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2011/08/16

■節子への挽歌1444:送り火

お盆も、あっという間に送り火です。
今日はみんなでお寺に行きました。
夕方だったせいか、ごった返していました。
わが家のお寺は、前にも書きましたが、我孫子市の久寺家というところにある宝藏寺です。
真言宗豊山派のお寺です。
久寺家は昔は久寿寺と書いたそうですが、何やら意味ありげのお寺です。
昔の小さな城址ともいわれるところにあるため展望が比較的いいです。
昔は、その近くに住んでいたので、父母の墓参りに、節子と一緒によくそこには行きました。

お墓のイメージは、そこに親族のお墓があるかどうかで全くイメージが変わります。
私は昔は墓地がなんとなく恐くて、不浄のイメージがありました。
夜に一人ではとても行けないところでした。
父母を葬ってからはイメージが変わりました。
不浄感はなくなり、恐さもあまり感じなくなりました。
そして節子を葬ってからは、私にとってはほぼ日常空間と同じになったのです。
今なら夜でも行けるでしょう。

お墓のイメージの変化は、彼岸への距離に関連しているのかもしれません。
昨日、時評編で日系アメリカ人のミネタさんの
「何かについて、誰かについて、知れば知るほど、恐怖感はなくなっていく。」
という言葉を引用させてもらいましたが、
まさに彼岸やお墓に関しても、同じ事が言えるかもしれません。

最近は彼岸と此岸の距離は遠くなってきているのか、近くなっているのか。
これはどちらともいえません。
近くなってきているような気もしますが、生活の面では遠のいているようにも思います。
葬儀形式も形式化してきている一方で、個性化もしています。

家庭で送り火を燃やす風景には最近はあまり出会いません。
しかしお寺への提灯の数は年々増えているような気もします。

節子の送り火は、今日は4人で行いました。
今夜からまた節子は仏壇に戻っています。
今年のお盆は、不思議な疲れを感じたお盆でした。
歳のせいか、暑さのせいか、それとも時空の歪のせいか。
いずれにしろ、なにもできない4日間でした。

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