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2011/04/06

■私たちの知的怠惰さが、生を阻む原発を認めてきた

■私たちの知的怠惰さが、生を阻む原発を認めてきた(2011年4月6日)
ソンミ村虐殺事件の真相解明に関わったM・スコット・ペックは、アメリカが国をあげてベトナム戦争を推進したのは何故かということに関して、こう書いています。

一国の国民全体が理由も知らずに戦争に向かうなどということが、どうして起こるのであろうか。その答えは単純なものである。国民としてのわれわれは、あまりにも怠惰なために学ぶことをせず、また、あまりにも傲慢なために学ぶ必要すら意識していなかったのである。自分のものの考え方がいかなるものであれ、それが正しい考え方だと信じこみ、それ以上調べてみようともしなかったのである。(「平気でうそをつく人たち」草思社)。
最近の福島原発事故に関する動きを見ていて、この本を思い出しました。
ペックは、知的怠惰と病的ナルシシズムが、邪悪を生み出すといいます。
本書で「邪悪さ」と訳されているのは、英語では evil です。
evil のつづりをひっくり返すと live。
つまり、邪悪さとは生を阻むものです。

この本の中で、「邪悪さ」は病気であると主張しています。
しかもその「邪悪さ」はすべての人の心身の中にあると言うのです。
私は、この本を読んだ時、自分が邪悪な存在ではないかと反省しました。
今でも完全には、その思いを否定できてはいません。

私たちの知的怠惰さが、生を阻む原発を認めてきたと言ってもいいでしょう。
政府や東電を責めるなとは言いませんが、その自覚のない言動には共感を持てません。

福島はますます深刻になってきました。

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コメント

上杉隆さんの番組で聞いた、東京電力本社前で一人で座り込みをしているおじさんの話。
気になり、確かめたたくて、6日、職場倒れた52歳の友人の告別式の後、立ち寄ってみました。
十数名の坊さんが、デンデン太鼓(?)を打ち鳴らしながら読経をあげていました。
その脇でおじさんはビラを配っていました。 そのビラを貰い、ビルの付近をひとまわりして正門前に戻ると、
坊さんたちは立ち去っていました。
賛同者か、若者二人が、おじさんと話し込んでいました。
ビラには、過激なことも書かれており、当然のことながら機動隊も出動、軽微な規制が敷かれています。
が、彼の行動力には頭が下がります。
大きな声をあげたり、音を出しての抗議は好きではありません。
願わくば、東電本社前で、静かに、静かに、福島の現地作業者に対する”安全の祈り”と、そして本社で働いている人たちに対しては”怒りの祈り”をあげるために、多くの人が集まる日がくるのか、と思いながら帰ってきました。 以上

投稿: 横手紀昭 | 2011/04/07 16:50

横手さん
相変わらずフットワークがいいですね。

ところで、私もご一緒している、NPO法人新潟水辺の会の顧問の内山節さんが、地震で亡くなられた方々に対する追悼の呼びかけをしています。
4月24日12:00に、それぞれが自分にできる方法で、無念の思いのなかに亡くなられた方々を思って黙祷しようという呼びかけです。

この呼びかけは、いま静かに広がっていますので、もう横手さんのところにも届いているかもしれませんが。

投稿: 佐藤修 | 2011/04/07 17:12

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» 放射能の危険性:原子力専門家連中を解体する [マスコミに載らない海外記事]
専門家連中の共通点は無知 Chris Busby 2011年3月29日 Rense.com 福島原発事故の発生以来、放射能の専門家連中が次から次と現れては、心配には及ばないだの、放射線量は非常にわずかだの、事故はチェルノブイリとは全く違う、云々と、我々に語るのを見せられ続けている。連中はテレビに出演し、連中の記事を我々... [続きを読む]

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