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2011/03/23

■電気に依存しすぎる生き方を見直しましょう

久しぶりに都心に出かけました。
いつもと違ったのは、電車の駅のエスカレーターが止まっていたのと照明が半分くらい消えていたことです。
お店も照明をいつもよりおとしていました。
閉店しているお店も少なくありませんでした。
いつもと違うので、ちょっと違和感はありましたが、すぐになれました。
照明に関しては、むしろこれで十分ではないかという気もしました。

友人は、夜が戻ってきたとむしろ歓迎していました。
いままでの都心の夜は明るすぎたと言うのです。
彼の意見は、いままでの電気消費が多すぎたのではないかというのです。
同感です。

わが家は節電のため寒いので、早くお風呂に入って就寝するようになりました。
おかげで4時頃、目が覚めるので、生活のリズムが狂ってしまったのですが、そのうち慣れるでしょう。

もしみんなが、本気で節電すれば、そして伝機に依存した生活を少しずつ見直せば、電力消費量はかなり減ると思います。
以前書きましたが、電気をふんだんに使えるようになってから、私たちの生き方はおかしくなりだしたのです。
そして、結局はみんなが原発を望んだのです。
少なくとも原発が増えることに異議申し立てしたのはほんの僅かの人だけです。
私も反原発論者ですが、原発阻止のためにデモに参加したことさえありません。
ですから、いまの原発事故に対して、怒りを東電にぶつける資格はないでしょう。
今日も東電本社にデモをするという呼びかけが回ってきましたが、いまさら遅いのです。
浜岡原発の即時停止には賛成できますが、東電を責める気にはなれません。
これまでその恩恵を受けながら(原発の立地地域は大きな金銭的メリットを受けていたはずです)、なにをいまさらと福島県の知事の発言を聞いていて感じます。

悔い改めるべきは、私たち一人ひとりすべてであって、東電の社員だけではありません。
昨日も書きましたが、原発を受け入れた時に、今日のこの事態の発生は決まっていたのです。
その認識から考えなければいけません。
問題の設定を間違えると事態は決してよくはなりません。

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