■クラインのつぼ
■クラインのつぼ(2011年3月8日)
メーリングリストでの内輪もめは少なくありません。
幸いに私がマネージャーになっているメーリングリストでは起こっていませんが、参加しているメーリングリストでは時々発生します。
それぞれが真剣で、誠実であればこそ、発生するのですが、第三者として読んでいると、どんどんエスカレートしているのがわかります。
極めて瑣末な言葉尻が問題になることも少なくありません。
そうなると投稿しようにも投稿できなくなります。
まさに、かつての連合赤軍総括事件を思い出してしまいます。
前にも書きましたが、平和グループのメーリングリストでさえも発生します。
そのため最近は完全なROM(読み手専門)になってしまっていますが、読むのさえ苦痛になることもあります。
仲間内で争うような人たちに、平和を語る資格はありません。
いくら立派なことを言っても、私はそうした人は信じません。
もちろん「意見の違い」を出しあった議論は大事ですが、それは争うこととは全く違います。
そうした内輪もめが発生する原因は明確です。
目的がしっかりと共有されていないからです。
大きな目的さえ共有されていれば、小異を超えて団結できるはずなのです。
そして力は、小異を維持しながら団結することですが、大きな目的、志のない人には小異が一番気になるのでしょう。
しかし、それでは最初から大きな結集はできません。
メーリングリストに限らず、そうしたことは何かをやろうとした時によく起こります。
私の周辺でもよく起こりますし、お恥ずかしいことながら、私自身、時々、小異にこだわって大きな目的や思いを忘れてしまいそうになることもあります。
後で考えると、実に瑣末なことに不快感をもって、つまらない反応をしてしまい、自己嫌悪に陥ることもあります。
なぜ人は、もっと遠くを見られないのでしょうか。
政治の世界も全く同じようなことが起きています。
いまの民主党もそうですし、政界全体もそうです。
大きな目的、ビジョンを語る人がいないのでしょうか。
必ずしもそうはいえません。
鳩山由紀夫さんは「友愛革命」を掲げました。
評判はもう一つでしたが、私は共感し、実に嬉しく感じました。
それが音を立てて崩れていったのは残念でした。
その理想を一緒に育てようとする人が少なかったのでしょう。
民主党にはいませんでしたし、テレビなどで活躍している有識者にもいなかったように思います。
「クラインのつぼ」をご存じでしょうか。
外と内の区別のない、一度入ったら永久に出てこられないつぼです。
私はいろんな活動に関わらせてもらっていますが、多くの活動が、そうした「クラインのつぼ」には入ってしまっているような気がすることが多いです。
それでは運動は広がりません。
小異を超えて大同できる仲間を得ることは簡単ではありませんが、そうした仲間が大事です。
そのためには、もっともっと人と会わなければいけません。
心を開いて話さなければいけません。
しかし昨今は、そうした余裕のない人が多くなりました。
内輪もめを醸成する社会になっているのかもしれません。
これはじっくりと考えるべき命題のような気がします。
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