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2011/03/07

■節子への挽歌1280:日程を決めたらそうなるものです

節子
今日はまた雪で、庭が白くなってしまいました。
河津桜の花も雪まみれです。

昨日、1日、身を流れに任せたらすっきりしました。
今日は朝からたまっている宿題をこなし、4月に予定している公開フォーラムの準備を始めました。
今度は認知症予防に関するやわらかなネットワークの立ち上げです。
世間ではいま、認知症が話題なのです。
京都で認知症予防ゲームに取り組んでいるグループに加担することにしたのです。
みんな私よりもずっと年上の女性たちですが、その元気さは驚くばかりです。
そのグループの活動の首都圏での展開を応援する約束を2年前にしたのですが、この2年間は別のテーマに追われてしまい、踏み出せずにいました。
1か月前に思いきって取り組むことにし、何人かの友人知人に一緒にやろうと誘ったのです。
そして4月9日にやることを決定しました。
後先を考えずに、日程を決めてしまうのが、私のやり方です。
節子は、そうした私のやり方に振り回されていたのではないかと、今にして思うと心当たります。

私と生活を共にすることは、おそらく大変だっただろうと思います。
自分本意でわがままなのです。
その上、私はかなり常識を欠落していました。
いまも娘たちから注意されることがありますが、思考回路のどこかに欠陥がありそうです。
もっとも、節子もまたちょっとずれていましたから、うまくやってこられたのでしょう。
しかし、私からみれば、節子は頼りないながらも、困ったことが起これば解決を頼める存在でした。
なにしろ私の伴侶なのですから、それは私には当然のことでした。

節子が逝ってしまうことは、私には困ったことでした。
だから逝かないで、元気になって欲しいと節子に頼みました。
神にも祈りました。
これまた極めて非常識なのですが、だからそうなるはずだと、最後の最後まで、考えていたのです。
心底、そう確信していたのです。
節子の最後の闘病生活は、今から考えると反省だらけです。
もしかしたら、さすがの節子も私の非常識さに呆れていたかもしれません。
思い出すだけでも、節子に謝りたい気持ちです。
節子に笑って許して欲しい気持ちです。
ああ、だんだん感情がおかしくなってきました。
困ったものです。

ともかく、節子が逝く日程は、私が決めたかったのです。
もちろん、私の逝く日の後でなければいけません。
しかし、私の思いとは無関係に、節子には逝ってしまったのです。

何の話でしたでしょうか。
節子の話になると、ただでさえ欠陥のある思考回路がさらにおかしくなるようです。
要するに、4月9日に認知症予防のフォーラムを開催します
やると決めたからです。
節子はもっと生きると決めればよかった。
私が強く決めれば、天もそれに従ってくれたかもしれません。悔やまれます。
またわけのわからないこと書いてしまいました。
まだ脳疲労は回復していないようです。

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