« ■節子への挽歌1420:気分を変えないと挽歌が書けなくなりそうです | トップページ | ■いまは岐路なのか »

2011/07/24

■シンボルの効用

ノルウェイの連続テロ事件は衝撃的でした。
島での大量殺戮は警察官を偽装した若者によって行われました。
「警察」への信頼感が禍したのでしょうか。
しかし、「警察」はある意味での「暴力」の象徴ですから、実は一番危険なシンボルでもあります。
そのことを、今回の事件は示唆しています。

「警察」だけではありません。
私たちの頭に刷り込まれたシンボルメッセージは強力です。
昨今の政治状況を見ていると、それを強く感じますが、
一度、「事件」を体験すれば、そうしたシンボルが持つメッセージが、いかに偏ったものであるかに気づきました。

日本で一番強いシンボルは「数字」かもしれません。
日本における評価は、多くの場合、「数字」で行われます。
最近の放射能汚染も「数字」で語られます。
しかしその数字の意味づけは、だれによって行われるかを考えれば、数字を基準にすることの限界はわかります。
ましてや、その「数字」を「創る」ことさえできることをしれば、「数字の意味」にも気づくかもしれません。

だからといって、数字を全く基準にしないわけにはいかないと多くの人は思うでしょう。
私も、正直なところ、「数字」に影響を受けることは少なくありません。
しかし、そうした生き方からこそ、抜け出ないといけないと思っています。

いうまでもなく、「数字」は管理のためのものです。
わが家の愛犬チビ太はたぶん数字に惑わされずに生きています。
それが証拠に、真夜中に起きてきて吠えたり、食事をしたり、私たちを悩ませます。
まあ半分は「ぼけ」のせいですが、誤解されそうですが、人間も呆けると「数字」から解放されます。
私の理想の生き方は、呆けないとできないかという気もしますが、もしかしたら「呆け」とは生きることの原点を回復することかもしれません。

しかし、周辺の人が「認知症」になると人生は変ってしまいます。
最近も91歳の母親が認知症になった長女と心中を図るという悲しい事件が起きました。

4月にスリーA方式の認知症予防ゲームの体験型フォーラムを開催しました。
好評だったので、秋にまた開催したいと思っています。
実行委員会募集中です。
よかったらご連絡ください。
書こうと思っていたこととは全く別の内容になってしまいました。
私の思考回路もかなりおかしくなってきているのかもしれません。

|

« ■節子への挽歌1420:気分を変えないと挽歌が書けなくなりそうです | トップページ | ■いまは岐路なのか »

社会時評」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/30899/52292057

この記事へのトラックバック一覧です: ■シンボルの効用:

« ■節子への挽歌1420:気分を変えないと挽歌が書けなくなりそうです | トップページ | ■いまは岐路なのか »