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2011/07/30

■節子への挽歌1426:「長い旅を共にしている節子」

節子
政治学者の東大名誉教授坂本義和さんが岩波新書で回想記を出版しました。
「人間と国家」という上下2冊の本です。
坂本さんとは面識はありませんが、誠実な平和研究者として畏敬の念をいだいていました。
坂本さんという一人の政治学徒の生活を通した、戦後日本史と言ってもいい内容の本ですが、私には自分の人生を振り返えさせられる本でもありました。
坂本さんは私より14歳年上ですが、生きてきた時代はそう変わらないような気がしました。
本に出ている様々な事件や状況の多くは、私にとっても懐かしいものでした。

私は大学時代はあまり勉強しませんでした。
もしもう少し学んでいたら、人生は変わっていたでしょう。
しかしもしそうであれば、節子に会うことはなかったでしょう。

本には坂本さんが学んだ時代の教授の名前がたくさん出てきます。
その気になれば、私もそうした人たちの謦咳に触れることができたはずです。
しかしあまり大学が好きでなかった私は、そうした人のことをあまりにも知らなすぎました。
知識のないものには、目の前に宝物がころがっていても気づかないのです。
坂本さんが名前をあげている人たちには強いメッセージがありました。
あまり授業にも出なかった私でさえ、名前と顔が今でもはっきりと残っています。
謙虚に学ぶ姿勢がかけていたことを悔やみますが、もう後の祭りです。
当時は、小説以外の本を読むのがあまり好きではありませんでした。

節子と会ってからの人生は、私には実に快適な世界でした。
小説は読まなくなりました。
実生活のほうが、よほどドラマティックだったからです。
たまに話題になった小説を読んでも退屈でした。
事実は小説より奇なり、という言葉がありますが、全くその通りだと思いました。

節子がいなくなってから、大学時代に読むような本を読み出しました。
いまなら坂本さんが名前を挙げている教授たちの講義を素直に聴けるでしょう。
不思議な話ですが、坂本さんが名前を挙げている教授と私の印象に残っている教授とはかなり重なるのです。
だが当時は、そうした著名な教授の話も、私には退屈でした。
アカデミズムと権力の癒着に、過剰な先入観があったのかもしれません。
もう一つのアカデミズムがあることを知ったのは、大学を卒業してからでした。

「人間と国家」は、久しぶりに大学時代のことを思い出せてくれました。
大学時代から、私は生き方において、かなり落ちこぼれていたのです。
節子との出会いは、いくつかの偶然が重なったとはいえ、大学時代に思い描いていた生き方を現実のものにしてくれたのです。
思えば、退屈ではない、私らしい人生でした。
坂本さんと違って、回顧録を書くような人生ではなく、挽歌しか書けませんが、怠惰な私にはそれが相応しいことはまちがいありません。

坂本さんは、本書の最後に「長い旅を共にしてきた妻に捧げる」と書かれていました。
その文章が目に入ってきた途端に、節子との暮らしもまた、「長い旅」だったのだと思いました。
40年が長いという意味ではありません。
そうではなく、ともかく「長い旅を共にしてきた」という言葉に心が動きました。
大学時代は節子に会う前でしたが、いまの私の記憶の世界では、不思議にそこに「節子」がいるのです。
もちろん、今もなお、私は節子と「長い旅を共にして」いるように生きています。
私もまた、節子とは「長い旅を共にして」いることを改めて実感しました。
でもちょっとだけ、回想録を共有する人がいる坂本さんがうらやましいです。

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