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2011/03/11

■死者の国

挽歌に書いたことを時評にも書きます。
だぶっているのですが、挽歌を読む人は少ないでしょうから、時評にも書いておきたいと思ったからです。

岩波新書の「人が人を裁くということ」という、小坂井敏晶さんの本を読みました。
とても考えさせる本です。
裁判に関する本かと思ったのですが、そうではなく、「人を裁くこと」の意味が、とてもていねいに書かれています。
著者の思いが伝わってきて、何回か興奮したほどです。
そしてそれは、本論を読み終えて、「あとがき」を読んでいる時に起こりました。
突然、涙が出てきたのです。
理由はわかりません。
しかし、涙が出てきた文章は次の文章です。
小坂井さんはフランスに住んでいるそうですが、フランスで数年前に起こった事件を紹介しています。
引用させてもらいます。

強制退去処分を受けた不法滞在アフリカ人が、パリ・ドゴール空港に移送され、旅客機の座席に縛り付けられた。そのとき、来客十数人が警察のやり方に抗議して、シートベルト着用を拒否した。飛行機は離陸できない。結局、抗議者は全員逮捕され、警察署に連行される。その中に、パリ第八大学で勉強するマリ出身の女子学生がいた。それを知った学長は、彼女の救援活動を組織するよう全教員に要請するとともに、学生を警察署に引き取りに行った。
この文章に、なぜか涙が出てしまったのです。
なぜ涙が出るのでしょうか。
著者の小坂井さんは日本なら逆に、学生を叱責し、警察に謝罪する学長の方が多いだろう、と書いています。

おまえは、シートベルトを拒否できるか、そう問われているような気がします。
誰かが始めたら、私も賛同して加わる気がしますが、自らが始める勇気はないでしょう。
「始める勇気」、それがなければ生きているとは言えないのではないか。

最近、よく思うのです。
今の日本は、死者の国ではないかと。
もしそうであれば、私自身も死者ということです。
たいへん不遜で非礼な発言ですが、生きている人を感ずることが少ないのです。
みんな、せっかくもらった「生」を無駄にしているのではないか。
もちろん私も、です。

春は悩ましい季節でもあるのです。
生きることの意味を問われる時代なのかもしれません。

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