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2011/04/21

■節子への挽歌1327:季節感

節子
とても寒い1日でした。
例年だと今頃、近くの手賀沼公園で植木市が開かれるのですが、そんな雰囲気ではありません。
ホームページの記録によれば、節子を見送ることになる2007年の今日、節子と一緒に手賀沼の植木市に行ったとあります。
花好きの節子は、植木市には毎年出かけていました。
病気になってからは、私も毎年、節子に付き合いました。
わが家の小さな庭には、その植木市で買ってきた庭木もあるのでしょう。
残念ながら私にはどれがそれなのか見分けられないばかりか、そのうちの何本かは手入れ不足で枯らしてしまったかもしれません。

植木市はその一例ですが、節子と一緒に暮らしていると、季節感を自然と感じさせられました。
春には桜、秋には紅葉。
しかし、節子がいなくなってしまってからは、どうも季節感が希薄になりました。
自然との付き合いも疎遠になってしまっています。
自然と共に生きている人間にとっては、季節感はとても大切です。
最近どうも元気が出てこないのは、そのせいかもしれません。

今日の寒さは、逆の意味で季節を感じさせてくれました。
4月なのになんでこんなに寒いのか。
季節に合わないことが、いかに生活をおかしくしてしまうのか。
そんなことを考えさせられたのです。

節子がいないので、自然が私に教えてくれたのかもしれません。
もう4月も下旬、春たけなわです。
能動的に動き出さなければいけません。
きっと今日の寒さは、私の心が冷えているからです。
明日から動き出そうと思います。
身体の話ではありません。
魂の話です。

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