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2011/03/17

■Never say never

いま電話で知人と福島原発に関する話をしていて、思い出した言葉があります。
Never say never.
つい最近、知った言葉です。
先日、このブログに書いた、アメリカ元国防長官マクナマラの告白を描いた映画「フォッグ・オブ・ウォー」に出てくる、マクナマラの教訓の一つです。

今回の原発事故に関する政府および東京電力の記者会見でもそうですが、現在の放射線量では健康には全く影響がないという表現が時々なされます。
いつも大きな違和感を持って聞いていますが、「全くない」という言い方には事実を語るという姿勢はありません。
パニックを起こさないためにという理由があるのかもしれませんが、逆効果です。
ひと時代前の愚民政策の発想です。

ここで不安をあおろうとか、誠実に努力している関係者を揶揄しようというつもりはありませんが、マクナマラの教訓には耳を貸す必要があると思います。

人の世には、あらゆる可能性があります。
その可能性の世界を、どれだけ視野に置くことができるかが、リスクマネジメントのポイントです。
絶対とか、全くとか、決して、という言葉は、視野を狭めます。

問題の渦中にいると、それが見えなくなります。
その可能性の世界のずれが、共通理解の形成を妨げることが、今回の動きの中で示されています。
しかし、それはなにも今回の原発事故問題に限ったことではないでしょう。

Never say never.
私の生活信条に加えることにしました。
この言葉は、正反対のベクトルをもつ言葉ですが、教えられることは多いように思います。

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