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2011/04/11

■節子への挽歌1316:疲れていますね

節子
久しぶりに家庭農園の雑草取りをしてきました。
わずか1時間足らずでしたが、へとへとです。
被災地でのボランティアなど、とてもできそうもありません。
しかし、時に身体的疲れを作り出さないと精神的疲れは解消できません。
身体の疲れと精神の疲れは相互に打ち消してくれるような気がします。

このブログを読んでくださっているSさんがメールをくれました。

ずいぶんとお疲れのご様子。
それだけの関係作りをされておられ、お疲れは当然とは思いますが。
ブログにも、疲れは現れるのでしょうね。
もちろん精神的疲れですが。
節子がいたら、精神的な安定をいろいろと調節でき、疲れの解消もできるのでしょうが、一人だとなかなかそれが難しいことは間違いありません、
夫婦はお互いに相手に対して問題警告機能と問題解消機能を持っているように思います。
相互に問題を発生させる機能ももちろんありますが、長年きちんと連れ添っていると、問題発生よりも問題解消の機能のほうが高まるのではないかと思います。

Sさんは、私がいろんなことに関わっていることが疲れの原因だとご指摘ですが、まさにそうかもしれません。
せっかく畑仕事で元気になって戻ってきて、パソコンを開いて、あるメーリングリストを見たら、またいささか不快なメールが目に付きました。
あるメーリングリストで、ある人がある人を(いずれも私には全く面識のない人です)「心が病んでいる」と糾弾したので、その(糾弾された)人の投稿から私は学んでいますと投稿したら、私まで怒られてしまいました。
そう言う人に限って、自分は実名を名乗りません(ちなみに、糾弾された人は実名を名乗っています)。
なんだか嫌な気分になってしまいました。
まあ、メールやブログをやっているとこんなことはよく起きます。

節子がいなくなってから、ネットでメールしたり投稿したりすることが増えました。
増えるとどうなるか。
こうした不快なことも増えるのです。
それも多くはバーチャルな世界での不快事です。
節子がいたら、何と言うでしょうか。

パソコンの世界でばかり時間を過ごさずに、ちゃんと生きなさいよ。
そういうかもしれません。
節子は、パソコンに向かっている私が嫌いだったのです。
節子がいたら、今ほどにはネットの世界での人とのつながりは多くはならなかったでしょう。
パソコンに向かわずに、花見にでも行って、そこで誰かに出会っていたことでしょう。
節子がいないので、パソコンに向かうしかないのです。
そしてますます気分的に疲れてしまう。
さてどうやって抜け出すか。
今日は実は病院に予約していたのですが、あまり行く気になれずキャンセルしてしまったので暇なのです。
今日はもう畑には行きたくありませんし、さてどうするか。
困ったものです。

節子に愚痴をこぼせないので、今日は挽歌で愚痴をこぼしてしまいました。
すみません。

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