■消費しないでもいいのだ
連休になって、観光地にようやく観光客が戻ってきたといいます。
大震災後、自粛ムードが広がりましたが、その後、反自粛ムードも出てきました。
普段と同じ生活をするのが一番の被災者支援という話もあります。
ライフスタイルを変えなければという議論の一方で、急にライフスタイルを変えたら経済がますます縮小し、被災地支援さえできなくなるという議論もあります。
実際に、すでに経済は縮小の動きもあり、私の周辺でも問題はいろいろと起きています。
悩ましい問題だと思いますが、私にはそうした「べき論」はあまり興味がありません。
議論などするよりも行動すればいいだけの話ですし、そもそも大震災があったからといって変えるような生活態度はまたすぐに戻るでしょう。
しかし、そうした「べき論」とは別に、みんながあることに気づきだしたのではないかという気がしています。
その「あること」とは、消費しなくてもいいのだという気づきです。
客が来た割には財布の紐が硬かったという話も少なくありません。
「消費は美徳」キャンペーンをきっかけに、私たちは消費もまた経済成長のための義務だという意識を植えつけられてきました。
私のような反経済成長主義者でも、そうした文化からは自由ではなく、新製品だというとついつい買ってしまってきました。
「消費は美徳」キャンペーン、消費こそが経済を成長させるということの行き着く先は、リーマンショックになる前のアメリカのカード社会です。
そこでは、消費者自身が、消耗品として浪費されたといってもいいでしょう。
会社では労働者として、社会では消費者として消耗させられていたのです。
私たちは、生産活動と消費活動を対比的に捉えていますが、昔、「脱構築する企業経営」という連載記事で雑誌に書かせてもらいましたが、視点をちょっと変えれば、生産と消費は同じことなのです。
私たちは経済成長を持続させるために、消費しなければいけないという強迫観念を植え付けられているように思います。
最近はデフレ基調なので、消費を抑える作用が働いていますが、それでも「消費しなければ」という思いを、みんなどこかに持っているのです。
だから大震災で、「自粛」という大義名分を得た時には、実はホッとした人も少なくなかったように思います。
しかし、実に皮肉なことに、消費の自粛は経済成長を妨げます。
つまり消費の自粛は収入の減少につながるのです。
そして自粛はよくないというキャンペーンが始まりました。
ホッとする間もなく、またみんな市場に狩り出されました。
でもちょっとこれまでとは違うような気がします。
無理に消費しなくてもいいのだ、ということを実践しだしたのではないかという気がします。
ちなみに、私は自粛ムードには反対です。
矛盾していないかといわれそうですが、こういう時期にこそ消費は必要だと思うからです。
私の場合は、したがって「反自粛」ではなく、私の感覚ではむしろ「浪費」です。
被災者の生活を思いながらいつもよりも多く浪費し、被災者の経済が戻ってきたら、できるだけ消費しない、私にとっての日常的な生活に戻ります。
こういう暮らし方、つまりできるだけ物を買わない暮らしが増えていけば、経済成長率は低下するでしょうが、暮らしやすい社会になるように思います。
これを機に、消費から自由になり、逆に消費の主人になる生き方を志向することが必要になっているように思います。
消費者として生活するのではなく、生活者として消費したいものです。
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