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2011/06/24

■節子への挽歌1391:ドラえもんの冷蔵庫はもうありません

節子
今年は暑いです。
この3日間、真夏日が続いています。

今日はめずらしく湯島でのんびりしました。
午前中病院で、そのまま湯島に来ました。
5時まで来客の予定がなかったので、出かけようと思ったのですが、暑いのでやめました。
お腹が減ってきたので気づいたのですが、お昼を食べるのを忘れていました。
いまさら出かけるのも面倒なので、冷蔵庫などを探しましたが、お菓子類以外は何もありません。
困ったものです。
仕方がないので、珈琲を入れて非常食用のリッツを食べることにしました。
珈琲は今日はもう5杯目なので、趣向を変えて、インドネシアの、たぶんエスプレッソ用の粉で淹れることにしました。
名古屋の水野さんにもらった珈琲ですが、実に苦味の利いた珈琲です。

私は一人で食事をするのがとても苦手です。
ですからよく昼食を抜いてしまったものです。
それで節子がある時から、私が一人でオフィスに行くときにはお弁当を作ってくれました。
お弁当も一人で食べるので、あまり好きではありませんが、節子は食事嫌いの私でも気楽に食べられるようにと、小さなおにぎりにしてくれ、おかずもとても小さな容器に見事に詰めてくれていました。

また節子がオフィスに来ていたころは、いざという時のために、冷蔵庫に何かが入っていました。
だからお腹がすくとどこかを探すと何かが出てきたのです。
ドラえもんの冷蔵庫のようでした。
節子がいなくなった後、一時期、福山さんが冷蔵庫に何かを入れてくれていましたが、最近は彼女も忙しいので、湯島にはあまり来ません。
ですから、今では、私が入れないと何も出てきません。

それにしてもリッツは美味しいですね。
珈琲は苦すぎますが、空腹はなんとかなりました。
空腹が何とかなったら、別のことに気づきました。
今日はオープンサロンです。
6時過ぎから誰かが来ます。
お菓子は用意してきましたが、軽食は買うのを忘れました。
まあ今日は飲み物で我慢してもらいましょう。
節子がいる時のサロンは、いろんなものが用意されましたが、いまは私があんまり何も用意しないので、参加者も空腹をこらえているのかもしれません。

まあ、これからは「つましく生きる」ことが大切ですので、それを率先垂範していると思いましょう。
さて、そろそろお客さんが来るころです。
久しぶりにゆったりした時間を過ごしました。
デスクの上のめだかの容器を掃除し、トイレもかなり粗雑ですが掃除し、ゆっくりと金子由香利のシャンソンを聴き、難解な「民主主義の逆説」を読み直しました。
実はソファでうたた寝までしました。
ああ、植木の手入れがまだでした。

なんだか節子のような1日、いや半日です。

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