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2011/06/12

■合意と排除

政治の行き詰まりの中で、大連立が話題になってきています。
この国難に、党を超えて取り組まなければいけない、ということが大義になってきています。
ころころ首相を変えてはいけないという、私にはとんでもない大義と同じように響きます。
こうやって、社会は奈落へと向かいだすのでしょう。

民主主義政治で重視される「合意」には、必ず排除がつきまといます。
合意は、異質なものの排除があって成立します。
熟議民主主義では、合意よりも異質のぶつけ合いが重視されますが、現実の世界の合意は必ず排除を伴うはずです。
大連立すれば、事が迅速に進むという人がいますが、それはまた別の話です。
迅速に進むかどうかが手続きの問題であるのは、平時においてであって、異常時のことではありません。
異常時の実行体制と平常時の実行体制は、まったく原理をことにします。
その原理の組み換えと取り組みの意識の転換に、今の内閣は取り組んでいないだけの話です。
そこには、まさに「近代のジレンマ」があります。
問題を発生させることが経済を活性化させ企業が発展するというテーゼです。
政治もまた、問題があればこそ、首相は延命できるわけです。
矛盾しているようですが、平時における問題解決の先送りは必ずしも延命につながりませんが、緊急時にはなぜかみんな保守的になってしまいます。
たぶん発想に余裕がなくなるからでしょうが、それが問題をさらに深刻化させ、カタストロフィーへとつながります。
そうしたことが、ミクロでもマクロでも、重層的に、フラクタルに現出しています。
そうして、誰もが突出できなくなります。
極めて馬鹿げた話なのですが、それがいま起こっている政治状況のように思います。

大切なのは、排除した合意形成ではなく、あらゆる異質を包摂した多様な発想を踏まえた、展望を持った実践です。
合意のためにリーダーシップなどは不要です。
大切なのは、実践のためのリーダーシップであり、信頼感です。
それは、大連立などしなくても、いくらでもできる話でしょう。

合意に含意される排除の側面を軽く見てはいけないように思います。

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コメント

どうしてこれほど次元の低い、中身のない権力争いになってしまったのか。
たとえば、菅さんに代わって新しい方が総理大臣になったら、どういうことを国民にアッピールするのか。日本の政府は何をするのか。
大連立は手段であって、その目的はまた別であります。その話なしでは、国民は政治にはあまり興味はありません。

http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/
http://page.cafe.ocn.ne.jp/profile/terasima/diary/200812

投稿: noga | 2011/06/12 17:41

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