行しました。
驚きました。
開店間際に着いたのですが、もうお客様がずらりと並んでいるのです。
しかも進まない。入店制限をしていたのです。
10分ほど並んでいたら、お店の人が、お米は売り切れましたと大きな声で言うのです。
なんと新潟の知人が電話してくれた通り、お米がなくなる状況だったのです。
人口が急増したわけでもないの、なんという不思議でしょう。
こうして消費者は自らの首をしめているのでしょう。

店内に入ったら食材が予想以上にありましたが、たしかに空のタナも何か所かありました。
わが家は、普段と同じように買物をしましたが、不思議です。
ちなみに近くのカスミでは、昨日は恒例の全商品5%割引デイだったのですが、なぜか割引はなかったそうです。
こうした時のお店の対応で、そのお店の本質が見えてきますが、私たち消費者の本質も見えてきます。

私も反省しなければいけません。
砂糖が安く、おひとり1袋だったのですがあ、娘と行ったので2つも買ってしまいました。
今日は自宅で珈琲を4杯飲みましたが、そのおかげでとても甘い珈琲になりました。
反省しなければいけません。
私も完全に「愚かな消費者」なのです。
困ったものです。

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■節子への挽歌1289:悲しいときは泣けばいい

節子
津波の報道と原発事故の報道が交互に行われています。
それはまったく異質なものですので、見ていて心身が疲弊します。

津波の報道はかなり心を揺さぶります。
見ているのが辛い画面が多すぎます。
津波で洗われた旧市街地に向けて、「おかあさん」と泣き叫ぶ少女の姿はさすがに見ていられませんでした、
一方、原発事故は心に突き刺さります。
いい加減な報道が多く、もう少しまじめに報道しろといいたくなります。
誰も肝心のことを質問しませんし、説明しません。

いずれにも共通しているのは、世の終わりです。
世の終わりとは言い過ぎに聞こえるかもしれませんが、そんなことはありません。
福島原発の実状はかなり深刻であり、テレビの報道とは全く違うように思います。
一歩間違えば爆発ですが、誰もそのことを正面から見据えて取り組もうとしていません。
まじめに取り組んでいるのは、おそらく原発現場の作業員だけです。
どう考えても不条理です。
しかし、不条理なのは津波で肉親や隣人を一瞬にして奪われた人も同じです。
きっと世の終わりを見たはずです。
友人から10人以上の従兄弟家族が絶望的だというメールが来ました。
どう返信したらいいでしょうか。
幸いに被害を免れたという連絡をもらった人に、良かったね、と素直に言えない自分がいます。

テレビを見ながら思います。
悲しいときは泣けばいい、それしかできないのですから。
泣けない人間には真実はない、と私は思っています。
テレビの画面で泣いてしまうと、後々まで世間から嘲笑されるおそれもありますが(ひどい社会です)、そんなことは気にする必要はないでしょう。

私もいろんな人に笑われました。
しかし、悲しいときには泣くのがいいです。
被災者にできることは、それしかないのですから。
私にできることも、被災者の人と一緒に、涙を流すことかもしれません。

枝野さんも、もしかしたら、泣きたいのかもしれません。
泣きたいのに泣けない生き方。
節子がいた時には、私もそう生きていたように思います。
節子の前でだけ涙を見せました。
しかし、今はどこでも泣けるようになりました。
いや、涙をこらえられなくなったと言うべきでしょうか。

泣きたい時に泣けるような社会になれば、きっと社会は住みやすくなるでしょう。
不謹慎ですが、そんなことを考えながら、テレビを時々見ています。

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■新しい出発にしなければいけないと痛感しています

ネットにもキャパシティがあるので、不要不急のインターネットの利用は避けていたのですが、あまりにもテレビの情報には信頼性がありません。
それでまたネットを開いてみました
実にさまざまな情報が流れていますが、あまりにもテレビ情報とは違います。
どちらが正しいのか、判断できませんが、一つ言えることは、こういう「非常事態」にも関わらずに、専門家が集まって知恵を出し合うようにはなっていないということです。
テレビにもたくさんの専門家的な立場の人が出演していますが、テレビに出る前にやることがあるのではないかとも思います。
しかし、おそらく原発に批判的な専門家は、実際の対策検討に呼ばれもしないし、テレビにも出られないのでしょう。
しかし、批判的な目で考えている人こそが、現実を見えることもあるでしょう。

それにしてもテレビでの記者会見はあまりにも現場との距離があります。
伝聞情報ばかりで、データーもかなり時間のたったものしか発表されません。

ある、社会的にもかなりの活動をしている人が、
「幸いにして生き延びられたら、今度こそ原発をなくしましょう!」
とあるメーリングリストに流していました。
恐ろしいほどに哀しいメールですが、真実味を感じます。

しかし、今この時間にさえ、福島の原発の現場では、生命の危険を冒しながら、爆発防止に取り組んでいる人がいます。
その人たちは、決して好き好んで、原発の現場に関わっているわけではありません。
推進を決めたのは、決して彼らではないのです。
そう思うとやりきれない気がします。

日本政府の反応の遅さと対象的に、海外各国の反応は迅速です。
政府がまだ機能しているのでしょうか。
日本の政府は、国民の生活を守る姿勢が欠けているのかもしれません。

枝野官房長官は誠実に記者会見に当たっています。
その誠実さには頭が下がります。
しかし、大切なのは、誠実さではなく、あるいはすべてを引き受ける責任感ではなく、多くの人の生活を守ることです。
南相馬市の市長の怒りがよくわかります。

しかし、それはそれとして、私に何ができるのか。
この事件を、新しい出発にしなければいけないと痛感していますが、お恥ずかしいことに、まだ何をしていいかわかりません。
いまはただ祈るだけですが、「幸いにして生き延びられたら」、私ももう一歩生き方を進めようと思っています。

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2011/03/15

■節子への挽歌1288:あなたたちは一人ではない

節子
地震は想像を超えるものでした。
首都圏まで影響が出始めました。

せっかく書き遅れていた挽歌が追いつきそうだったのですが、また数日書けずにいます。
まだ書く気分にはなりません。
こうした時期にはネットも使用を控えようと思います。

時評編にも書きましたが、今朝、友人から次のサイトを教えてもらいました。
http://www.youtube.com/watch?v=IxUsgXCaVtc見せてもらいました。
挽歌を読まれている方にもみてもらいたくて、ここでも紹介します。
ぜひ見てください。

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■日本のすばらしさ

地震の状況はかなりのものです。
節電の呼びかけにやっと気づいて、テレビやパソコンを自粛していましたが、福島の原発事故の状況が気になって、昨夜から時折テレビを見ています。
その度に地震の被害の映像も見てしまいます。
事態の深刻さは想像をかなり超えてしまっています。

友人知人から電話やメールもありますが、それへの反応もどうもうまくできません。
九州の人から、なかなか電話がつながらず心配したと言われましたが、たしかに外部からみると千葉も被災地に見えるかもしれません。
インドネシアのチョンさんもまたメールをくれましたが、どうも返事がかけません。

そんな時、友人が、こんな映像も、できてるみたいです、とあるメーリングリストに流してくれました。
http://www.youtube.com/watch?v=IxUsgXCaVtc見せてもらいました。

みなさんも、もし余裕があったら見てください。

ちなみに、この数日、ブログを書いていませんが、不要不急のブログを自重しているだけです。
問題は全くありません。
念のためですが。

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2011/03/13

■地震と原発その2

地震と原発に関する昨日の記事は少し感情的に反応し過ぎてしまいました。
ルール違反ですが、2行削除しました。
しかし、今も枝野さんの昨日の記者会見はひどいものだったとおもっています。

今朝の朝5時半からの経済産業省の記者会見をテレビで見ました。
誠実に対応する姿勢を感じましたが、話の内容は相変わらず私にはわかりにくいものでした。
もっと端的に話したほうがいいように思います。
フランクネスというのは、嘘をつかないと言うことではなく、問題を共有するということでもあるのです。

放射能被爆者の存在も明らかになりました。
それは炉心溶融とは関係ない話でしょうが、大切なのは全体像の説明です。
そこに不満が残ります。

私が不安を感ずるのは、全体が見えない場合です。
危機の存在は、生きていれば常にあります。
ですからそれが問題なのではなく、危機の存在が見えないことが問題なのです。
枝野さんが昨日話していたチェーンメールも、事実をきちんと伝えないが故に発生します。
事実を発表した後は、逆にネットでそのメールの否定が広がっています。
虚偽や不安に対する最も効果的な対応策は、フランクネス、事実の開示です。
そしてそれがリスクマネジメントの基本です。
なぜそれができないかと言えば、事実をしっかりと把握し管理していないからです。
おそらく今回の事件も、事実を示すデータはかなりあるはずですが、それが公開されていない、あるいは枝野さんのところにまで届いていないのかもしれません。
あまりに伝聞情報が多すぎます。
これほどの事件であれば、責任者は現場に飛んで、事実を把握するべきです。
それが行われていないところに、今回の政府の対応の限界を感じます。
それは原発の問題だけではありません。

現場から遊離した政府と政策。
そうでなければいいのですが。

反原発論者はこの事件を活用して、声を高めるでしょう。
そそれを否定する人もいるでしょうし、私もどちらかといえば賛成はできません。
しかし、そうした動きが起こる理由もあるのです。
これまでその意見があまりにも抑えられているからです。
今回の事件で、そのことも認識しておかねばいけません。
原子力資料情報室の記者会見はマスコミにはあまり流れませんが、なぜでしょうか。
USTREAMで流れていますので、ぜひご覧ください。問題の本質の一部を垣間見えると思います。
原子力資料情報室は高木仁三郎さんが始めた信頼できる組織です。

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2011/03/12

■節子への挽歌1287:うれしい電話

節子
陸前高田が津波で壊滅してしまいました。
以前お会いした人たちは、どうなったでしょうか。
こころ痛みます。

しかし、悪いことばかりではありません。
地震のおかげで、思ってもいなかった人からの電話をもらいました。
いつも気になっていたOさんです。
まさかOさんから電話が来るとは思ってもいませんでした。
どんな時にも、うれしいことはあるものです。

Oさんは一度は死を考えたことのある若者です。
その直前に相談を受けたとき、私は節子のことで余裕がなく、上手く対応できなかったのです。
要するに、Oさんの置かれている状況に合わせての感情移入ができなかったのです。
しかし、節子は違いました。
節子に言われて、そのことに気づきました。
そのことを、いまもとても悔いています。
しかし、Oさんは、そうした中途半端の私の対応にもかかわらず、私に感謝してくれているのです。
うれしい電話です。

Oさんは名古屋にお住いですが、茨城に近い我孫子に住んでいる私のことを心配して電話してきてくれたのです。
千葉の情報はあまりテレビでは報道されないので、実状は見えないのかもしれません。
情報がないと、人は悪いほうに考えがちです。
Oさんは、とても心配して、ライフラインは大丈夫ですかと訊いてきました。
辛い状況を体験した人は、他者の痛みを思いやれるようになるのでしょう。
とても心配しての電話でした。

久しぶりに電話で話したOさんは元気そうで、何か必要なものがあったら送りますと言ってくれました。
こんなうれしい言葉はありません。
これも節子のおかげです。

節子
Oさんは元気です。

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■地震よりも原発

地震の被害は甚大ですが、問題は確実に原発からの放射能漏出に移ったように思います。
夕方行われた枝野官房長官の記者会見は、あまりにお粗末というか、欺瞞的です。
完全に隠蔽的な記者会見だったと思います。
そのくせ、ネットで不安をあおるような情報を流すことをやめるような発言もありました。
慎重に話していましたが、そのこと自体に問題の本質があるように思います。
今回は地震によって起こった予想外の事故ですが、リスクマネジメントの視点からはやはり問題はあります。
最初からおそらくマネジメントが作動したでしょうが、時間的にかなりの余裕があったはずです。
しかも問題が外部に公表されてからも、後手後手での対応になっていたのが明らかです、
事態は明らかに危険な状況に向かっているように思います。
記者会見で、放射能のレベルさえ回答できないとは信じがたい話です。
リスクマネジメントの根本は、フランクネスです。
そして信頼関係の構築です。
不安をあおっているのは、ネットに投稿する人たちではなく、明らかに政府です。

とろろ昆布をたくさん食べるのがいいというメールも流れてきました。
もはや自衛しかないのかもしれません。
それにしても、テレビを見ていて、この国の政府の実態が見えてきた気もします。
消費税増税などありえませんね。

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■節子への挽歌1286:挽歌どころではないほどの地震です

節子
地震の被害が次々と明らかになってきています。
その被害は驚くほどのものでした。
まだ余震があり、それもかなり大きなものもあります。
しかし、人は状況にすぐ慣れてしまうもので、余震にも慣れてしまいました。
節子の不在にはなかなか慣れないのとは大違いです。

知人のいる町が全滅とか津波に襲われたという報道が次々あるので、テレビからも目を離せません。
そのうえ、福島の原発のトラブルまで発生しました。
テレビでさえ炉心溶融の可能性を報道していますので、ますますテレビから離れられません。
知ったからといって何かできるわけではありませんが、他のことをやる気が出ません。
昨夜もずっとテレビを見ていたので、眠くて仕方がありません。

節子がいたらどうしたでしょうか。
こういう時の節子は、実に心強かったですが、私はただただテレビを見ているだけです。
壊れた置物は廊下に放置したままですし、散らかった資料もまああまりきちんとは片づけられずにいます。
節子がいたら、テレビばかり見ていないで片づけなさいよ、というでしょうが、原発が危ういのに片付けなどできるか、と言い合っていたでしょう。
しかし挽歌どころではありません。

私たちの社会がいかに危ういものであるか、思いしらされました。
その上、こういう時には頼りになる節子がいないので、困ったものです。
この地震は社会の方向を変えてしまうかもしれません。

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■地震と支え合い

東北地方太平洋沖地震は、その被害の大きさがわかるにつれて、いかに大きな地震だったかがわかってきました。
今もなお余震を感じます。
昨夜はずっとテレビを見ていました。

この天災によって、改めて見えてきたこともあります。

テレビによれば、すでに50の国からの支援申込みがあったそうです。
韓国からはまもなく軍隊が到着し、支援作業に当たってくれるとのことです。
支え合う文化は、やはり人類の、あるいは生命が持っているものなのだと確信しました。
それにしても、こういう時にはサッと支え合うのに、なぜ戦争が起こるのでしょうか。

よく言われるように、もし宇宙人が地球を攻めてきたら、国家間の戦争はなくなるかもしれません、
同じように、国民の不満を抑えるために外部に敵をつくるのは国家権力の常套手段ともいわれます。
そういう意味では、自然環境問題は人類共通の「敵」になるのかもしれませんが、問題設定が「政治的」なために、それは支え合いにはつながりません。

それに関連して、もう一つ見えてきたのは、原発の危険性です。
福島原発周辺からの避難指示がでましたが、その意味はしっかりと考えなければいけません。
千葉の市原の石油タンクの火事もそうですが、どこかで私たちは生活空間の設計思想を間違っているのです。
都市計画家や建築家には、そうしたことをもっと考えて欲しい気がします。
最近の東京の都市空間は、明らかに非人間的になっています。
江戸時代の大工さんたちに比べたら、最近の著名な建築家のレベルは大幅に低下しています、

彼らに何が欠けているのか。
それは「つながり」と「支え合い」の発想です。
自然との、あるいは人間同士の、です。

その一方で、50の国が支え合いに動き出している。
この事実に、大きな希望があります。

私のところにも、インドネシアや韓国などから、大丈夫かというメールが届きました。
いくつかのメーリングリストでも、お互いに気づかい合うメールが流れています。
ちなみに、テレビで大きな被害をずっと見ていたためか、私は無事を祝い合う気持ちが出てこずに、そうしたメールを出せずにいます。
とても複雑な気持ちです。

しかし、支え合う文化は、間違いなく私たち人類の文化です。
そこには、自然との支え合いも含まれなければいけません。
いろいろなことに気づかせてもらえました。

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2011/03/11

■大地震報道のニュース映像を見ていて感じたこと

大きく長い地震でした。
今日発生した東北地方太平洋沖地震はM8.5.発生後、8時間経過した今も、かなり大きな余震を感じます。
幸いに在宅していたため、テレビの報道をずっと見ていました。
今も見ています。
津波のすごさを改めて実感しました。

遠景で撮影したテレビ画面を見ていて、何回か、早く退避したらいいのにと思うような情景がありました。
空からの津波の映像を見ていると、津波が向かう先の道路に、その津波のほうに向かって走ってくる自動車があったり、水位が高まっている近くでそれを見ている人がいたり、画面に向かって声をかけてやりたいほどでした。

そういう情景を見ながら、もしかしたら、これは他人事ではなく、私たちの姿ではないかとも思いました。

昨日、ナラティブサロンというのをやりました。
いろいろな問題が提起されましたが、みんなそのことに気づいています。
にもかかわらず、その流れに抗しきれずにいます。
生活があるからです。
そのやりとりを思い出しました。

海岸沿いに立っていた人はどうしたでしょうか。
津波の押し寄せる方向に向かっていた自動車に乗っていた人はどうでしたでしょうか。
津波の近くの道路のトラックの荷物台に乗って、津波を見ていた人はどうなったでしょうか。

みんなもしかしたら自分は大丈夫だと思っていたのでしょうか。
自動車を守るために自動車から降りて逃げることをしなかったのでしょうか。
津波を見物していたのでしょうか。
不謹慎ですが、その姿は、私たちの生き方を象徴しているようで、まるで自分自身を見ているような気がしました。

死者は500人に達しそうです。
まだ余震が続いています。

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■節子への挽歌1285:国内最大規模の地震が起きました

節子
マグニチュード8.8の東北地方太平洋沖地震が起きました。
発生してすでに3時間以上経過しましたが、まだわが家でも余震でかなりの揺れを感じます。
節子の位牌も倒れてしまいました。
飾り棚のヴェネチアンのガラスとジュンのスペインタイルがいくつか壊れてしまいました。
その片づけで、指に怪我をしてしまいました。
私の細長い書庫は、書籍や書類が棚から落ちてしまい、入れないほどです。
これだけ大きな地震は初めての体験です。

私は、今日は自宅で仕事をしていました。
首都圏の交通機関は止まっていますので、オフィスに出かけていたら帰宅できなかったかもしれません。
それにしても、長い地震でした。
それにまだ余震が続いています。
あまり気持ちのいいものではありません。

わが家には非常持ち出し袋はありません。
これは、節子の文化ではなく、私の文化です。
自然の力には、素直に従うのがいいと言うのが私の考えです。
非常時には、非常時らしく苦労しなければいけません。
それが私の文化です。
節子は、いざと言うことのために、そうした準備をするタイプでした。
ただ残念ながら、忘れやすい人なので、用意していても、いざという時に、それを見つけることができないタイプでした。
ですから、結果的には私と同じくなります。
まあ、万一の場合は、節子の位牌だけを持ち出せばいいでしょう。
それを示唆するように、節子の位牌が仏壇から転げだしたのかもしれません。

またかなり大きな余震が来ました。
家が悲鳴をあげている感じです。
挽歌を書いている場合ではないですね。
しかし、すごい地震なので、節子と話したかったのです。

娘たちは、近くのお年寄りのお宅に様子を見に行きました。
節子が残してくれた文化は残っているようです。

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■死者の国

挽歌に書いたことを時評にも書きます。
だぶっているのですが、挽歌を読む人は少ないでしょうから、時評にも書いておきたいと思ったからです。

岩波新書の「人が人を裁くということ」という、小坂井敏晶さんの本を読みました。
とても考えさせる本です。
裁判に関する本かと思ったのですが、そうではなく、「人を裁くこと」の意味が、とてもていねいに書かれています。
著者の思いが伝わってきて、何回か興奮したほどです。
そしてそれは、本論を読み終えて、「あとがき」を読んでいる時に起こりました。
突然、涙が出てきたのです。
理由はわかりません。
しかし、涙が出てきた文章は次の文章です。
小坂井さんはフランスに住んでいるそうですが、フランスで数年前に起こった事件を紹介しています。
引用させてもらいます。

強制退去処分を受けた不法滞在アフリカ人が、パリ・ドゴール空港に移送され、旅客機の座席に縛り付けられた。そのとき、来客十数人が警察のやり方に抗議して、シートベルト着用を拒否した。飛行機は離陸できない。結局、抗議者は全員逮捕され、警察署に連行される。その中に、パリ第八大学で勉強するマリ出身の女子学生がいた。それを知った学長は、彼女の救援活動を組織するよう全教員に要請するとともに、学生を警察署に引き取りに行った。
この文章に、なぜか涙が出てしまったのです。
なぜ涙が出るのでしょうか。
著者の小坂井さんは日本なら逆に、学生を叱責し、警察に謝罪する学長の方が多いだろう、と書いています。

おまえは、シートベルトを拒否できるか、そう問われているような気がします。
誰かが始めたら、私も賛同して加わる気がしますが、自らが始める勇気はないでしょう。
「始める勇気」、それがなければ生きているとは言えないのではないか。

最近、よく思うのです。
今の日本は、死者の国ではないかと。
もしそうであれば、私自身も死者ということです。
たいへん不遜で非礼な発言ですが、生きている人を感ずることが少ないのです。
みんな、せっかくもらった「生」を無駄にしているのではないか。
もちろん私も、です。

春は悩ましい季節でもあるのです。
生きることの意味を問われる時代なのかもしれません。

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■節子への挽歌1284:花粉症でなくても涙は出ます

節子
最近また迷走しがちです。
春のせいでしょうか、凍えていた気持ちが起きだしたのでしょうか。
気持ちが上下します。
わけもなく不安になったり、わけもなく沈んだり、わけもなく動き出したり。

「病院の待ち時間」にコメントが書きこまれました。
読んでいるうちに、涙が出てきてしまいました。
春のせいでしょうか。
ともかく止まらない。

実は、涙はこのコメントだけではありません。
その直前に本を読んでいたのですが、なぜか涙が出てきたのです。
普通なら涙が出るような本ではありません。
岩波新書の「人が人を裁くということ」という、小坂井敏晶さんの本です。
とても考えさせる本です。
しかし涙が出たのは、その本論ではありません。
「あとがき」に紹介されていた、フランスであった話です。
引用させてもらいます。

強制退去処分を受けた不法滞在アフリカ人が、パリ・ドゴール空港に移送され、旅客機の座席に縛り付けられた。そのとき、来客十数人が警察のやり方に抗議して、シートベルト着用を拒否した。飛行機は離陸できない。結局、抗議者は全員逮捕され、警察署に連行される。その中に、パリ第八大学で勉強するマリ出身の女子学生がいた。それを知った学長は、彼女の救援活動を組織するよう全教員に要請するとともに、学生を警察署に引き取りに行った。
この文章に、なぜか涙が出てしまいました。
なぜ涙が出るのでしょうか。
著者の小坂井さんは日本なら逆に、学生を叱責し、警察に謝罪する学長の方が多いだろう、と書いています。

最近、よく思うのです。
今の日本は、死者の国ではないかと。
もしそうであれば、私自身が死者ということです。
おまえは、シートベルトを拒否できるか、そう問われているような気がします。

「病院の待ち時間」にコメントをくださったライムさんは、「奥様への想いは、優しいですね:と書いてくれました。
しかし、優しさには強さもなければいけません。
最近、気が弱くなっています。
春だからでしょうか。
節子は、春が好きでした。

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2011/03/10

■東京大空襲と戦争の霧

1944年の今日、東京はアメリカ空軍により大空襲を受けました。
当時、日本本土への無差別絨毯爆撃を指揮したのはカーティス・メイル少尉です。
戦後のアメリカでも活躍した人物です。
その部下だったロバート・マクナマラ(元アメリカ国防長官)の告白を映画にした「フォッグ・オブ・ウォー(戦争の霧)」を昨日、観ました。

マクナマラはフォードの社長からJ.F.ケネディに懇願されて、アメリカの国防長官になった人です。
ケネディが暗殺されなかったら、彼の評価もまた大きく変わったでしょうが、ケネディ暗殺後のジョンソン大統領にも仕えたために、彼はベトナム戦争の推進者のイメージができてしまいました。
ベトナム戦争はマクナマラの戦争とさえ言われました。
結局、ジョンソンの戦争拡大戦略に反対して、彼は辞任し、経済界に入ります。
私が企業に入社した頃は、マクナマラの経営戦略論が話題でした。
どうしても戦争とのつながりが見えてしまい、私は反感を持っていました。

そのマクナマラが、自らを語っている映画です。
東京大空襲のことも、淡々と語っています。
しかし、彼はルメイとの違いも強調しています。
ベトナム戦争への彼の考えも、言外に示唆されています。
それを理解するかどうかは難しく、私には2人は同じに見えてしまあいます。

マクナマラは、ルメイについてこう語ります。

彼はつねに国を救おうとしていた。
そのためなら、殺すことをいとわなかった。
繊細な人間には耐えられない考え方だ。
ルメイは、アメリカを救うために、東京を大空襲して、民間人まで大量に殺傷したのです。
マクナマラのベトナムはどうだったか。
そこに違いはありません。
マクナマラが繊細な人間だとは、とても思えません。
彼らのようなアメリカ人には、ベトナム人も日本人も、仲間ではないのです。
そのことを象徴しているのが、米国務省のメア日本部長の発言です。
「沖縄県民はゆすりの名人」というメアの発言をマクナマラは否定するでしょう。
しかし、私には、彼もまたそう考えて行動してきたとしか思えません。
日本もまた、アメリカの国のためにしか存在していないのです。
軍事力でだめだったことに気づき、経済や文化で占領しようとしているわけです。
彼はつねに国を救おうとしていた。
そのためなら、殺すことをいとわなかった。
ルメイの言葉は、マクナマラの言葉でもあり、アメリカ大統領の言葉なのです。
今の民主党政権は、小泉元首相と同じように、その走狗になっているように思えてなりません。
しかし、その走狗だと思っていた前原さんが追い落とされたのはなぜでしょうか。

単細胞の私は、簡単に構造化してしまう癖があるのですが、
政治の世界は、私にはまだまだわからないことが多いようです。

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2011/03/09

■貧乏な人には悪い人はいない

先日、共済研究会で公開シンポジウムを開催しました。
パネルディスカッションに反貧困ささえあいネットワーク代表の河添さんにも参加してもらいました。
そこで、河添さんからとてもうれしいお話をお聞きしました。

河添さんたちは2年前に反貧困ささえあいネットワークという、互助的な事業をたちあげました。
低額の掛け金で、困った時にお金が支給されたり、融資が受けられたりする仕組みです。
立ち上げの時に、ある人から融資が焦げ付いて借金がかさむのではないかと心配されたそうです。
しかし、実際にはうまくいっているようです。
河添さんは、こう言いました。
お金に困っているワーキングプア層はみんないい人なので、融資を受けても一生懸命がんばって返してくれます。
お金のない人はみんな善い人なのです。

少し不正確かもしれませんが、実に嬉しい話です。
河添さんも、善い人だから貧しくなるのかもしれないというようなことも話したような気もしますが、これは私の聴き違いかもしれません。

私のこれまでの生活体験でも、これはとても共感できます。
しかし、貧しい人に善い人が多いのはなぜでしょうか。
貧しいと善い人にならないと生きていけないからです。
なぜならば、みんなに支えてもらわないといけないからです。
こう言い換えてもいいでしょう。
善い人はお金がなくても、つまり貧しくても生きていける。
それに、お金と無煙だと悪いことを考えなくてもいいのです。

またいつもながらのめちゃくちゃな論理ですが、実践者の河添さんの実践からの話なので、説得力があります。

善き人生は貧しさと共にある。
そして、幸せもまた貧しさと共にある。
問題は、昨今の日本の社会は、貧しいと生きていけないような状況に向かっていることです。
貧しさと善き生が両立し、高め合う社会を回復したいと思います。

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■節子への挽歌1283:病院の待ち時間

節子
今日は病院で一人で1時間待ちました。
私が一人で1時間待つというのはめずらしいです。
節子がいたら、よくがんばってね、とほめられそうです。
今回も1時間待たされたら帰ろうと思っていましたが、その5分前に呼び出されました。
予約制度の意味がないとこの病院の管理能力を疑いたくもなりますが、まあ相手が病院ですから、いろいろと事情があるのでしょう。
緊急の患者がいたのかもしれません。
自分勝手な行動は控えなければいけません。
しかし、私は「待つ」という行為が苦手です。
誰かと一緒であれば何とかなるのですが、一人だと我慢できません。

病院の待合室で、何回、節子と待ったでしょうか。
長い時には2時間も超えました。
病院で患者を待たせるという神経が、私にはわかりませんが、現実は待たないわけにはいきません。
以前も書きましたが、医師によっては「長いこと待たせてすみません」といいますが、さも当然のように何も言わずに診察を始める医師もいます。
医師も忙しく、昼食もまともに食べていない実状を知っているものとしては、そうした無駄な時間をできるだけなくしたいと思う「まじめな医師」の気持ちもわかります。
しかし、それは決して無駄な時間ではなく、医師の医学的な処置行為よりも大きな効果のある医療行為だろうと、私は思います。

また話がそれてしまいましたが、待合室で順番を待つ間、節子は何を考えていたでしょうか。
私が節子に同行せずに、娘に代わりを頼んだのは、たしか1~2回でした。
後は必ず私が同行しました。
待合室に節子を一人にしたことはありません。
と、今日まで思っていました。
しかし、そうだったのか。

私のいまの病院通いは、たいした病気ではありません。
しかし節子の場合はそうではありません。
どれほど心細く、どれほど辛かったか。
辛い手術もあったのです。
それにも、節子らしい対応をしてくれましたが、ほんとうは心細かったのではないかという気がしてきました。
いまさらそんなことを思ってどうするの、と言われそうですが、今日ふとそう思ったのです。

待合室の待ち時間を、もっともっと楽しい時間にできたのではないか。
ただ付き添えばいいというものではないのです。
もっと節子との時間を充実させるべきだった。
そこがたとえ病院の待合室であっても、節子には大事な時間だったのですから。

後で思うと、どんな時にもできることはたくさんあります。
人の愚かさは、救いようがありません。

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2011/03/08

■節子への挽歌1282:房総の花

節子
ジュン夫妻が房総半島に行って、早春の花をお土産に持ってきてくれました。
節子と一緒の最後の家族旅行は房総半島でした。
節子は、好きな花と好きな家族を満喫してくれたと思います。

ユカが宿と食事処を決めてくれました。
鳩山家の別荘だったところに泊りましたが、安いプランだったので部屋はあまりよくありませんでした。
いまはもう思い出せませんが、貧乏性の節子と私が、きっと安いプランを選んだのでしょう。
私たちは、最後まで貧乏性でした。
私の記憶では、節子に贅沢をさせてやった記憶がありません。
節子が贅沢をした記憶もありません。
慎ましやかに生き、慎ましやかに終わっていく、それが私たちの生き方でした。

それが最後の旅行になると知っていたのは、節子だけだったかもしれません。
少なくとも私は、そうは思っていませんでした。
最後だと思えば、これまでなかったような贅沢な部屋を用意したでしょうに。
どこまでも愚鈍で、思いやりの欠落している夫でした。
現実がまったく見えていなかったのです。

その頃は節子だけでなく、家族みんながそれぞれ疲れていましたが、自動車での一泊二日の旅行は、思い出したくなくても思い出してしまうほど、いろいろなことがありました。
節子は歩くのも大変だったかもしれません。
しかし私たちと一緒に、歩いてくれました。
ゆっくりと、ゆっくりと。
私には、そんなことができるでしょうか。
節子は、私と正反対に健気な人でした。

ジュンたちのお土産の花は、いろんなことを思い出させてしまいます。
やはり私にはまだ、房総半島は思い出したくない場所のひとつのようです。

節子は花を喜んでいるでしょうか。
あの時、節子がおいしそうに食べた金目鯛を思い出します。

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■節子への挽歌1281:人の心身の中にはたくさんの「いのち」が宿っている

昨日降った雪が庭にまだ残っています。
しかし、今日は昨日とは打って変わって、春を感じさせる陽射しです。
春は冬の中から立ち上がってきます。
季節の変わり目には、いつも自然の大きさを感じます。

冬には冬の生き方があり、春には春の生き方があります。
同じように、人には、その時々の状況に合わせた生き方があります。
さびしい時にはさびしい生き方があり、楽しい時には楽しい生き方がある。
しかし、悲しいことに、自然と違って、冬の次に春が来るわけではありません。
悲しさやさびしさにつかまってしまうと、そこからなかなか抜け出せなくなるのです。
そして、そのうちに、その状況に居心地の良ささえ感じるようになります。
悲しさや寂しさの意味が反転するのです。

人の心は、不可思議です。
わかっているようでわからない。
心を操るもう一つの心を感ずることも少なくありません。
あるいは、寂しさの中にいる自分や、楽しさを感じている自分を、ひややかに見ている自分に気づくこともあります。
人の心身の中には、たくさんの「いのち」が宿っているのかもしれません。
そのひとりが、節子であっても不思議ではありません。
そして、どれがほんとうの自分かもわかりません。
おそらくそんなものはないのでしょうが。

一昨日は啓蟄(けいちつ)でした。
大地に包まれて眠っていたいのちが動き出す日です。
今年は、たくさんの「いのち」に身を任せようと思い出しています。

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■スリーA方式の認知症予防ゲームの体験型フォーラムを開催します

今日は私たちが主催する集まりの案内です。

最近、認知症に関する報道が連日行われています。
超高齢社会に入り、だれにとっても認知症が身近な問題になってきたのでしょう。
それに便乗したわけではないのですが、私が取り組んでいるコムケア活動として、4月9日に公開フォーラムを開催することにしました。
実は2年前から、京都でスリーA方式の認知症予防ゲームの普及に取り組んでいる高林さんに東京でフォーラムを開催することを約束していたのですが、この2年間、別のテーマに関わっていたため、延び延びになっていたのです。
それで1か月ほど前に、急にやろうと決めたのです。
それで友人知人に声をかけ、実行委員会を立ち上げました。
いつものように、むちゃくちゃな進め方ですが、実行委員会はすでに15人ほどになりました。
なかには韓国で活動している人までいます。
実行委員会といっても、まあできる範囲で知恵と汗を出すというのが、私のやり方なので、気楽に参加できるのです。
みなさんもよかったら、参加してください。
私に連絡してくれたら登録させてもらいます。単にフォーラムを開催するだけではありません。
これを契機に、新しいネットワーク組織の立ち上げようと思っているのです。
自殺のない社会づくりネットワーク・ささえあいも、こんなスタイルで立ち上げたのです。

それはともかく、肝心のフォーラムですが、次のような形で開催します。
楽しいフォーラムになると思います。
定員50人なので、先着順ですが、もし参加をご希望であればコムケアセンターまでにメールください
だれでも歓迎です。

<転載歓迎>
■スリーA方式認知症予防ゲームの体験フォーラムのご案内
 -優しさのシャワーで 認知症の予防と改善を
    案内チラシ

超高齢社会に入り、だれにとっても認知症が身近な問題になってきましたが、
優しさのシャワーで脳を活性化し、本来その人が持っているさまざまの力を取り戻し、引き出していく『スリーA方式・認知症予防ゲーム』をご存知でしょうか? 
実践の場で大きな成果をあげている、このゲームを広く知っていただきたくて、今回首都圏で50名を対象に体験型フォーラムを開催することにしました。
これを契機に首都圏を中心にした、やわらかなネットワークを育てていきたいと思っています。
スリーA方式・認知症予防ゲームの首都圏の活動のスタートです。
ご興味のある方はぜひご参加ください。

日時:2011年4月9日(土)午後1時~4時半(12時半開場)
会場:東京しごとセンター 5階セミナー室
参加費無料(資料代:500円)

プログラム(予定)
 基調講演:認知症予防への思いとゲームの方法
NPO法人認知症予防ネット理事長 高林実結樹
 ゲーム体験者からの体験と感想
    脳リハビリのゲームと優しい気持ち・・・
 ワークショップ パート1 ~ 実際にやってみよう
    ゲームと進め方を実際に体験しよう
 ワークショップ パート2 ~ 意見を交換しよう
体験の感想やアイデアの交換タイム
定員50名(先着順)

申込み先:comcare@nifty.com 氏名・年齢・所属(職業)・どうして知ったか を記入してお申込みください。
 受付確認のメールを返信します。
*フォーラム開催を手伝ってくれる実行委員も募集中です。
主催:スリーA方式認知症予防フォーラム実行委員会
後援:コミュニティケア活動支援センター

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■クラインのつぼ

■クラインのつぼ(2011年3月8日)
メーリングリストでの内輪もめは少なくありません。
幸いに私がマネージャーになっているメーリングリストでは起こっていませんが、参加しているメーリングリストでは時々発生します。
それぞれが真剣で、誠実であればこそ、発生するのですが、第三者として読んでいると、どんどんエスカレートしているのがわかります。
極めて瑣末な言葉尻が問題になることも少なくありません。
そうなると投稿しようにも投稿できなくなります。
まさに、かつての連合赤軍総括事件を思い出してしまいます。

前にも書きましたが、平和グループのメーリングリストでさえも発生します。
そのため最近は完全なROM(読み手専門)になってしまっていますが、読むのさえ苦痛になることもあります。
仲間内で争うような人たちに、平和を語る資格はありません。
いくら立派なことを言っても、私はそうした人は信じません。
もちろん「意見の違い」を出しあった議論は大事ですが、それは争うこととは全く違います。

そうした内輪もめが発生する原因は明確です。
目的がしっかりと共有されていないからです。
大きな目的さえ共有されていれば、小異を超えて団結できるはずなのです。
そして力は、小異を維持しながら団結することですが、大きな目的、志のない人には小異が一番気になるのでしょう。
しかし、それでは最初から大きな結集はできません。

メーリングリストに限らず、そうしたことは何かをやろうとした時によく起こります。
私の周辺でもよく起こりますし、お恥ずかしいことながら、私自身、時々、小異にこだわって大きな目的や思いを忘れてしまいそうになることもあります。
後で考えると、実に瑣末なことに不快感をもって、つまらない反応をしてしまい、自己嫌悪に陥ることもあります。
なぜ人は、もっと遠くを見られないのでしょうか。

政治の世界も全く同じようなことが起きています。
いまの民主党もそうですし、政界全体もそうです。
大きな目的、ビジョンを語る人がいないのでしょうか。
必ずしもそうはいえません。
鳩山由紀夫さんは「友愛革命」を掲げました。
評判はもう一つでしたが、私は共感し、実に嬉しく感じました。
それが音を立てて崩れていったのは残念でした。
その理想を一緒に育てようとする人が少なかったのでしょう。
民主党にはいませんでしたし、テレビなどで活躍している有識者にもいなかったように思います。

「クラインのつぼ」をご存じでしょうか。
外と内の区別のない、一度入ったら永久に出てこられないつぼです。
私はいろんな活動に関わらせてもらっていますが、多くの活動が、そうした「クラインのつぼ」には入ってしまっているような気がすることが多いです。
それでは運動は広がりません。
小異を超えて大同できる仲間を得ることは簡単ではありませんが、そうした仲間が大事です。
そのためには、もっともっと人と会わなければいけません。
心を開いて話さなければいけません。
しかし昨今は、そうした余裕のない人が多くなりました。
内輪もめを醸成する社会になっているのかもしれません。
これはじっくりと考えるべき命題のような気がします。

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2011/03/07

■節子への挽歌1280:日程を決めたらそうなるものです

節子
今日はまた雪で、庭が白くなってしまいました。
河津桜の花も雪まみれです。

昨日、1日、身を流れに任せたらすっきりしました。
今日は朝からたまっている宿題をこなし、4月に予定している公開フォーラムの準備を始めました。
今度は認知症予防に関するやわらかなネットワークの立ち上げです。
世間ではいま、認知症が話題なのです。
京都で認知症予防ゲームに取り組んでいるグループに加担することにしたのです。
みんな私よりもずっと年上の女性たちですが、その元気さは驚くばかりです。
そのグループの活動の首都圏での展開を応援する約束を2年前にしたのですが、この2年間は別のテーマに追われてしまい、踏み出せずにいました。
1か月前に思いきって取り組むことにし、何人かの友人知人に一緒にやろうと誘ったのです。
そして4月9日にやることを決定しました。
後先を考えずに、日程を決めてしまうのが、私のやり方です。
節子は、そうした私のやり方に振り回されていたのではないかと、今にして思うと心当たります。

私と生活を共にすることは、おそらく大変だっただろうと思います。
自分本意でわがままなのです。
その上、私はかなり常識を欠落していました。
いまも娘たちから注意されることがありますが、思考回路のどこかに欠陥がありそうです。
もっとも、節子もまたちょっとずれていましたから、うまくやってこられたのでしょう。
しかし、私からみれば、節子は頼りないながらも、困ったことが起これば解決を頼める存在でした。
なにしろ私の伴侶なのですから、それは私には当然のことでした。

節子が逝ってしまうことは、私には困ったことでした。
だから逝かないで、元気になって欲しいと節子に頼みました。
神にも祈りました。
これまた極めて非常識なのですが、だからそうなるはずだと、最後の最後まで、考えていたのです。
心底、そう確信していたのです。
節子の最後の闘病生活は、今から考えると反省だらけです。
もしかしたら、さすがの節子も私の非常識さに呆れていたかもしれません。
思い出すだけでも、節子に謝りたい気持ちです。
節子に笑って許して欲しい気持ちです。
ああ、だんだん感情がおかしくなってきました。
困ったものです。

ともかく、節子が逝く日程は、私が決めたかったのです。
もちろん、私の逝く日の後でなければいけません。
しかし、私の思いとは無関係に、節子には逝ってしまったのです。

何の話でしたでしょうか。
節子の話になると、ただでさえ欠陥のある思考回路がさらにおかしくなるようです。
要するに、4月9日に認知症予防のフォーラムを開催します
やると決めたからです。
節子はもっと生きると決めればよかった。
私が強く決めれば、天もそれに従ってくれたかもしれません。悔やまれます。
またわけのわからないこと書いてしまいました。
まだ脳疲労は回復していないようです。

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■悲しい習性

先日、共済研究会のシンポジウムがありました。
以前書いたように、この数年、日本では共済事業に対する法規制が進んでいるのです。
当初は、不特定多数を対象とした共済の名を冠した悪質な保険的な行為を規制しようということだったのですが、いつの間にか共済すべてが保険業法の視点から規制されるということになってしまい、地道に活動していた共済事業が継続できないような状況に追いやられてしまっています。
金融資本主義の流れの中で、本来は別の思いや目的で始まった共済事業と保険事業が同一視され、共済事業が営利保険事業に飲みこまれる方向に動いてきているのです。
日本には、無尽講とか結いなど、古来、支え合う文化と仕組みがありました。
そうした、共に助け合い支え合う文化、共済の文化が壊されようとしているわけです。
しかし多くの人はそうした動きは知らないでしょう。
それに共済事業といっても、共済保険を思い出すだけかもしれません。

そのシンポジウムの話し合いの司会をさせてもらったのですが、会場から自分たちの活動を法規制の適用除外にしてほしいと霞が関に陳情しているがなかなか認められない。
任意団体だと相手にされないので法人化もしてきている。
どうしたら適用除外を受けられるか、というような発言がありました。
質問した人は、とても誠実に最近の共済規制の動きに対して行動を起こしてきている人の一人だと私が前から思っていた人です。

適用除外とはこう言うことです。
新しい保険業法によって、共済事業は保険事業と同じ土俵に立たされ、保険会社になるか、あるいは解散するかが義務づけられたのです。
しかし、多くの自主共済事業者の働きかけによって、その義務の適用除外が認められることになりました。
しかし、その適用除外を認めてもらうのは簡単ではないのです。

その質問に対して、私は司会役の領域を超えて感情的に反応してしまいました。
なぜまじめな価値ある活動をしているのに、適用除外の「お願い」をしなければいけないのか。そんな活動は最初から負けている。もっと自信を持って、自らの主張をしていくべきではないか、と。
いささか感情的に短絡的に話したので、私の話は無意味な暴論にしかならなかったでしょう。
しかし、なぜみんな行政や制度のいいなりになるのか、それが私にはわからないのです。
おかしい問題があれば、広く世の中に訴えるべきであって、管轄の役所にお願いにいくなどというのは、被支配者の発想です。
それに自分だけ適用除外になろうなどと考えるのは、私には与しえない発想です。
どうして問題をもっとみんなの前にさらけ出さないのか、
国民主権とは一体何なのか。

共済に限らず、そう思うことがよくあるのです。
普段からそう思っている憤懣が、思わず出てしまったのです。
それにしても、日本の国民はよく飼いならされています。
それを「民度」が高いというのかもしれません。
私には、単に「悲しい習性」としか思えないのですが。

質問者が読んだら、気分を害するかもしれませんが、私は2年前に、その人の話にいたく感動したことがあるのです。
それもあって、あえて余計なことを書かせてもらいました。

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■在日外国人の善意を切り捨てていいのか

在日外国人からの政治献金受領問題の責任をとって前原外相が辞任しました。
まさか毎年5万円、4年で20万円の個人の寄付が原因で大臣が辞任するとは思ってもいなかったので、私には驚きです。
それが法治国家の論理なのでしょうが。

私が気になるのは、しかし、そうした政治の話ではなく、寄付した女性のことです。

京都に住む在日韓国人女性は、前原氏本人からの辞任の報告の電話に、「ごめん、ごめん。迷惑かけてごめんなさい」と何度も謝っていたと言います。
また、朝日新聞の取材に「前原さんの家庭は貧しく、苦労して議員になったので応援したかった。在日の献金がダメだとは知らず迷惑をかけた。私が日本国籍を得ていると思ったのではないか」と話したと、朝日新聞に書かれていました。
その記事を読んだ時、その女性に対して、私たちは大きな間違いをしているのではないかと感じました。

もし報道内容が事実であるとすれば、私には大きなものを失った事件ではないかと思います。
人が人を支えることの思いや大切さは、国や法律や制度を超えています。
苦労して毎年5万円のエールを送っている個人の善意を踏みにじるような社会に住んでいることにいささかの寂しさを感じます。
しかも相手は、日本の社会では決して恵まれずに「差別」されている立場の人です。
そうした人ほど、人の痛みも辛さもわかるのでしょう。
その行為に、私は大きな敬意を表します。
それを全く反対の意味で、大事件にしてしまったのは、たぶんにマスコミの責任でもありますが、最近のマスコミはただただ問題を起こすだけで、事柄の意味などは考えないような気がします。

法律はともかく、人間の社会にはもっと大事なものがあるはずです。
それがなくなったからこそ、社会は壊れだしているのです。
壊れた社会は、法律や政治では直りません。
大切なのは文化であり、私たち一人ひとりの生き方です。
そうしたことへの気配りもなく、ただ相手を責める政治家に未来は語れるはずもありません。
その女性のつめの垢でも煎じて飲ませたいものです。

前原さんが、その女性に電話をかけたということを知って、私の前原嫌いは少し変わりました。
もっとも彼の政治思想には賛成はしがたいのですが。

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■悪魔のささやき

入試問題のネット流出事件が相変わらず大きく報道されています。
前に書いたように、私自身は問題の所在を違うところに見ていますので、マスコミの取り上げ方には違和感があります。
残念なことは、これでまた、若者の未来がひとつ消し去られたという事実です。
悲しい話です。

思い出すのは、加賀乙彦さんの「悪魔のささやき」論です。
精神科医として東京拘置所に勤めた経験を持つ加賀さんは、その著書の中で、

「人は意識と無意識の間の、ふわふわとした心理状態にあるときに、犯罪を犯したり、自殺をしようとしたり、扇動されて一斉に同じ行動に走ってしまったりする。その実行への後押しをするのが、「自分ではない者の意志」のような力、すなわち「悪魔のささやき」である」
と書いています。
そうした「悪魔のささやき」を耳にしたことがない人もいるでしょうが、私はよく耳にします。
私がこれまでそうした「ささやき」に引きずり込まれなかったのは、単に運がよかっただけだろうと思います。
ですから、今回の問題を起こした若者は、決して他人事ではないのです。

最近、熊本で起こった大学生の女児殺害事件も、動機が全くわかりません。
おそらくここでも悪魔がささやいたのでしょう。
そう考えなければ、まじめな若者がこんな事件を起こすはずがありません。
前にも書きましたが、まじめであればこそ、悪魔は入ってきやすいのです。

小坂井敏晶さんの「人が人を裁くということ」(岩波新書)はとても考えさせられた本です、
小坂井さんは、犯罪者とそうでない者とを分け隔てる何かが、各人の心の奥底にあるわけではないといいます。
そしてこう書いています。

「実際に行為に走った者には、もともと殺人者の素地があったと我々は後から信じ、またそのように本人が思い込まされるのである。人間は意志に従って行動を選び取るのではない。逆に、行動に応じた意識が後になって形成される。警察の厳しい取調べの下、犯行動機が後から作られる。また、服役生活において罪を日々反省する中で、犯行時の記憶が一つの物語としてできあがる」。
犯罪や犯罪者は、行為によってではなく、処罰によって出来上がるというわけです。

以前も書きましたが、処罰された人の再犯率が多いことは、いまの裁判制度の欠陥を示唆していると思いますが、小坂井さんは 

「釈放されても、前科のある者は再就職に苦労し、伴侶を見つけるのも難しい。そのような生活の困難、将来への絶望、世間への恨みが再犯へと導く。ほとんどの人間は、犯罪者の素質があったから犯罪者になるのではない。まるで単なる出来事のように、本人の意志をすり抜けて犯罪行為が生ずる。しかしそこに社会は殺意を見いだし、犯人の主体的行為と認定する。お前は自由意志で犯罪を行ったのだと社会秩序維持装置が宣言する」
と書いています。
とても共感できると共に、わが身に重ねて考えると、実に恐ろしい話でもあります。

「単なる出来事のように、本人の意志をすり抜けて犯罪行為が生ずる」。
普通に暮らしていても、明日、私自身が犯罪者になっているかもしれないということです。
熊本の若者のような事件は、私には無縁であると思いたいですが、決してそうではないでしょう。
どんなに異常に見える事件であっても、自分と無縁な事件などありません。
悪魔のささやきは、相手を区別などしないでしょうから。
そうした想像力を持って、昨今起こっているさまざまな事件を考えなければいけないように思います。
ただ声高に非難し裁けばいいわけではないのです。

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■節子への挽歌1279:もう一つの心

節子
ちょっとバタバタしていて投稿が止まっていました。
時間不足というよりも、書く気が起きてこなかったのです。
4日ぶりの挽歌です。
こんなに長く書かなかったのははじめてです。

最近、いささか悲しい現実によく体験します。
そうした問題はかなり個人的な問題が絡んできますので、公言ははばかれますが、そんなことの積み重ねの中でいささか疲れがたまってしまっていました。
その癒し方が、今の私にはどうもわからないのです。
まあそれもどうでもいい話ですが。

以前も一度書きましたが、王様の耳はロバの耳だったことを知ってしまった床屋の話があります。
彼は誰にもそのことを言えないので、井戸に向かってそのことを言ってのですが、井戸ほど恐ろしいものはありません。
このモチーフは星新一のショートショートの代表作の一つにも使われていますが、だれもみんな出口のない井戸がほしいかもしれません。

私にとっては節子がその役割を果たしてくれました、
別に外に向かって隠すほどのことはないのですが、もう一つの心を持つことは安定感を与えてくれます。
人は、一人では生きにくい生き物だとつくづく思います。
最近の日本社会がおかしくなっているのは、一人で生きることを目指しすぎたからではないかという気もします。
大きな生命から自らを切り取って自立しようとする試み自体が、どだい無理だったのではないかとさえ思います。
こういう話になると、まさに哲学の話になりそうですが、自らの半分の死を体験すると、人は哲学者になるのかもしれません。

何を書こうとしているのかわからなくなってきましたが、そのわけのわからない話(誰に話していいかわからない話)をする相手が、伴侶なのかもしれません。
節子がちゃんと聴いていたかどうか確信はありませんが、節子に向かって話すと、いかなる場合も、どんなな病みも融け、心のつかえが解けました。

人は自分の外に、もう一つの心が必要な生き物かもしれません。

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2011/03/06

■元気ですが

書きこむ必要もないことの書き込みです。
この2日間、時評も挽歌も書きませんでした。
単に時間がなかっただけですが、時間ができてパソコンを開いたのですが、なぜか脳が拒否します。
書けません。
なぜでしょうか。
でも元気です。
せっかくパソコンを開いたので、これだけ書くことにしました。
あとは、あくまでもありのままに、なるように身を任すしかありません。
今日か明日には回復するでしょう。

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2011/03/03

■政治とカネ

奇妙な話ですが、また前原さんや蓮舫さん、さらにはみんなの党の渡辺さんの周辺でお金の問題が指摘され出しています。
新聞はテレビほどには取り上げていませんが、テレビはかなり取り上げていました。
その影響は大きく、ブラフ効果は大きいでしょう。
だれが仕組んでいるのでしょうか、人為的なものを感じます。

要するに政界では目立つと問題が顕在化されるようになっているわけです。
言い換えれば、だれにでもある問題です。
それは「政治の成り立ち」を考えれば当然過ぎるほど当然のことのように思えます。

小沢さんの件も含めて、そんな瑣末なところばかりに目を向けさせられているうちに、何か大きなことが進んでいるようで、それがとても気になります。
急になぜかいろんなものが値上がりするそうですし。
たかが10億そこらで目くじら立てるのは止めたいものです。

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■節子への挽歌1278:節子のいないひな祭り

節子
ひな祭りです。
今年は節子のつくった雛人形は登場しませんでした。
ユカのコーナーにミニ雛人形が飾られただけです。

節子の文化は、「手づくり」を重視することでした。
私の稼ぎが低くてお金があまりなかったせいもあったかもしれませんが、私も節子もできることは自分でやろうという姿勢が強かったのです。
以前も書きましたが、私の場合はそれが結局は直るものまで壊してしまうこともあったのですが、節子の場合はまあうまくいっていたようです。
雛人形もすべて節子の手づくりでした。
最初は木目込み人形でしたが、以来、いろんなスタイルの雛人形が生まれました。
娘が大きくなってからはつくるのはやめていましたが、かわりに毎年、いろんな工夫で、家を飾っていました。
短冊の雛人形や手づくりではないのですが、どこかから買ってきた小さな雛人形が、家のどこかに、その時期になると置かれるのです。
ひな祭りだけではありません。
季節に応じた小物が、わが家を飾ってくれていました。

この季節であれば、誰も食べない雛あられも買ってきていました。
季節を大事にするのは、花が好きな節子にとっては当然のことだったのでしょう。
私はそのおかげで、季節感を持ちつづけることができました。

節子のその文化は、一部は娘たちにも伝わりました。
しかし、今年のひな祭りにはたしかに雛あられはありませんでした。
今年のひな祭りは、残念ながら、ユカのコーナー(わが家には家族それぞれの小さなコーナーが廊下の壁にあるのです)にミニ人形が飾られただけでした。
まあ、こうした小さな小物を飾るのも節子の文化なのですが。

しかし、節子がいないと、ひな祭りという気分はまったくしませんね。
それでも、今日はひな祭りなのですね。

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2011/03/02

■節子への挽歌1277:節子のおかげで農作業

節子
今日は農作業をしました。
こうなった理由は、もともとは節子にあるのです。
節子は、いなくなってもなお、私の生活に影響を与えています。

仕事がたまっていたので、今日は午後からそれを自宅でやっていました。
誰かが来たので出て見ると、近くの小野寺さんでした。
小野寺さんは、わが家の家庭農園の近くの一人住まいの100歳の方の家に、住みこみで、お世話されている方です。
ご本人ももう80歳近くですが、とても元気です。
わが家の荒れ果てた家庭農園にねぎを植える話を娘から聴いていたようで、いつ植えるのか、手伝いますよと言うのです。
しかし、その家庭農園は手入れもしていないので雑草で大変です。
その上、仕事も忙しいし、断りたかったのですが、小野寺さんはともかくやりたそうなのです。
それにわざわざわが家まで誘いに来てくれたのですから、断るわけにはいきません。
そこでついついじゃあ私も一緒にやりますよ、と言ってしまったのです。
不幸なことに、あいにく娘は用事があって行けなかったのです。

これがなんで節子のせいかといえば、そもそも隣家でもない小野寺さんと接点をつくったのは節子なのです。
知りあいもいない小野寺さんに、節子が声をかけたのがきっかけだったようです。
節子は、働き者が好きなのです。
小野寺さんはともかく働き者です。
節子がいなければ、決して接点は生まれなかったでしょう。
私は怠惰者ですから。

その働き者の小野寺さんと一緒に農作業するのは大変です。
私はすぐにばててしまいました。
小野寺さんは、あまりに早くばててしまった私を見て笑い出しました。
そして、もう帰ったほうがいいというのです。
お言葉に甘えて、息を切らしながら帰宅しました。
そう言えば、節子がいた頃もこんなだったなと思い出しました。
働き者と付き合うのは大変です。

後で農園を見たら、きれいにネギが植えられていました。
これで食費がだいぶ助かりそうです。

それはともかく、おかげで予定の仕事ができませんでした。
農作業は30分ほどでしたが、疲れてしまい、その後はテレビを見てしまったのです。
その後もさぼってしまいました。
週末の公開シンポジウムのコーディネーター役を引き受けているのですが、その準備もできませんでした。
さてさて、シンポジウムはどうなりますことやら。

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■入試問題ネット流出事件で考えたこと

インターネットへの入試問題流出事件が話題になっていますが、世間で言われているほど、私は腹立ちを感じません。
情報社会とはそうしたものだろうと思っているからです。
たしかに犯罪なのでしょうが、どうも実行犯を憎めずにいます。
むしろそれに対する大学側の慌てぶりに、いささかの違和感を持ちます。

私は昭和30年代に大学で学んだものですが、税法の試験の時に、六法全書の持込が自由でした。
私には当然のことでしたが、他の科目では持ち込み禁止でした。
私には納得できず、それが司法試験を諦める最初でした。
法律なんか覚えられるはずがないからです。
それほど自分を無駄遣いしたくないと思っていたのです。

語学も苦手でした。
辞書の持ち込みを認めてほしいと思っていました。
何しろ記憶力がよくないのです。
興味のあることはいくらでも覚えられますが、法律とか言葉の意味などは覚えられないのです。
一種の発達障害ではないかと思うこともあります。

ところで、この事件が報道された時に、私が思ったのは、この情報社会の時代に大学は相変わらずの試験をやっているのだなということでした。
私たちが生きるうえで、インターネットを活用して、世界中の知を活かすことは、いまやとても大切なことです。
この受験生は、素直にそれをやっただけのような気がするのです。
法律の試験に六法全書を持ち込んだり、語学の試験に辞書を持ち込んだりするのと、私には同じように思えるのです。
まだそんなレベルの試験をしているのかと、京都大学のレベルの低さに驚いたわけです。
いや京都大学の問題ではなく、日本の大学すべての話です。

情報社会は、ありふれた形式知の多寡を問うのではなく、それを活かして創造的な価値を創り出すことを試験に取り入れるべきです。
インターネットで聞いたら、10分後に答がわかるような問題に、果たしてどんな意味があるのでしょうか。
そんなことばかりやっているので、大学卒業生の知のレベルは高まらないのではないかと思います。

知の評価システムは根本から変えなければいけません。
そうしないと、相変わらず知性のない有識者が増えていくでしょう。
まあそれが日本の教育の狙いなのかもしれませんが。

今回の実行犯をかばうつもりはありませんが、この事件が問うていることをしっかりと考えるほうが大切なような気がします。

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■節子への挽歌1276:同士からのメール

節子
杉本泰治さんからメールが届きました。

どうしてらっしゃるかな、とホームページを開いたら、昨日の3月1日には、「節子さんへの挽歌」を書いておられて、感じ入りました。
健康で、いっそうご活躍ください。
杉本さんは、私たちのことを「どうし」と読んでくれていました。
たぶん同志ではなく、同士という意味でしょう。
杉本さんは一緒にハワイにキラウエア火山を見に行った「同士」なのです。
節子の訃報を知って(どうして知っていただけたのでしょうか)、すぐにわが家までやってきてくれました。
いや、記憶が定かではないのですが、もしかしたらその前に節子のお見舞いにも来てくれていたような気もします。
そのいずれかの時に、節子さんは同士ですから、と言ってくれました。
何やらとてもうれしい気がしました。

杉本さんは私よりも一回り年上です。
ハワイにご一緒したのが最初の出会いですが、以来、私は一方的にお世話になっています。
いつかお返ししなければと思いながら、今もってお世話になるばかりです。

人間は不思議なもので、お世話になる一方の人とお世話をする一方の人とにわかれます。
そして、なぜか自然にいろんな人のお世話になる人とそうでない人にもわかれます。
私は前者で、なぜかいろんな人のお世話にばかりなってきています。
図々しいのかもしれませんが、なぜかそうなのです。
杉本さんにもお世話になりっぱなしなのですが、そればかりか、私よりもずっと年上の杉本さんが私を心配してくれているのです。

このメールの文面はもしかしたら、この数日、挽歌が書かれていないことを心配してくださってのメールかもしれません。
この数日、挽歌が書けていなかったのです。
やはり挽歌は毎日きちんと書かなければいけません。

節子
あなたがいなくなっても、まだ私たちのことを見守ってくれている人がたくさんいます。
私たちはどうしてこんなにも善い人たちにばかり囲まれているのでしょうか。
とてもあったかくい世界です。
にもかかわらず、なぜ節子は逝ってしまったのでしょうか。
そしてなぜ私は今なお、ここにとどまっているのか。
どう考えても、理解できません。

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2011/03/01

■節子への挽歌1275:「片肺飛行」の気忙しさ

節子
最近また時間に追われ出しています。
困ったものですが、時間の使い方がどうもわからなくなってきてしまっているようです。
というか、時間を配分する基準が私の中から消えてしまったのかもしれません。

もともと私はものごとをできるだけ同じように見ようとして生きてきました。
人間であれば、肩書などではなく、人としての尊厳さだけを意識するようにしています。
だれもが私にとっては、同じ価値を持っています。
節子は、その点だけは私を評価してくれていました。
ただその反面、私には「威厳」とか「礼儀」が不足していると時々指摘されていました。

友人から、もっと人を選んで付き合ったらどうかと言われたことがありますが、私には難しいことです。
結果的には、そうなっているはずですが。
用件もそうです。
節子はよく、大切なことからしたらどう、と言いましたが、大切さの基準をちょっと変えれば順序はいかようにも変わります。
私にとっては、やりたいことが一番大切なことともいえるのです。

今もそうした生き方は変わっていないのですが、どうも節子がいたころとは違うような気がします。
やはり伴侶を失うということは、生活のリズムが維持できなくなるということなのでしょう。
3年半経過して、ようやくそうしたことに気づきだしたのは、この挽歌の読者のどなたかがコメントをくださった言葉を使えば、「片肺飛行」が安定してきたからかもしれません。

それにしても最近は時間に追われがちで、挽歌も書き遅れ気味です。
とりわけ夜の集まりが多くなってきたのが辛いです。
忙しさの中で、節子を忘れないようにはしていますが、もうしばらくこうした状況が続きそうです。
まあ、節子は許してくれるでしょうが。

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■石器時代の経済学

先日、石器時代の人たちは幸せだったという説がある、と書いたら早速、誰が言っているのかと質問されました。
それで昔読んだ本を引っ張り出しました。
アメリカの文化人類学者のマーシャル・サーリンズが書いた「石器時代の経済学」です。
日本で翻訳が出たのは1984年ですが、私が読んだのは会社を辞めてからです。

当時、すでに湯島でオープンサロンをやっていましたが、そこでも話題にしたことがありますが、誰もまともには受け止めませんでした。
みんな学校で石器時代よりも今はとても幸せな社会だと洗脳されていますから、石器時代が豊かだったなどという話は受け付けないのでしょう。
日本の学校教育がどういうものであるかの本質がわかります。
「知的好奇心を封じ込める」のです。

そうした体験は何回もしています。
10年ほど前に、やはりサロンで、福岡市では14人の1人が保険料を払えずに健康保険証を返却したため病院にもいけないそうだという話をしたら、参加者全員からそんなに多いはずがないといわれました。
その後、そうした実態は明らかになってくるのですが、人は信じたいことにしか耳を傾けません。
そう言えば、先日のオープンサロンでも、企業でいかに人間が疎外されているかの話をしたら、佐藤さんが話を面白くするために大げさに話しているといわれました。
その数日前に見聞した話を、そのまましただけなのですが。
知識人はなぜ人の言葉を信じないのか、哀しい気がします。
私がよほど信頼できない人なのかもしれませんが、人の言葉はまず信じることから人のつながりは生まれていきます、

さて石器時代の経済学です。
詳しくは、その本を読んでもらうとして、一つの話だけを紹介します。

サーリンズは、「狩猟=採集民(とりわけ、限界的な環境にすんでいる人々)についての、昨今の民族学的報告によると、食物生産に彼らは、成人労働者一人一日当り、平均3時間から4時間しか費やしていないことが示唆されている」と書いています。
そして、石器時代の社会は、1日ほんの3~4時間働くだけで、全員の欲求が充足される、まさに「始原のあふれる社会」だったというのです。

先週読んだ「社会的共通資本としての川」のなかで、高橋ユリカさんが、「熊本県の球磨川流域では戦後の食糧難の時代にも餓える人はいなかったという。しかし、荒瀬ダムができてからは、鮎だけでなく、ウナギなどの魚類はダム近辺の川からいなくなった」と書いています。
つまり流域住民たちの暮らしは、自然によっては支えられなくなったということです。

経済の発展とはいったい何なのか、考えなくてはいけません。

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■現場が見えない社会

知識社会は現場が見えない社会です。
情報社会が情報のない社会だという展望を持ったのは、30年ほど前です。
その頃書いた「非情報化革命論」は未完に終わっていますが、その頃から視点を変えると世界は全く変わってくるということに気づいたのです。

25日の時評に、「現場の情報は、マスコミはほとんど伝えません」と書きました。
その一例が沖縄の辺野古の北の東村高江(ひがしそんたかえ)で起こっていることです。
私も最近まで知りませんでしたが、メーリングリストで関連情報が繰り返し流れてくるので、少しずつ知るようになりました。

高江は、約160人が暮らす沖縄の人たちの小さな集落ですが、その集落を囲むように米軍のヘリパッド(ヘリコプター着陸帯)をつくる工事が始まっているのだそうです。
いまでも真横に米軍の訓練センターがあり、その関係で米軍へりが低く長く飛んでいるそうです。
これ以上ヘリが飛んだら住めなくなる、と考えた高江の人たちが、「自分の家で普通に暮らすため」に去年の7月から工事現場の入り口で、工事をやめてもらうために座り込みを始めたのだそうです。
これは、「やんばる東村高江の現状」というブログで知ったことです。

一時期、あれほど報道された沖縄の基地問題も最近はぱったり報道されなくなりました。
しかし、当然のことですが、現場では決して止まることなく事態は進んでいるのです。
今日も、そうです、いまこの時間も、高江では座り込んで抗議している人と建設作業者とのいざこざが起こっているわけです。
その動きが刻々とメーリングリストで流れてきます。

そこでの抗議活動に関して、スラップ裁判も起こっているようで、明日、その7回目の裁判が那覇地方裁判所で行われるそうです。
しかし、沖縄防衛局は前回1月の裁判日に住民が那覇地裁へ出向いている日を狙って、高江現地で工事を強行するという卑怯で愚劣な暴挙に出たそうです。
こんな悪質なことが現場で起こっているのです。

どんな事件かは次を見てください。
http://shunji.ti-da.net/e3290672.html
またスラップ裁判とは何かは次のサイトを見てください。
http://slapp.jp/slapp.html

こうした動きの中に、いま日本で進んでいる状況が示唆されています。
しかし、マスコミは報道しようともしていないような気がします。
もちろんこれは、ほんの一例でしかないのです。
みなさんのまわりにも、そうした不条理な事例はあるかもしれません。
それは決して例外的な事例ではないのです。
そこにこそ、すべての象徴がつまっているのかもしれません。

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