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2011/07/16

■節子への挽歌1412:困った時の節子頼み

節子
昨日は朝から夜までいろいろとつまっていて、挽歌を書く時間がありませんでした。
しかし、2度ほど、節子に救いを求めたくなったことがありました。
いずれもバスや電車の中です。

まだ松戸の歯の病院に通院していますが、処置を終えて病院から出てきたら、どうも歩きづらいのです。
足を見たら、久しぶりに履いたビジネスシューズの底がはがれているのです。
そういえば、この数年、靴を買っていませんし、靴の管理もしていません。
それに最近はあまり黒靴は履かないのです。
今朝は時間がなく、たまには違うのと思って、一番上にあった靴を選んたのですが、それがもう寿命を超えて、廃棄されるべきものだったようです。
急いで出たので、それに気づかなかったのです。
娘に連絡して別の靴を持ってきてもらうよう頼みました。
娘は、どこかで靴を買ったらいいというのですが、買物は苦手なのです。
節子なら持ってきてくれるよ、という殺し文句で、娘は仕方なく届けてくれました。
わがままな父親を持つと娘は苦労します。
わがままな夫を持った節子はどうだったでしょうか。

帰りの電車はもっと悲惨でした。
昨日は椿山荘で経営道フォーラムの発表会があり、その打ち上げに参加していたのですが、生ビールとよくわからない軽いお酒を飲んだだけだったのですが、帰りの電車に乗ったら視界がおかしくなってきました。
視界だけではなく、意識も朦朧とし、なにやら苦しくなってきました。
もともと下戸ですので、さほど飲んでいないのですが、こんな状況になるとはよほど身体が弱ってきているようです。
そういえば、昨日もチビ太に明け方1時間ほど付き合わされて、寝不足でもありました。
久しぶりに悪い形の酔いが回ってきたのです。
我孫子に着くまでの時間が実に長く、思わず節子に救いを求めました。
困った時の節子頼みです。

節子は迷惑でしょうが、神や仏に祈るよりも、節子に祈るほうが、何かと心強いものです。
言い換えれば、祈れる存在があることはとても大事なことです。
まあ節子ですから、たいした救いにはなりませんが、祈る相手があるだけで、支えにはなるように思います。
夜遅かったのですが、娘にまた駅まで迎えに来てもらいました。
そんなわけで、昨日は挽歌を書くどころではなかったのです。

節子
暑い夏を苦労して何とかやっています。
ちなみに他の靴をみてみたら、後は大丈夫でした。
昨日履いた靴は何だったのでしょうか。
もっとも私には、そうした生活品の「捨て時」がよくわかりません。
娘は、私の衣服を見て、もう捨てたら、とよくいうのですが、なかなか捨てられません。
節子のものも、まだ残っています。
困ったものです。

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