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2011/06/22

■人間が創りだしたシステムに人間が使われている

いささか暑すぎますが、さわやかな日です。
窓から入ってくる風に、心地よさを感じます。
しかし、その風も、残念ながら昨年までの風とは違います。
北風だと、大丈夫だろうかという不安が浮かばないわけではありません。
見えない放射線は、おそらくかなりの広がりで地球環境を汚染しているはずです。
子どもを持った母親たちは、戦々恐々として自衛策を取り出していますが、無策の政治に対してはどう行動していいかわからないためか、動きは鈍いです。
解決を先延ばしにしているとしか思えない管首相は原発推進の姿勢を崩してはいませんし、問題解決に取り組んでいるとは思えませんが、国民の多くはなぜか菅首相が好きのようです。
小沢さんを選べば、事態は大きく変わるでしょうが、そういう取り組みの動きはテレビでは報道されません。

大震災の前に出版された「誰が小沢一郎を殺すのか」という、知日派のウォルフレンの本にこんな文章があります。

日本の人々は激しく怒るには、あまりに分別がありすぎる。
きわめて知的な日本人たちは、自分たちがたとえ体制に批判的であっても、それで世の中が変わるはずはないとわかっているのだ。
大震災の被災地でさえ、秩序が維持されていたことが、海外から高く評価されました。
私もそれに感激しました。
しかし、それはほんとうに、誇るべきことなのかどうか。
最近少し迷いだしています。

私たち日本人には「分別」がありすぎるのかもしれません。
「家畜としての分別」が、です。
みんな「お金」という餌に釣られて、生命を売ってしまったのかもしれない、そんな思いが最近強くあります。

それにしてもなぜ政局は変わらないのか。
実に不思議です。
やはり個人はシステムには勝てないのかもしれません。
人間が創りだしたシステムに、人間が使われている。
私には何ともやりきれない時代の到来です。

やはり私たちの支配者はシステムなのでしょうか。
http://cws-osamu.cocolog-nifty.com/cws_private/2008/09/post-0e17.html

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コメント

どうしてこれほど次元の低い、中身のない権力争いになってしまったのか。
たとえば、菅さんに代わって新しい方が総理大臣になったら、どういうことを国民にアッピールするのか。日本の政府は何をするのか。
大連立は手段であって、その目的はまた別であります。その話なしでは、国民は政治にはあまり興味はありません。

http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/
http://page.cafe.ocn.ne.jp/profile/terasima/diary/200812

投稿: noga | 2011/06/22 18:13

nogaさん
ありがとうございます。権力争いには付き合いたくないですね。同感です。

投稿: 佐藤修 | 2011/06/23 18:39

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