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2011/03/08

■節子への挽歌1281:人の心身の中にはたくさんの「いのち」が宿っている

昨日降った雪が庭にまだ残っています。
しかし、今日は昨日とは打って変わって、春を感じさせる陽射しです。
春は冬の中から立ち上がってきます。
季節の変わり目には、いつも自然の大きさを感じます。

冬には冬の生き方があり、春には春の生き方があります。
同じように、人には、その時々の状況に合わせた生き方があります。
さびしい時にはさびしい生き方があり、楽しい時には楽しい生き方がある。
しかし、悲しいことに、自然と違って、冬の次に春が来るわけではありません。
悲しさやさびしさにつかまってしまうと、そこからなかなか抜け出せなくなるのです。
そして、そのうちに、その状況に居心地の良ささえ感じるようになります。
悲しさや寂しさの意味が反転するのです。

人の心は、不可思議です。
わかっているようでわからない。
心を操るもう一つの心を感ずることも少なくありません。
あるいは、寂しさの中にいる自分や、楽しさを感じている自分を、ひややかに見ている自分に気づくこともあります。
人の心身の中には、たくさんの「いのち」が宿っているのかもしれません。
そのひとりが、節子であっても不思議ではありません。
そして、どれがほんとうの自分かもわかりません。
おそらくそんなものはないのでしょうが。

一昨日は啓蟄(けいちつ)でした。
大地に包まれて眠っていたいのちが動き出す日です。
今年は、たくさんの「いのち」に身を任せようと思い出しています。

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