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2011/04/01

■節子への挽歌1307:フェイスブックの魅惑

フェイスブックの話です。
この記事は時評編と螺旋的に絡み合って書いています。
今日の時評編に、フェイスブックに誰かの名前をいれると、その人にまで届く人の連鎖を明らかにしてくれるシステムができればいいと書きました。
たとえば、私がリビアのカダフィ大佐に会いたいとすると、カダフィと名前を入れると、まずは国連の職員だった友人の名前が出てきて、次にその友人のリビアの友人の名前、そこからリビアの人を介して、カダフィにつながるルートが見えてくるという仕組みです。
いまは、そうした探索を自らでやらないといけないのですが、システム的にはそう難しいことではないように思いますので、まもなく実現するでしょう。
もちろん、フェイスブックだけではだめです。
さまざまなネットワークがやわらかにつながってこそ、できることです。
これは華厳経のインドラの網につながります。
それができると、世界は大きく変わるように思います。

さてここまでは時評編の話ですが、ここからが挽歌編です。
そこに佐藤節子の名前を入れたらどうなるか。
もちろんその答えは明確で、退屈なのですが、一瞬、もしかしたら彼岸の節子にまでつながるかもしれないと思わせるような不思議さが、フェイスブックにはあるのです。
節子がもしフェイスブックの世界に入り込んでいたら、どうなっていただろうかと、ふと思います。
そして、秦の始皇帝でさえ手に入れられなかった、不死の生命が得られたかもしれません。
映画「マトリックス」の世界、あるいは、ヴァレルのオートポエティックな世界です。
彼岸と此岸がつながっていることがわかれば、時間は変質します。

フェイスブックは魅惑的な世界です。
彷徨いたら、いつか節子に出会えるかもしれません。
そんな気にさせる世界です。

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