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2011/04/02

■節子への挽歌1308:春の便り

節子
春の初めに毎年届くのが蔵田さんのアサリと筍です。
その春の便りが今日、届きました。
節子の代わりにユカが調理してくれました。

また春がきました。
何回目の春でしょうか。
今年は大変な地震騒ぎで、花見も自粛気味ですが、私にとっては花見のない春はもう今年で4回目です。
といっても、庭の鉢植えの河津桜は毎年見ています。
その河津桜は、もう花はとうに散ってしまっています。

春が来たら、今年はちょっと出かけようかという気分に少しなっていたのですが、地震と津波のおかげで、その気分ももうどこかに飛んでしまいました。
今年もまた、きっといつの間にか梅雨に入り、夏になっているのでしょう。
季節と気持ちが、節子がいなくなってからは、いつもずれてしまっています。
節子は季節の人でしたから、私はいつも節子を通して、季節を感じていたのです。

今年の東北には、春はないのかもしれません。
しかし、人の社会はどうあろうと、花はいつものように咲くでしょう。
三春の桜はかなりの老木なので心配ですが、いまもきっと大地にしっかりと根を下ろして、いつもよりもがんばっていることでしょう。
福島の花見山も例年より華やかかもしれません。
自然は、必ず呼応しあっていますから、今年の東北の花はいつもよりも力強く咲くはずです。
そして、人の過ちを癒すように、人の心に元気を与えてくれるに違いありません。

節子のおかげで、東北の花はたくさん見に行きました。
しかし、まだまだ見ていないところがたくさんあります。
いずれも、もう見ることはないでしょう。

私への春の便りは、桜ではなくアサリと筍なのです。

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