■節子への挽歌1396:融けるような暑さ
節子
融けるような暑い日です。
朝はとてもさわやかで、陽光と鳥のさえずりで目を覚ませました。
いつものように、少しだけ節子のことを思いながら、今日は生まれて初めて節子に「恋文」を書こうかと言う気になっていたのですが、起きて動き出したら、恋文のことを忘れてしまいました。
ずっと天気が悪かったり不在だったりしていたので、放っておいた「家事」をしていたのです。
節子がいたら、私には必要のない家事です。
玄関の水瓶を復活させました。
節子だったらそろそろ水草を浮かべだすだろうなと思ったのです。
庭の金魚は全滅のようですが、幸いに黒めだかは元気です。
節子ならなにがしらの遊び心を込めたでしょうか、その元気も今日はありません。
それにしても暑いです。
明日はあるところで講演させてもらう予定ですが、その準備をしようかとパソコンに向かったのですが、身体が融けてくるような暑さです。
わが家にはクーラーは来客のスペースにしかなく、各人の部屋にはありません。
夏は暑いところに価値がある、などと言っていた頃が懐かしいです。
身体が融ける前に、頭の中の脳が融けてきているようで、思考力も生まれません。
そんなわけで、また節子を讃える恋文挽歌は今回も実現しませんでした。
実は時々、私がいかに節子を愛していたかという挽歌を書こうと思うこと事があるのです。
しかし、いざ書こうと思うと、そういう恋の言葉はどこか遠くに言ってしまい、カジュアルでどうでもいい思い出が浮かんでくるわけです。
やはり「恋のうた」は秘め事の世界のことなのかもしれません。
夕方になって、少しだけ涼しい気配が出てきましたが、まだ暑いです。
身体に汗がジトーっと出てきます。
私が暑い夏が嫌いになったのは、節子との最後の夏が暑かったからです。
この暑さの中を闘病している人に、エールを送りたいです。
決して暑さに意志を融かされませんように。
奇跡は、信じなければいけません。
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