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2011年9月

2011/09/30

■節子への挽歌1488:一枚のハガキ

節子
この挽歌の読者のお一人が、「一枚のハガキ」の映画チケットを届けてくださいました。
新藤兼人監督の引退作といわれる作品です。
新藤さんの映画は、私には重すぎるので、どうも苦手です。
迷ったのですが、すべての物事には意味があるという、基本的な私の信条に基づき、今日、シネマ有楽町に観に行きました。
行って気づいたのですが、節子と一緒に「永遠と1日」を観た映画館の、同じ場所にある映画館です。
建物は全面的に変わっていますが、場所はほぼ同じです。
あの時は、映画館を出ても、嗚咽をとめられないほど涙が出てしまいました。

「一枚のハガキ」も実に悲しい物語ですが、最後には希望が示唆されています。
それが救いでしたが、やはり重い映像で、私には荷が重過ぎました。
もっと軽く、重いテーマを描くのが効果的だと思いますが、やはり新藤監督の育った時代がそうさせないのでしょう。

戦争末期に召集された100人の中年兵士の啓太は、仲間の森川から「自分は戦死するだろうから生き残ったらハガキは読んだと妻を訪ねてくれ」と一枚のハガキを託されるところから物語は始まります。
そのハガキにはこう書かれていました。

「今日はお祭りですが、あなたがいらっしゃらないので、何の風情もありません」
前半は、啓太とその仲間の兵士の妻の実にやりきれない人生が描かれています。
そしてその積み重ねの上に、このハガキが新しい物語を作り出していくのです。
前半は特に、ともかく暗いのです。そして重い。
しかし、そこに登場する人たちはみんなとても人間的で誠実です。
そこからは不思議なあたたかさが伝わってきます。そこに救いがあります。
そしてそれが最後の希望につながっていくのです。

妻役の大竹しのぶが、実にすばらしい。
出征した夫の戦死を聞いた妻は、堪えていたのが、ある時堪えられなくなって、叫びます。

なんでわしを残して死んでしまったんだ!
心を揺さぶられるシーン、ほかにも少なくありません。

100人の兵士の生死は、くじ引きで決まりました。
啓太は運が良く、森川が運が悪かった。運の悪さは森川の妻にも両親にも降りかかります。
妻はくじで生死が決まったことに、救いを求めようとします。
このあたりのやり取りも、とても考えさせられます。

長くなりました。
時間がなくなったので、続きは明日書くことにします。

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2011/09/29

■節子への挽歌1487:「長い灰色の線」

夫婦を描いたひとつの映画がずっと私の記憶の中にあります。
「長い灰色の線」です。
たぶん高校時代に観たと思います。
まだ「夫婦」とは何かなどということにはほとんど意識がない頃でしたが、この映画はなぜか私の心に2つの強い気持ちを残しました。
「心からのあたたかさ」と「おそろしいほどの哀しさ」です。
映画は、結婚から死別までの夫婦の人生を描いた映画だったと思いますが、ストーリーはあまり覚えていません。
ただ、夫が妻を見送ったはずです。
その映画は、伴侶との別れの「おそろしいほどの哀しさ」の不安を私に植え付けました。

節子が元気だった頃、テレビで「長い灰色の線」が放映されたことがあります。
ずっと気になっていた映画だったのですが、いざテレビで放映されるとなると、観たい気持ちよりも、観たくない気持ちが大きく、結局、見送りました。
その時に思ったのは、いつか節子と一緒に心穏やかにこの映画を観たいということでした。
しかし、まさか私がこの映画の主人公のように、節子を見送るなどとは思ってもいませんでした。

物語の内容はほとんど記憶がありません。
覚えているのはアイゼンハワー(もちろん本人ではありません)が登場したことくらいです。
それなのに、なぜか「おそろしいほどの哀しさ」が、忘れようもなく、心の奥深く沁みこんでいるのです。
その映画は、もしかしたら、節子を見送ることを私に教えてくれたのかもしれません。
もちろんその映画を観た時には、私には節子の存在すら知りませんでした。
にもかかわらず、なにかどこかでつながっているような気がするのです。

しかしどうして「長い灰色の線」の映画のことがずっと気になっていたのでしょうか。
その映画のことを忘れたのは、たぶん節子の病気がわかった頃からです。
そしてつい最近までです。
ふつうに考えると思い出すべき理由がある時期に忘れてしまっていたわけです。

「長い灰色の線」の映画を急に思いついたのは理由があります。
先週、テレビ番組表で映画「シマロン」が放映されることを知りました。
この映画も結婚から死別までの夫婦の人生を描いた映画です。
この映画では先立つのは夫です。
この映画を観たのは大学時代で、印象に残っているのは主人公の生き方でした。
ただ最後に夫婦の真髄を感じたような記憶があります。
しかしこの映画も物語は覚えていません。

夫婦は楽しく幸せなものと、私はずっと思っていました。
しかしその夫婦になる前には、私は夫婦とは哀しく不安なものだということを知っていたのです。
それを忘れさせてくれていた節子に感謝しなければいけません。
節子との暮らしは、「心からのあたたかさ」でつつまれていましたから、ただただ「楽しく幸せなもの」でした。
その「あたたかさ」は、もう二度と体験することはないでしょうが。

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2011/09/28

■「ナバホであるとはどういうことか」

25日に高崎で開催された「食」をテーマにした交流会に参加しました。
地の野菜をつかった食事が出ました。
会を主催した高石さんが、「食と農と医」はみんなつながっている、と話しました。
それを聞きながら、昔読んだナバホの話を思い出しました。
どこかの本に書いてあったと思い、昨日、探してみました。
「ナバホへの旅 たましいの風景」という2002年に朝日新聞社から出版された本でした。
河合隼雄さんとぬくみちほさんの対談が出ていて、そこでぬくみさんが紹介している話でした。
どの本だったか探すのは大変でしたが、その本のその箇所に折り目がついていたのですぐわかりました。

少し長いですが、引用させてもらいます。

ナバホが運営している小学校の、農業の先生がおっしゃっていました。
先生が小学校4、5年生を谷へ遠足に連れていったときに、大きな枯れ木の下に子どもたちを集めて、「お前たちはアメリカ人か、インディアンか、それともナバホか」と聞きました。
子どもたちはナバホ、と答えます。
すると今度は、「ナバホであるとはどういうことか」と尋ねたんですが、子どもたちはわからない。
すると先生が「この谷でとれるものを食べることだ」と教えました。
この谷にどういう植物が生きているのか、どういうサボテンが生えているのか、どれが何に効く薬草なのかということをきちんと知っていることがナバホなんだと。
そして先生は子どもたちに、「君たちはインディアンにも、ネイティヴ・アメリカンにも、アメリカ人にもなるな」と言いました。
素晴らしい授業でした。
私も、それを聞きながら、「日本人であるってどういうことなんだろう」と考えさせられました。

私が「市民」という言葉よりも、「住民」という言葉を大事にしているのも、こういうことなのです。
地産地消もコミュニティビジネスも、その出発点はこういうことでなければいけません。
生活を支えてくれる自然を、自らの一部として生きることは、簡単ではありません。
残念ながら私にはもうできそうもありません。
しかしこうしたことをいつも意識して生きたいと思っています。

ゆいの家での交流会で、ふと思い出したので、紹介させてもらいました。

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2011/09/27

■国会中継を見ているといろんなことがわかります

この2日間、できるだけ国会中継を見るようにしていました。
最近の議論はかなり密度が高いように感じます。
明らかに国民に向けた野党側のメッセージもあります。
多くの国民が、国会中継を見ていたら政治は変わるだろうなとよく思いますが、私のように時間のある人はそう多くはないでしょう。
しかし、「市民の責務」として、私はできるだけ国会中継を見るようにしています。
時にはDVDに録画して見ます。

中継を見ているとさまざまなことが見えてきます。
討議に対する姿勢には、その人の人柄も見えてきます。
ライブな映像はとても正直です。
今日の石破議員の質問は後進を諭すような話しぶりでしたし、みんなの党の江田議員の質問は挑発的でショー的でした。
どちらが効果的かは、全部見ている人と一部だけを見せられた人とでは多分異なるでしょう。

野田首相は誠実に耳を傾けていて、好感が持てます。
相変わらず野次はなくなっていませんが、だいぶ少なくなりました。
しかしまだまだ対立型の議論が多く、建設的な議論には程遠い気がします。

今日印象的だったのは、前田国交相の発言でした。
内なる自分に敗れていることを反省しているという趣旨のことを話されました。
うっかり聞き流してしまいましたが、これまでの私たちの考え方の間違いを自覚しなければいけないというような趣旨だったと思います。
こういう地味な発言はニュースなどでは報道されません。
しかし、そうしたメインではないエピソード的なところに真実があることもあります。

前田さんには私は全く関心を持っていませんでしたが、誠実さを感じました。
これまでの発想を見直すところから始めなければ、何も始まらないばかりか、ますます悪い方向に進むと私は考えています。
もし方向が間違っているのであれば、誠実さや真剣さは全く逆効果になるわけです。
だからこそビジョンが大切なわけですが。
前田さんは、それをご自分のこととして語られました。
社民党の阿部議員が、そういう発現の場を前田さんにつくりました。
今日の阿部さんの質問も面白かったです。
国連などでの野田首相の演説は画竜点睛を欠いたというのです。
欠けていたのは、福島原発事故の現状の真実を具体的に生々しく世界に伝えることです。
野田首相は誠実だが、きちんとした情報が流れていないのではないかとも話しました。
とても共感できました。

私の記憶力不足からどうもうまく書けませんが、中継を全部見ていると様々な気づきがあります。
毎日は無理でしょうが、時に1日、国会中継を見ることをお薦めします。

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■節子への挽歌1486:夫婦って何なのだろうか

節子
最近、日本で起こっている殺人事件の加害者の約半数が「親族」なのだそうです。
家庭は愛情の育まれる場所であると同時に、暴力の嵐が飛び交っている場所でもあるのです。
暴力は、必ずしも憎しみから生まれるわけではありません。
暴力は愛からも生み出されます。
相手に対する深い思いは、時に暴力に転化することもあるのです。
仲が良かった夫婦が、突如、変わってしまうこともあります。
それは、夫婦があまりに閉鎖空間だからなのかもしれません。
そのせいか、最近は開かれた夫婦関係、お互いの生活を尊重しあう同棲関係や逆に別居結婚などが増えているようです。
つまりお互いにそれぞれの自由度を尊重するというわけです。

私たちは、それとは全く正反対でした。
できるだけ相手を拘束し、絡み合う夫婦が、私たちの最初からの文化でした。
私たちの生活は、何から何まで一緒でしたし、隠し立ては皆無でした。
しかし、お互いにそれぞれの思いは自分のそれ以上に尊重してきました。
それが十分できていたかどうかは、節子がいないいま、確認のしようがありませんが、
概して私たちはお互いに拘束しあう夫婦関係に満足したように思います。
節子は間違いなく、私との関係には満足していたはずです。
もちろん私は、節子に完全に満足しています。
だからこそ、節子がいなくなった後、自らの生き方さえ混乱してしまったのですが。

仲違いしたり、憎しみ合ったりしている夫婦を見ると、うらやましくなります。
仲違いも憎しみ合いもできない自分がさびしくなるのです。
もう一度、節子と喧嘩したい。
節子に憎まれたい。
そう思うのです。
しかし、暴力沙汰になってしまっている夫婦を見ると、怒りを感じます。
節子だったらどういうでしょうか。

最近、夫婦って何なのだろうか、と考えさせられることが増えています。
私たちは、ちょっと変わった夫婦だったのかもしれません。

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2011/09/26

■仕事とお金を稼ぐことは分けて考えたほうがいい

上関町の町長選挙のことをフェイスブックに書いたら、いくつかのコメントをもらいました。
そのなかに、「過疎地の切実な問題という側面もあると思います」という表現がありました。
私は過疎地に住んだことがありませんが、過疎地という言葉が30年まえから理解できずにいます。
それに言われているほど、マイナスだけではないと思います。
なぜならみんなそこに住み続けているからです。

地域の活性化という言葉も、あまり好きではありません。
なんだかとても人為的だからです。
いささか考えすぎかもしれませんが、お金が付きまとっているような気がするのです。
きっとそれによって被害を受けている人もいるはずです。
経済的に得をしている人がいるからです。

上関町は原発のおかげで仕事が増えたという人もいます。
原発で増えた仕事とはなんでしょうか。
自動車事故が増えても、戦争が起きても仕事は増えます。

私たちはお金を稼ぐことが仕事だと考えがちです。
そしてお金をもらわない仕事をボランティアなどといいます。
この発想が私にはなじめません。
昨日、高崎のささえあい交流会でも話させてもらいましたが、
仕事とお金を稼ぐことは分けて考えたほうがいいように思います。
もしお金を稼ぐことが仕事ならば、強盗も仕事になりますし、詐欺も仕事になります。
その違いをしっかりと認識していないが故に、詐欺まがいの、あるいは強盗まがいのビジネスが生まれます。
あるいは、仕事の中に、そうした要素が入り込みやすくなります。
私は20数年前に会社を辞めて以来、両者を切り離して考えるようにしています。
仕事観を変えると生活は変わります。

上関町の対岸にある祝島の人たちの仕事観や生活の仕方と上関町の人たちのそれとはかなり対照的のようです。
原発が建設されないと仕事がない、というお金まみれの仕事観を変えることが大切なような気がします。
ハイデマリーの実験は、そうしたことをメッセージしています。
お金を稼ぐことから生活を発想せずに、生活することから発想すれば、仕事は山のようにあるはずです。
雇われ仕事だけが仕事ではありません。
雇われることも社会を支えるためには大切ですが、心まで雇われてしまっては、悲しいです。
ある人が、エコノミックアニマルではなく、エコノミックスレーブだと書き込んできました。
そうはなりたくありません。

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■節子への挽歌1485:節子は追い返すでしょうか

節子
節子が元気だった頃は一緒に見ていたNHKの朝の連続ドラマ小説をいまも見ています。
いまは「おひさま」というドラマです。
主人公の母親は彼女の小さな時に病気で亡くなり、その後、父親が一人で3人の子どもを育てるという設定です。
父親を演じているのは寺脇康文さんですが、間違いなく節子が惚れこむような男性です。
私とはだいぶ違います。

その人が映画館で倒れて生死の境をさまようのがこの数日の話です。
滅多に映画を観ないその人が毎日映画館に通ったのは理由があります。
その映画に妻に似た女性が出てくるからなのです。
募った思いがある時に、思わぬ形ででてくることはよくわかります。

今日は生死の境目から生還する話でした。
うなされて妻の名前を呼びます。
子どもたちは、お母さん、お父さんを連れていかないでと叫びます。
意識を回復した父親は言います。
お母さんに会ったけれど、追い返されたよ、と。

節子ならどうしたでしょうか。
そして私ならどうしたか。
悩ましい問題です。
節子は間違いなく追い返すでしょう。
私は、判断に悩みます。
しかし、いつか必ず彼岸で会えると思えば、急ぐことはないかもしれません。
それに節子の意に反して無理やり彼岸に移った後で追い返されたらもう行き場がありません。
まあここは私も素直に追い返されましょう。
しかし、一度でいいから、節子を抱きしめたいとは思います。

節子がいないのに、こうして朝のドラマを見続けているのも考えてみると不思議です。
見る意味などないはずなのに。
テレビだけではありません。
節子がいなくなった今も、基本的には生活のスタイルはあまり変わっていないのです。
不思議です。

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■エコノミック・アニマルの末路

1970年ごろに流行語になった言葉に「エコノミックアニマル」があります。
最初は近代経済学のモデルでもある「ホモ・エコノミクス」(経済人)の模範例としての日本人を表現していましたが、次第に働き蜂、お金信奉者の日本人を揶揄する意味で使われるようになりました。
良い意味から悪い意味に変化したのは、お金の持つ魔力と無縁ではなく、当然のことだと思います。
私にとっては、エコノミックアニマルは仕事中毒と言うよりも、金の亡者というイメージです。

最近は、この言葉は、良い意味でも悪い意味でも使われなくなりましたが、昨日の上関町の町長選挙の結果を知って、その言葉がなぜか自然と浮かんできました。
エコノミックアニマルはまだまだ日本国民の多数派なのだと思いました。
福島原発のような事故を体験してもなお、変わらないのでは、もう骨の髄まで達しているのかもしれません。
しかし、海を挟んで立地している祝島では自然と支え合った豊かな暮らしが営まれています。
まだお金の汚染されていない地域は残っています。
残っているというよりも、見直されて、改めての発展をはじめているというべきかもしれません。
残念ながら両者は両立できません。
金の亡者たちは自然はすべて自分のものと考えており、自然がつながっていることな気にしません。
上関での原発建設は、祝島の生活を脅かすことになります。
さらにひとたび事故でも起こせば、福島原発事故が世界を脅かしたように、子孫の生活を及ぼすように、大変な事態になります。
現世代の上関町の住民は、お金が潤うかもしれませんが、彼らは独立した空間で生活しているわけではありません。
宇宙船地球号という認識が広がりだしてもう半世紀近くなりますが、上関町の人たちには届いていないようです。

エコノミックアニマルの末路は歴史が教えてくれています。
いや歴史などといわずとも、最近の日本の状況が示唆しています。
上関町の住民たちは、すでに長いこと原発建設を巡って二分されているようです。
国や電力会社が罪深いと言う人が多いですが、一番問題なのはそこの住民だろうと思います。

昨日の選挙結果にはショックを受けました。
そしてこれほどの大きな事件をテレビがきちんと報道しなかったことにも驚きました。

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2011/09/25

■節子への挽歌1484:ささえあい交流会

節子
高崎での「ささえあい交流会」に参加しました。
長野や埼玉からも、仲間たちが参加してくれました。
節子にも手伝ってもらって始めたコムケア活動(支え合うつながりを育てる会)は、少しずつですが、いろいろな物語を生み出しています。
派手さはありませんが、私にとっては、どこに行っても心を通わせあえる仲間がいるのがうれしいです。
いずれもお金とは無縁のつながりですので、切れることもありません。

昨日の会場は高崎市郊外の「ゆいの家」でした。
「ゆいの家」を主宰する高石さんは、数年前にご主人をがんで見送りました。
彼女は高校の教師でしたが、思うことあって教師を辞めて、若者たちや弱い立場の人たちの支え合う場をつくる活動に取り組みだしました。
私が彼女に会ったのは、コムケアの集まりを高崎で開催した時です。
以来、ゆるやかな交流が始まりましたが、節子の発病のしばらく後に、彼女の伴侶も発病しました。
彼女の対応は、私とは違いましたが、間違いなくそのことは彼女の生き方をまた少し変えさせたように思います。

今日の集まりで、彼女が「旦那がいたときは経済的なことは考えなくてもやれたのに」とポツンと言いました。
おそらく問題は「経済的なこと」ではないでしょう。
直接、活動に関与しなくても、伴侶がいることは社会活動に取り組む時の大きな支えになるのです。
社会活動は別にお金がもらえるわけではありませんし、達成感もあるようでないものです。
時に、なんで私はこんなことをやっているのだろうと思うこともあります。
しかし自分の活動をいつも理解して見てくれる人がいると思うとそんなことを考えることはありません。
誰にもわかってもらえなくても、妻だけは、夫だけは、わかってくれていると思えるからです。
その存在がなくなると、時に自信さえなくなることがあるのです。
ご主人の病気に、あれだけ淡々としていた高石さんの心の内がちょっと見えて、ホッとしました。

昨日の集まりに参加してくれた一人が、この場は行政やNPOがやっている集まりと違って楽しいといってくれました。
それもとてもうれしい言葉でした。
ささえあい交流会は、長野や埼玉に飛び火しそうです。
もちろん群馬ではこれから継続していくことになるでしょう。

節子
コムケアの活動ではいろいろと心配をかけましたが、順調に進んでいます。
ゆっくりですが。

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2011/09/24

■節子への挽歌1483:もっと節子を手伝っておけばよかったです

節子
来週、我孫子の手づくり散歩市です。
最近はわが家も会場になっていので、ジュンが工房に来た時に少しずつ庭の手入れをはじめていたのですが、この台風で見事なほどに花木がやられてしまいました。
節子がいたら、花の植え直しもしてくれるのでしょうが、何しろわが家の園芸部はジュンと節子だけで、あとの2人は苦手なのです。

先日、写真を見ていて、節子がいた頃の庭の華やかさの見事さを思い出しました。
ガーデニングとはとてもいえないような小さな庭ですが、四季を問わず、わが家はいつも花が咲いていました。
節子は家の中の掃除はかなり手を抜いていましたが、庭の手入れはこまめにやっていました。
私のケアよりも花木のケアのほうが、節子は好きだったかもしれません。
花屋さんから枯れそうな花をどっさり買ってきて、元気にさせていました。
まあ、時には私も元気にしてはくれましたが。
花木は愛情を込めて、毎日、会話しながら育てないといけませんし、ちょっと気を抜くと元気を失ってしまいます。
夫婦と一緒です。
節子がいた頃は、わが家の花木も幸せだったことでしょう。

節子の後、ジュンが頑張ってくれていますが、結婚してしまったので、そうそうやれません。
私も毎日、水をやりながら、花木を気にしていますが、自分で植えた節子にはとても及びません。
節子のいた頃に比べれば、花の種類も数も半分以下になってしまったでしょう。
節子が大事にしていた木を枯らせてしまい、これは大変だと植え替えて丹精にケアした結果、復活した2本の木も(以前、この挽歌にも書きましたが)、新芽がでてきてホッとして気を抜いてしまい、結局、ダメにしてしまいました。
合わせる顔もありません。
生き物を育てるということは中途半端ではできないことです。

手入れができないのだから、思い切ってもっと整理したらと娘たちは言います。
しかしその気にはなかなかなれません。
花木の一つひとつに節子が重なるからです。
手入れが行き届かずに枯れてしまって、結果的には整理されているわけですが、娘からそういわれるともっと手入れするよと言ってしまうのですが、なかなか心身が動きません。
困ったものです。

今日はジュンが手入れをしていたので、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ手伝いました。
節子が元気だった頃、もっと手伝えばよかったです。
手伝っておけばよかったことは、ほかにもたくさんあります。
節子が元気だった頃、私はいったい何をしていたのでしょうか。
何が大切なのか、きっとわかっていなかったのでしょう。
大切なのは、愛する人と時間を共にすることです。

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2011/09/23

■エネルギー不足が起こる理由

「あなたの暮らしがよくなれば、それだけ石油の消費量が多くなる」
以前このブログでも紹介しましたが、1949年エッソが出した雑誌広告のコピーです。

国連本部で開かれた原子力安全に関するハイレベル会合の報道で、原発がなければエネルギーが不足するという人の話を聞いて。このコピーを思い出しました。
エネルギーが不足するのは、エネルギーの供給不足とは同じではありません。
エネルギー需要が過剰になっても、エネルギー不足が発生します。
しかしなぜかみんな「不足」だからもっと必要だといいます。
その生き方が、今の社会をつくりだしたのですが。

エネルギー不足が起きると悪いので原発が必要、というのは、私には納得できない話です。
自らで不足状況をつくっておいて、原発が必要だから、原発の良し悪しは議論しないというように聞えるからです。
原発の良し悪しとエネルギー不足の問題は次元の異なる話です。
通念の呪縛から自由にならなければいけません。
エッソの広告コピーをもう一度しっかり読んでみてほしいです。
当時は、石油消費量が文化のバロメーターだったのです。
いやいまもまだそうかもしれません。
そこを問い直さなければ、何も変わらないのです。

野田首相は、その会議での演説で、「原発の安全性は世界最高水準を達成する」と言いましたが、それを聞いた福島の住民が、「その安全性が信頼できなくなっているのに」と話していました。
それにしても、野田さんの言葉は、実に虚しいです。
もう少しきちんと考えているものとばかり思っていましたが、やはりこの人は何も考えていないのでしょうか。
言葉が生活の言葉ではありません。
言葉だけの世界で生きてきたのかもしれません。
オバマ大統領にとっては、まさに、I can do business with him.でしょう。
残念ながら民主党は終わったようです。
アメリカに対峙できる政治家はいないのでしょうか。
そろそろ小沢さんに壊してほしいものです。

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■節子への挽歌1482:流れにまかせた生活への反省

節子
こたつがほしくなるような日になってしまいました。
去年も書いたような気がしますが、最近は秋がなくなってしまったようです。

この夏は、結局どこにも行きませんでした。
この秋も、そうなってしまうのでしょうか。
いろんな相談が持ち込まれて、それを受けて予定表を埋めていくとどんどんつまっていってしまいます。
だれかから何かを頼まれると、断ろうと思っていても、気が付いてみると引き受けているのです。
断るための「理由」がないからなのです。
そうした受動的な生き方に陥らないように、それに抗うように、私自身が主催するサロンなどもいろいろとやっているため、さらに予定表は埋まっていきます。
その結果、なんとなく何かをやっているような気分になって、わざわざ奈良まで行く努力をしなくなってしまうわけです。
しかし、自分で計画しなければ、何も動き出しません。
節子が促してくれるわけでも、誘ってくれるわけでもありません。
このままだと、気がついたら今年も終わりと言うことになりかねません。
これではいけないので、何が何でも10月には奈良に、11月には箱根に行こうと思います。
日常生活だけでは、気がどんどん沈んでいってしまうからです。
人には「ハレの日」がなければいけません。
実現できればいいのですが。

節子がいる時は、「生活を楽しくしよう」という意識が働いていました。
しかし、節子がいなくなってからは、「生活をどうこうしよう」という発想はなくなり、ただただ「流れにまかせて生活している」という感じです。
ようやくそのことに気づきだしたというところです。
今までは、それさえも気がつかなかったのです。
もっとも、だからといって、「生活を楽しくしよう」という気も起きませんが、最近のちょっと気が沈んだ生き方にはかなりの自己嫌悪を感じているのです。
抜けないとますます沈んでいきそうです。

今日はお彼岸。
20日ぶりにお墓参りに行きました。
節子が心配しているかもしれません。

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■山口県上関町の町長選挙の意味

野田首相が原発擁護発言をしたとドイツでは報道されているようです。
この時期に、なにも国民感情を逆なでするような発言をする必要はないと思いますが、大きな力が働いているのでしょうか。

25日に山口県の上関町の町長選挙が行われます。
その結果には世界の注目が向けられているようですが、ここにきてもまだ、原発推進派は、町の問題なのだから町外の人には口を出して欲しくないなどとテレビの取材で話しています。
もし上関原発が事故を起こしたら、町外の人たちに補償してくれるつもりなのでしょうか。
私は福島の原発誘致を認めた地域の人たちには今回の事故で迷惑を受けた近隣の人たちへの責任感を持ってもらいたいと思っていますが、原発への情報がここまで周知のことになった今では、福島の人たち以上に上関町の住民は覚悟すべきです。
それほどの想像力さえ生まれないのは、いかに彼らがお金漬けになっているかを示しています。

もっと不愉快なのは、原発に関して取材を受けても多くの住民が顔を背けて、取材を拒否して答えない姿です。
意見を言えば、問題が起こるのでしょうが、自分の意見も堂々と言えないような生き方は、人間の生き方ではありません。
お金はまさに魔物で、人を卑屈にさせます。
そんな卑屈な生き方をしていて、子どもたちに顔向けできるのでしょうか。
そんな地域に育った子どもたちは、健全には育たないでしょう。
学校にどんな立派なプールができても、それを誇りには思えないはずです。

上関町でも堂々と意見を言い、汗して自分たちのまちを育てようとはっきり話している人もいます。
お金に依存して(つまり誰かを犠牲にして自分だけのことしか考えずに)生きていくか、汗しながらみんなと一緒に生きていくか、上関町長選挙は、私たちの社会の前途を占う一つの試金石だろうと思います。
事は山口県の小さな町の話ではありません。
私たちの生き方にもつながる、大きな話です。

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2011/09/22

■節子への挽歌1481:守護神

節子
台風一過のさわやかな1日になる、と思っていたら、お昼過ぎから雲行きが少し怪しくなってきました。
黒雲が空を覆いだしました。

ところで、ふと思ったのですが、最近、これといった災害にあっていません。
昨日は午前中、以前から歯医者を予約していたので、その前後の日には予定を目いっぱいいれていたのに、21日だけは空けておきました。
大地震のあった3月11日も、午前中に地元で人と会う約束を入れていたため、オフィスには午後から行こうと思っていたのですが、午前中の話し合いがちょっと長引いたので、オフィスに行くのを直前に止めてしまいました。
したがっていずれの日も出かけていなかったので、いわゆる「帰宅難民」になることなく、自宅でテレビを見ていました。

まあ思いつくのはその2回だけなのですが、そういえば最近は事故や災害に会うことがありません。
出かける頻度が少なくなったからなのでしょうが、それでは面白くないので、こう考えることにしました。
節子が守ってくれているのだ、と。
そう考えるとこれからはあまり先のことを考えずに気楽に行動すればいいことになります。
私が出かける時には大事件は起こらないからです。
節子が突然に心変わりしなければの話ですが。

私たちは、仏や神に守られて生きている、と昔の人たちは考えていました。
こうした考えを合理的ではないと言う人もいます。
しかし、仏や神を「自然」と考えれば、それは極めて合理的な考えです。
地球に優しく、とか、自然を守ろう、などという傲慢さは、そこからは生まれてきません。
私たちが、優しく守られているのですから。
その主客転倒を捨てないかぎり、自然は私たちを守ってはくれないでしょう。

これは以前からの私の考えなのですが、昨日、古い映画をDVDで観ていて、気づいたことがあります。
見ていた映画は、リメイク版の「ジャッカル」です。
この映画は、最後の部分だけが好きなのですが。
その映画のキーワードの一つは、「自分の女さえ守れなかった」という言葉です。
それを観ていて、ハッと気づいたのです。
つい先日、同じような言葉を、この挽歌にも書いたからです。

「節子を守ってやれなかった」という考えは、傲慢ではないのか。
守ってもらっていたのは、私だったのではないのか。
私が節子を守れなかったと嘆くのではなく、節子が私を守ってくれたことに、素直に感謝すべきなのではないか。

まあ他の人からしたら、どうでもいいようなことでしょうが、ちょっとそんなことを考えてしまいました。
空はますます暗くなり、今にも雨が降り出しそうです。
今日もまた、節子は私を守ってくれるでしょうから、大丈夫でしょう。
守護神の節子に感謝しなければいけません。

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■お金がない生き方

最近、面白い本を読みました。
安冨歩さんという東大の教授の「経済学の船出」です。
安冨さんの本は以前、「生きるための経済学」を読んだことがありますが、これも面白かったです。
たとえば、「自立とは、多数の他者に依存できる状態」というような、実際に自分を生きている人ならではの言葉がたくさん出てきます。
「経済学の船出」は、過激な本です。
私には1点を除いて、実に痛快でした。
最近の経済学に辟易している人にはお薦めですが、今日、取り上げるのは、その本に出てきたハイデマリーの実験の話です。
ハイデマリー・シュヴェルマーは、私とほぼ同年齢のドイツ人女性です。
彼女の実験とは「お金なしの生活の実験」です。
彼女は1996年に、ほとんどすべての所有物を手放し、アパートを引き払い、健康保険さえも解約し、仕事も辞めて、「お金なしの生活の実験」を開始したのです。
そしてそれから4年間、公衆トイレさえお金をとるドイツ社会で、お金をまったく使わないで生活し、その後も、お金をほとんど使わないで暮らしているのだそうです。
「経済学の船出」での紹介を読む限り、その考えは私と同じです。
もしそれが本当であれば、私が理想として実現できていない暮らし方をすでにやっている人がいるわけです。
理屈だけの私と違って、素晴らしい。
そこで、彼女の生活報告「食費はただ、家賃も0円!お金なしで生きるなんてホントは簡単」(角川書店)を早速取り寄せて読んでみました。

基本的にはとても共感できましたが、同時に私の考えとは違うこともわかりました。
というよりも、私よりは金銭に依存しているように思いました。
しかし「お金への執着」から解放されると実に生きやすく楽しくなるということにおいては、彼女の実践には魅力があります。
以前読んだ、韓国の法頂師の「無所有」にも通じてるところもあります。
コモンズを生きているハイデマリーの「強かさ」には共感しながらもどこかに違和感を持ちました。
少なくともそれは私には大きく欠落しているところです。

私は「金の切れ目が縁の始まり」という考えを大事にしています。
お金を基準にして生きている限り、心をつなぐ縁も、心からの歓びも得られないと思っているからです。

お金がない生き方を目指している方に、とりあえずお薦めの1冊です。

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2011/09/21

■節子への挽歌1480:台風

節子
久しぶりの台風です。
雨風がすごいです。
台風が来るとなぜか心が騒ぎます。
いつも節子には怒られていましたが、なぜか外に出たくなるのです。
自然の強い力に触れたくなるのです。
雨風に触れると、自分が大きな自然の一部であることを実感します。
同時に、恐ろしさも感じます。

ところで台風が来るというのに、その対策を今回はすっかり忘れていました。
節子がいたら、いろいろと指示されたのでしょうが、指示がないと忘れてしまうようではまだ自立できていません。

夕方の7時頃、すごい風だったのですが、突然大きな音がしました。
出てみると壁にそってバラを這わせていたフェンスがはずれて、そこにかけていた植木鉢やタイルなどが宙ぶらりんになっているのです。
しかもまさに一番の風の道をさえぎる形で、です。
ほかに飛んでいったら大変なので、雨の中を娘と一緒に片付けようとしたのですが、バラが絡まっていてうまく動かせないのです。
そのうちに、バラのトゲが腕に刺さりだして大変なことになってきました。

何とか近況措置して家に入ると今度は裏のほうから大きな音がします。
そこで今回は何もしていなかったのに気づいたのです。
明日の朝が、いささか心配ですが、まあここまできたら仕方がありません。
節子の献花台が無事だといいですが。

8時過ぎには雨がやんで風だけになりました。
と、それまで寝ていたチビ太が起き上がって、外に出たいというのです。
風がすごいので出ないだろうと思ったのですが、ドアをあけてやったら出て行きました。
そして風のほうを向いて、いつものように瞑想を始めました。
10分以上、じっと動かずに、風の中に立っていました。
そうしたら、なんと風が静まったのです。
風が止んだらまた家の中で吠え出しましたが。

私は台風が好きでした。
家の中で節子と一緒に、ちょっと不安を感じながら、自然の大きさを感じるのが好きでした。
節子がいないと台風もあんまり楽しめないのが残念です。

9時過ぎにはほとんど風はおさまりましたが、時折、突風がまだ吹いているようです。
ドキッとするような音がまだ時々しています。


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2011/09/20

■節子への挽歌1479:最近墓参をさぼっています

節子
最近、墓参りを少しさぼっています。
毎週、墓参すると娘たちには宣言していたのですが、この頃は、月に2回ほどになってしまいました。
最近はもう2週間ほど行っていません。
今週末のお彼岸までまあいいかと思っていました。
まあ、相手が節子だからいいだろうと、ついつい甘くなってしまうのです。
節子が考えることと私が考えることは、いつもほぼ同じだったからです。

今日は朝から湯島のオフィスに来ているのですが、先ほど、娘から電話がありました。
娘たちでお墓に行ったのだそうです。
そうしたら新しい花が供えられていたそうです。
たぶん花かご会のみなさんだろうというのです。
花かご会のみなさんは毎年命日を覚えていてくれるのです。
うれしいことです。

わが家のお墓の近くに、節子の友人の伴侶のお墓があります。
その方は必ず月に2回お墓参りに行くそうです。
その時に必ずお線香を一本だけ節子のお墓に供えてくださっているそうです。
私の友人たちがこんなに来てくれるのに、やはりあなたは誠意がないわね、と節子に怒られそうです。
困ったものです。

ところでお墓に行く意味は何でしょうか。
節子の位牌はわが家にありますし、あえてお墓に行くこともないような気もします。
土葬だった時代はそうもいきませんが、いまはマンションの中にお墓がつくられる時代です。
だとしたら、あえてお墓はお寺でなくてもいいかもしれません。
お寺のお墓とわが家の庭の献花台と家の中の位牌壇と寝室の節子のコーナーと、節子はどこが一番居心地がいいでしょうか。
少なくともお寺ではないでしょう。
そう考えるとお墓のあり方を考える必要があるかもしれません。
もし自宅の位牌壇を本拠地とすれば、お墓参りの意味も変わってきます。
決して、私がお墓参りをさぼりたくてこう考えているわけでは在りません。
念のため。

時々、亡くなった家族と同居しているという「事件」が報道されます。
その報道に触れるたびに、私は複雑な気持ちになります。
少なくとも、そうした人を責める気にはなれません。
私もできれば、火葬などすることなく、ましてやお墓などに埋葬することなく、ずっと節子と一緒にいたかったからです。
それが適わぬことであることはもちろんわかっています。
しかし今でも時々後悔したくなるのです。

なんだか最近、お墓参りをさぼっている言い訳の挽歌になってしまいました。
でも一つだけ言えることがあります。
お墓参りが日常の暮らしの中に組み込まれることは、とても意味のあることだと思います。
特に子どもたちにとって意味があるように思います。

間もなく、お彼岸です。
またお寺がにぎわいます。
にぎわっているお墓の雰囲気が、私はとても好きです。

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2011/09/19

■節子への挽歌1478:幸せの涙

節子
Pattiさんという方が、2週間前のこの挽歌にコメントを投稿してくれました。
Pattiさんは、2か月ほど前に伴侶を見送ったそうです。
翌日が47歳の誕生日。あまりにも若い別れです。
すい臓がんだったそうです。

そのコメントを読んで、私は返事が書けませんでした。
Pattiさんの言葉は、あまりにも私の気持ちそのものだったからです。
Pattiさんはこう書いています。

頑張ったのはあなたです。
ごめんね、守りきれなくて。
私と一緒に暮らしてくれてありがとう。
一緒にいるときから感謝していたよ。
泣くなと言っているかもしれないけれど、
幸せだったから、とてもいとおしいから、だからこそさみしくて泣くんだよ。
この言葉に出会って、私はたじろいでしまいました。
Pattiさんの、この言葉はまさに私の言葉でもありました。

Pattiさんは、「節子への挽歌」を読んで、いろいろな思いをめぐらせることができることに感謝していると書いてくれました。
私もまた、Pattiさんの言葉に思いをめぐらせているのに気づきました。
私だけの閉じた世界から抜け出せるかもしれない、と思いました。
最近、いささか自分だけの世界に引きこもりたくなってきていたのです。
私はこれまで、ほかの人の追悼文などを読めませんでしたが、もしかしたらこれからは読めるかもしれません。

しかし、なかなかPattiさんに返事を書けずにいました。
そして今日、Pattiさんから2回目のコメントが届きました。
次の言葉が、また私の心を打ちのめしました。

私は幸せ者です。それは誰に憚ることもなく真実です。
彼と出会えたこと、刺激的で楽しい時間を共に過ごせたこと。

このいさぎよさ。
そこに込められた万感の思い。
そうなのです。私が幸せであることは「誰に憚ることもなく真実」なのです。
今日、2度目の涙です。
こんなに涙が出たのは久しぶりです。
しかし、その涙は「幸せの涙」です。
人は幸せでも涙が出てくるのです。
そしてその結果、さみしくなる.
そしてまだ涙が出てきて、また幸せになる。

Pattiさん
私もPattiさんに負けずに、幸せです。
そして、Pattiさんに負けずに、さみしいです。
ありがとうございました。

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■節子への挽歌1477:縁切寺

節子
暑さが続いていましたが、どうやら今日で秋に向かうようです。
午前中は暑かったのに、夕方になったら肌寒いくらいになりました。
自然の変化の見事さには、いつも驚かされます。

なぜか急に、さだまさしの「縁切寺」を聴きたくなりました。
幸いに「グレープ」のCDがありました。
このCDは、節子とよく聴きました。

「縁切寺」
節子を見送ってから、この曲を聴くと必ず涙が出ます。
ご存知の方も多いでしょうが、この歌は失恋の歌で、私たちには当てはまりません。
しかし不思議なほど、私たちのことのように思えるのです。
ちょっと長いですが、歌詞を一部省略して引用させてもらいます。

今日鎌倉へ行って来ました
源氏山から北鎌倉へ
あの日と同じ道程で
たどりついたのは 縁切寺

ちょうどこの寺の山門前で
きみは突然に泣き出して
お願いここだけは 止してあなたとの
糸がもし切れたなら 生きてゆけない
あの日誰かに 頼んで撮った一枚切りの一緒の写真
納めに来ました 縁切寺

君は今頃 幸せでしょうか
一度だけ町で 見かけたけれど
紫陽花までは まだ間があるから
こっそりと君の名を 呼ばせてください
人の縁とは不思議なもので
そんな君から 別れの言葉
あれから三年 縁切寺

なぜこの歌を聴いて、私たちのことと思えるのか不思議ですが、節子と何回も聴いたためかもしれません。
ちなみに、節子は同じCDに入っている「精霊流し」が好きでした。
もしかしたら、と、ふと思います。
あの頃から私たちには、別れが定められていたのかもしれません。
あまりの幸せさに、お互い、そんなことなど考えもしていなかったのです。

ところで節子、
君は今頃 幸せでしょうか。

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2011/09/17

■節子への挽歌1476:二度と崩れることのない幸せ

「私が幸せだって?」
夜中に目が覚めました。
なぜか突然、昨日書いた挽歌のタイトルの言葉が思い出されました。
「佐藤さんは幸せだね」
昨日は何の違和感もなく、その言葉を肯定する挽歌を書きました。
そのことが、心のどこかに引っかかっていたようです。
「私が幸せだって?」の声で目が覚めました。

朝起きた時には、もうそのことを忘れていたのですが、
挽歌を書こうとパソコンに向かったら、またその言葉が浮かびました。
昨日書いた挽歌を読み直してみました。
素直に私の心に入ってきました。

愛する人を失うと、「幸せ」という概念が崩れ去ってしまうのです。
「幸せ」がなければ「不幸」もなくなります。
そして、「幸せ」だった時間が凍結され、完成されるわけです。
二度と崩れない幸せ。
だから「佐藤さんは幸せだね」という言葉には否定することもないのです。

二度と崩れることのない幸せは、二度と出会うことのない幸せでもあります。
だから愛する人を失った人は、その世界から抜けようとしない。
その「不幸の中」にいればこそ、「幸せ」とつながっていられるからです。
それに、抜け出ても、新しい幸せに出会うかもしれませんが、出会わないかもしれない。
「幸せ」は一度出会えばいいのです。
欲を膨らませてはいけません。

こういうことは、すべて仏教の経典に書かれているように思います。
私は経典を読む力はありませんから、素人向きの解説書しか読んだことはありません。
解説書でさえ、正直、私には難解です。
でも何冊か読んでいると、伝わってくるものがある。
生き方を問い質されることもある。
あるいは仏像の前に対座させてもらっていると声が観えることもある。

まだ奈良にも行けていませんが、行く時がきたら行くことになるはずです。
すべては大きな流れの中にあるからです。
そうやって、幸せの時を過ごし、「死」を合わせる日を待っているわけです。

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■税率を上げる増税と税収入を上げる増税は別物です

増税論議がかなり具体的になってきました。
しかし、どう考えても私には理解できません。
「増税」とは何でしょうか。
その理解が不十分のように思えるのです。

念のために辞書を調べてみました。
増税とは「税率・税額をあげること」とあります。
しかし日本での増税論議はいつも「税率をあげる」ことになっています。
いうまでもなく、それは手段です。
大切なのは税収入を増やすことでしょう。
税率アップはそのための一つの手段です。
しかし税率を上げれば税収入があがるわけではありません。
それに、たばこ税を上げることに関して、小宮山議員が言っていたように税率を上げるのは、必ずしも税収入を上げるためだけに行われるとは限りません。
消費を抑える効果もあります。

日本は、目的と手段の構造があまり議論されません。
行政では縦割り行政が、経済界では金銭至上主義が、そうした文化を育ててきたように思います。
そしてNPOの世界もまた、そのいずれもの文化を継承しています。

税率を上げて経済が縮小することもあります。
江戸時代の悪代官がよくやったことですが、今の野田首相も同じ発想のように思います。
そういえば彼は悪代官に風貌が似ています。
性根は顔に出るものです。
いや、これは悪い冗談でした。撤回。口は禍の元です。

生活の現場や実体経済に立脚した増税論には賛成ですが、金融工学的な発想での現場を無視した増税論には反対です。

東電が原発事故の被災者への補償受付を始めました。
これが今の政府の基本姿勢だとしたら、現場などは完全に不在です。
快適なオフィスで立案し、問題が起きたら悪徳大寒やその岡っ引きに処理させる発想です。
これでまた「補償支援ビジネス」がはびこります。
エコポイントのときと同じです。
悪徳代官気質は、なかなか抜けないものです。

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2011/09/16

■節子への挽歌1475:「佐藤さんは幸せだね」

節子
今日は小難しい話はやめましょう。

「マリアージュ」といえば、節子は思い出すでしょうが、あの小山石さんが来ました。
彼が言いました。
「佐藤さんは幸せだね」と。
彼がそういうのだから、そうなのでしょう。
まあ幸せにやっていますから、安心してください。

幸せとは何だろう、などと問い始めると、また小難しくなりますが、なぜ彼はそう思ったのでしょう。
私が苦労しているように見えないからでしょう。
節子は知っていますが、私は「現状がベスト」と考えますし、「解けない問題はない」と考えるタイプです。
誰かがとんでもない難問を持って相談に来ても、私は話を聴いて、即座に答えます。
「その問題を解くのは簡単です」と。
その時に、私の頭の中に解があるわけではありません。
ただそう言うことに決めているだけのことです。

こうした能天気な生き方は、人を幸せにします。
どんなに不幸な状況も、これ以上ないほどの不幸でも、それを甘んじて受け容れると、それはまたそれなりに幸せなのです。
そう思えば、余計な苦労などする必要はありません。
悲しければ悲しさを、辛ければ辛さを、不安なら不安を、不幸なら不幸を、すべてそのまま素直に受け容れればいいだけなのです。
所詮、人ができることは限られていますし、奈落にも底はある。
そう思えば、どんな状況も、不幸でさえも、幸せに転じられます。
実は、その魔力を持っているのが、「愛する伴侶」です。
私の場合は節子でした。
節子は、不幸さえをも幸せに変える魔女だったのです。
節子がいなくなってから、そのことが徐々にわかってきました。
そして、最近では、その魔女の呪力が私にも植え付けられているのに気づきだせたのです。
私の心身の中に、愛する魔女が住みついているのです。
たぶんわかる人にはわかってもらえるはずです。

最近は、実に不幸な状況にもかかわらず、幸せでもあるのです。
昨日書いたベイトソンの自然のユニティの考えから言えば、不幸も幸せも瑣末な話なのでしょうが、不幸も幸せも一緒に味わえる幸せは、たぶんベイトソンは体験できなかったでしょう。
最後はやっぱり小難しい話になってしまいました。
困ったものです。

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■多様な異論をぶつけ合ったガバナンスへの期待

増税に反対していた松原仁議員は、国交相副大臣として入閣したので反対論を主張しにくくなったというような記事が、今朝の読売新聞に出ていました。
それを読んで、党内融和とか閣内協力とは、要するに主張をしないということなのかとちょっと驚きました。

これは私がずっと思っていることですが、チームワークには2種類あります。
チームのために異論を唱えないチームワークと多様な異論をぶつけ合って考えを磨き上げていくチームワークです。
私にとって意味のあるチームワークは後者です。
言い換えれば、チーム全体から発想するからメンバー個々人から発想するかと言う、組織原理に関わる問題です。
私の時代認識は、前者から後者への組織原理のパラダイムシフトがいま起こっているということです。
したがって、松原さんは引き続き増税反対論を主張し続けなければ、入閣した意味がないことになります。
もちろん増税反対を貫けということではありません。
増税反対の視点で徹底的に議論したうえで、意見を変えることは、むしろ望ましいことです。
もちろん調和を乱さないためにではなく、議論のうえで認識が変わるという意味です。

ノーサイドで多才な人材を取り込んだのはいいですが、そこで真剣な議論が戦わされるのでなければ意味がありません。
TPPも、なんだか雲行きがおかしくなってきました。
アメリカ金融資本と日本の財務省の陰が色濃く感じられるようになって来ました。
TPPも経済の問題ではなく、文化パラダイムの問題だと思いますが、そういう認識はあまりないようです。
いまは個別問題で議論している時期ではないでしょう。
閉鎖的な原子力ムラの御用学者や御用ジャーナリストたちが原発事故の対応を遅らせたように、閉鎖的な専門家たちに議論させておくべきテーマではありません。
「国のかたち」に関わる問題だろうと思います。
日本にはまだ「ガバナンス」の思想は芽生えていないのでしょうか。
相変わらず上から目線の垂直構造の統治が、多様な意見を抑圧しているよな気がしてなりません。
原子力ムラの失敗を繰り返してほしくありません。

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2011/09/15

■節子への挽歌1474:自然のユニティ

節子
文化人類学者のグレゴリー・ベイトソンは、人間の精神を、個人の脳内に限定せず、環境と一体になった情報システムとして捉えました。
そして、その大きな精神を「自然のユニティ」と呼んだのです。
むかし読んだだけですので、あまり正確には理解も記憶もしていないのですが、その発想にはとても納得したことを覚えています。
その延長に、私はガイア思想や仏教の大きな生命の考え方を重ねています。
私にとっては、有名なドーキンスの「利己的な遺伝子」論よりずっと納得しやすいのです。

自然界そのものを一つの精神と捉えれば、個人の生死は大きな流れの一つのドラマでしかありません。
いや「しかありません」と言うべきではなく、「と位置づけられます」というべきでしょう。
そう考えるとどうなるか。

ここからがまたややこしいので、節子の嫌いな話になりそうです。
個人の生死が大きな流れのドラマであれば、演じている当事者と観ている観客は分けることができるでしょうか。
精神は個人の脳内では完結していなのですから、分けられるはずはありません。
さらにいえば、彼岸に旅立った節子の精神は、此岸にいる私の精神とつながっているのです。
自然のユニティは、いわば情報(精神)が回り続ける、統一された一つの生態系なのです。
そう考えれば、愛する人の死はドラマではありますが、ドラマでしかないのです。
いつかまた再会できるということです。
いや、再会というよりも、そもそも「別れ」はないのです。
節子なら、そろそろ席を立つころですね。はい。

にもかかわらず、節子との別れが、私の心身を拘束するのはなぜでしょうか。
ベイトソンの答は明確です。
現代人が個人の意識を肥大化させたからだと言うのです。
そう言うのは、ベントソンに限りません。
仏教も空即是色と昔から言っていますし、聖徳太子も「世間仮虚」と言っています。
意識が邪魔をして、「自然のユニティ」を生きられないのが現代人です。
なんと小賢しいことか。

個人の意識で生きるとどうなるでしょうか。
時間の速度が変わるのです。
自然に身を任せられなくなって、自然を管理したくなるのです。

だんだん話が大きくなってきてしまいました。
今日は何を書くつもりだったのでしょうか。
自然のユニティのなかに身を任せば、別れなど瑣末なことだ、と書こうと思ったのですが、どうもそうはなりませんでした。
この挽歌は、書いているうちに考えや気分が変わってしまうことがよくあります。
そういえば、ベイトソンは、そんなことも書いていたような気がします。
記憶違いかもしれませんガ、もし明日時間があれば、彼の本で探してみましょう。
いや、こんなややこしい話を書きつづけると節子に嫌われますので、明日はもっと軽い挽歌がいいですね。
どちらになるかは、明日の気分次第ですが。

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2011/09/14

■節子への挽歌1473:未来から挽歌を書いたらどうなるか

節子
いろんな人が湯島に来ますが、昨日、未来の情報アーカイブをみんなで創るプロジェクトに取り組んでいる未来新聞の森内真也さんがやってきました。
私たちは、現在から未来を考え、過去を語りますが、森内さんは未来から現在を過去形として語ることで意識が変わるというのです。
話していて、とても波長が合いました。
2時間を越える時間でしたが、あっという間でした。
久しぶりに時空間を越える話ができました。

断片的な記憶を再編集することで、過去が変えられるように、未来に視座を置けば、現在も変えられます。
言い換えれば、過去も未来も現在も、確実なものではないのです。
所詮は脳内の記憶の動きで変わりうるのです。

それはともかく、未来からこの挽歌を書いたらどうなるでしょうか。
3年後の自分を想定し、そこから挽歌を書くわけです。
3年後には私もまた彼岸にいるかもしれない。
彼岸に行ってから、今の私を振り返ったらどうでしょうか。
面白い気がします。
節子と一緒に話し合っている挽歌になるかもしれません。

3年後に再婚していたらどうでしょう。
まあこの可能性は限りなくゼロに近いですが、世の中には絶対に起こらないことはありません。
その場合の挽歌はどうなるか。
続いているかどうかさえ危ぶまれますが。

3年後にも相変わらず節子を思いながら挽歌を書いているとしたらどうでしょう。
あんまり面白い想定ではないですが、3年という時間の経過が私をどう変えているか、これも興味があります。
ちなみに、私自身は3年後の自分はほぼ見えています。
この歳になると、3年という年月はほとんど誤差に近いからです。

久しぶりに時間について話し合いましたが、そのおかげで、止まっていた私の時計も動き出すかもしれません。

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■生き辛い時代

八ツ場ダム建設の是非を検証してきた国土交通省関東地方整備局は13日、やはりダム建設が治水や利水で最も効果的とする検証結果を発表しました。
国土交通省は「戦い方」をよくご存知のようです。
新しい国交相が決まった直後に、政権交替後に行われた前原国交相(当時)の決断を否定したわけです。
さすがに前原さんは不快感を表明していましたが、野田政権は私には「笑いもの」にされた感じがします。
たくさんの御用学者(土木工学者ほとんどがお金に集まる御用学者だと私は思っています)を集めて、彼らに大盤振る舞いしたのでしょう。
公約破りの先鞭をつけた馬淵元国交相は喜んでいるでしょう。
野田政権はすでに骨を抜かれているように思います。
野田首相のスピーチも、実に虚しい内容でした。
余りのひどさに、私は言葉も出ませんが。
毎朝、朝立ち演説などせずに、少しは勉強してきてほしかったです。

あまり批判的な事は書くまいと思い出しているのですが、毎日、腹立たしいことが起こり、ついつい鬱憤を晴らしたくなります。
困ったものです。

昨日、友人から電話がありました。
横浜市長の会見がユーストリームで流れていると言うのです。
横浜市は、9月9日に全国では初めてだと思いますが、放射能が検出されている下水汚泥の焼却灰の投棄を決めました。
投棄先は、南本牧廃棄物最終処分場。海水面を埋め立て、新たな用地を作りだす処分場です。
つまり海洋に流れだす加納戦略が十分にあるわけです。
それを心配した市民たちが市長に申し入れたのでしょう。
しかし、今朝の新聞にはそのことが書かれていません。
そういえば、先日書いた、経済産業省前で行われている上関原発反対の若者たちのハンガーストも報道されません。
ちょうど昨日、そこを通った人から話を聞きましたが。まだ続いています。

原発にまつわる報道は見事なほど管理されているように思います。

そういえば、まだ電力不足を心配する人がいます。
これも完全に情報操作の結果だと思いますが、原発が止まっても電力不足など起こらないことはすでに10年前に体験しているのです。
どうもみんな忘れてしまっているようです。
電力不足を起こしたがっているのは、東電でしょうが、一番節電すべきは東電です。
仕組みを変えるだけでかなりの節電は可能になるでしょう。
最近、私が利用している湯島駅に電気需給率を示す映像が設置されましたが、これこそ無駄と言うものです。
ともかく節電と称して無駄遣いを奨励し、それにのった節操のない消費者は大騒ぎしているのです。
バカな生活経済評論家が、そのお先棒を担いでいます。
そういう人ほど無駄遣いをしているとしか私には思えません。
人に言われなくとも真面目に生きている人は無駄遣いなどしていません。
節電できる人は、生き方が間違っていただけです。

まあこんなことを書くと、私以外の人はみんな節操もなく間違った生き方をしているように聞えるかもしれませんが、私はかなりそう思っています。
すみません。
急いで付け加えれば、そうした人から見れば、私こそが節操もなく間違った生き方をしていると思っているでしょう。
まあ人の生き方はそれぞれですから、どちらが「真っ当」なのかはわかりません。
しかし、私にはとても生き辛い時代です。

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2011/09/13

■節子への挽歌1472:愛は開目

節子
人を愛したことのある人は、決して人を憎むことはない。
これが私の体験から得た確信の一つです。
よく「愛が憎しみに変わる」ということが言われますが、憎しみに変わるような愛は、私には愛とは思えません。
ある人を愛すると、そこからすべての人や物への愛が広がるものです。
どんな人の中にも、必ず「愛したくなる」ものを見つけられるようになります。
「愛は盲目」ではなく「愛は開目」なのです。

テレビドラマの「砂の器」を見ました。
松本清張の原作に基づくものですが、かなりのアレンジがなされていました。
ドラマそのものとしては、脚本がかなり粗雑で、殺人の動機も説得力がありません。
たぶんこの脚本家は、人を愛したことがない人だと思いました。
自己への愛と他者への愛が整理されていないせいか、原作の持つ深さは感じられませんでした。
しかし,その軽さの故に、原作の持つ重苦しさからは解放されていて、ついつい最後までみてしまったのです。
いずれにしろ、このドラマのテーマは「愛」です。

殺人犯と刑事は幼児期に、それぞれ辛い思いをします。
2人の人生を支えたのは、その辛さの中から育った「愛」でした。
愛が見えるのは、たぶん悲しみや辛さの中からです。
辛さの中で愛を育むか、辛さを忘れるために愛を育てるか。
刑事は前者を選び、犯人は後者を選んで殺人まで犯してしまうのです。
その犯人に、改めて愛に気づかせるのは刑事です。
中途半端な書き方ですので、ドラマを見ていない人は何のことかわからないでしょうね。
すみません。

私は、ドラマの筋立てには違和感を持ちましたが、辛さの中でこそ愛は育つということを感じました。
また愛はそもそも無償なのだということも改めて感じました。
殺された被害者は、加害者を最も愛していたのです。
被害者はたぶん幸せだっただろうな、という思いが、ふっと頭に浮かびました。

この頃、少しずつ「愛」というものがわかってきたような気がします。

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2011/09/12

■節子への挽歌1471:年を経るごとに思いは深くなる

節子
9.11事件から10年が経ちました。
9.11事件の時は、私は帰宅していて2階で仕事をしていました。
階下でテレビを見ていた節子や娘に呼ばれて降りていったら、想像を超えた映像が目に入ってきました。
あの日から10年。
自分が当事者ではない事件は、時間が速く進むものです。

10年目の今日、何もなければいいがと念じていました。
その一方で、防弾ガラスの陰で式典に臨んだオバマ大統領にはがっかりしました。
ケネディとはやはり違います。

9.11事件で息子さんを亡くされた日本人がテレビの取材に答えていました。
「年を経るごとに思いは深くなる」
当事者の中では、もしかしたら時間は逆流しているのかもしれません。

節子を見送って4年が経ちました。
この4年は一体なんだったのだろうか。
時々、そう思います。
思いを深くする以外に、生きる術が見つからないのです。
おそらく私の周りにいる人は、私のそんな気持ちには気づいていないでしょう。
元気そうな私を見て、新しい人生を踏み出したと喜んでくれている人ばかりです。
私と日常的に付き合っている人は、わざわざ挽歌を読むこともありません。
それに読む必要もない。
この挽歌の世界は、私の毎日の生活とは重ならないかもしれません。
それは自分でも少し感じています。
しかし、時に無性に虚しくなります。
虚しくなると全身から生気が引きます。
何かに癒されたいという気さえ起きないくらいに、生気を失います。
そして時に、不安が沸き起こります。
だから、思いを深くする以外に、生きる術が見つからないのです。

10年目の追悼式、7回忌。
そういう誰にも認めてもらえる節目には、元気になれるのです。
そういう時に、溜まってしまった思いを少しだけ軽くできるのです。
しかし、それがいつもあるわけではありません。
いつもは、一人で思いを深くする以外ないのです。

3.11も9.11も、二度と起きてほしくありません。
もちろん9.03も。

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■実に虚しい

経済産業省の前でハンガーストが行われています。
その状況がユーストリームで流されています。
あるメーリングリストでその情報が流れていたので、見てみました。
ついでにユーチューブにアップされていた昨日までのものもいくつか見ました。
暑さの中を若者たちががんばっています。
しかし、そこに時々、警備の人が敷地内に入ってはいけないなどと注意に来て、若者たちと言い合いになったりしています。

昔の国会デモでもそうでしたが、前線でぶつかり合っていた警備側〈昔は機動隊でした〉とデモをしている人とは、別に対立しているわけではないでしょう。
今回の経済産業省前のデモは上関原発反対ですが、警備の人が上関原発を動かしているわけではありません。
そのやりとりを見ていて、実に虚しく、悲しくなりました。
そこで対立しあっている意味は何なのか。
対立などせずに、お互いの立場をわきまえながら話し合えないものか。
対立からは何も生まれませんが、話し合いからは必ず何かが生まれます。
それに対立していると、ついつい言葉も荒れてきます。
言葉が荒れると心も荒れます。
荒れた心からは何も生まれません。

戦争の前線で戦う兵士は、お互いに殺し合う理由などないはずです。
デモの現場で揉みあう理由は何でしょうか。
どこかで何かが間違っています。

実に虚しい。
実に悲しい。
そして実に腹立たしいです。

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■楽しみを延期するパラダイム

今の1000円と1週間後の2000円とでは、どちらに価値があるでしょうか。

「楽しみを延期するパラダイム」と呼ばれている有名な社会調査があります。
カリブ海のある島での、半世紀以上前の調査です。
その地域には、アフリカ系とインド系の移民社会がありました。
そのそれぞれの子どもたちに、1セントくらいの安いキャンディと10セントするちょっと高給なキャンディを子どもたちに見せて、1週問待てば10セントのキャンディをあげるが、今すぐ欲しい人には1セントのキャンディをあげる。どちらを選ぶかと問いかけたのです。
みなさんはどちらを選ぶでしょうか。
日本の子どもたちなら1週間待つほうを選ぶでしょう。
しかし当時の実験では、アフリカ系の子どもたちは3人に2人までもが1セントのキャンディ、つまり今すぐもらえるほうを選んだのです。インド系はちょうどその逆だったそうです。
これはその後、「マシュマロ・テスト」としていろんなところで調査されました。

この調査が示唆している事はたくさんありますが、もっと面白い調査結果があります。
「なぜ意志の力はあてにならないのか」という本で、最近知りました。
10年ほど前の調査ですが、124人の女性旅行者を対象に、賞品として85ドルの現金と80ドル相当のスパ体験のどちらを選ぶか、と質問したのです。
みなさんはどちらを選ぶでしょうか。
私はもちろん85ドルです。
85ドルあれば、スパを楽しんでも5ドル余ります。
スパ体験よりももっと楽しい体験を選ぶこともできます。
だれもが85ドルを選ぶと考えるのが普通です。
ところがです。
実際の調査結果では、なんと40人の人がスパ体験を選んだのだそうです。
理由はこうです。
「スパ体験を選べば贅沢ができる。お金を、たとえば食料品に使ったりせずにすみます」というものだったそうです。

これは間接的にきいた、某中小企業の社長の話です。
放射線汚染された瓦礫の撤去には日給10万円ほどが支払われるそうです。
20日単位らしいのですが、1回で200万円の高収入です。
それをそのまま社員に渡してしまうと無駄遣いしてしまうので、本人にはその一部を渡し、残金は家族に渡すようにしているそうです。

楽しみは延期するのがいいのかどうか。
みなさんはどう思われますか。
この3つのケースにどう対応するかで、その人の生き方が少し見えてきます。
ちなみに、私は10セントのキャンディを待ち、85ドルを選び、一気に200万円を貰うほうを選びます。
しかし、この選択は私の信条には合いません。
頭ではわかっていても、なかなかお金の誘惑には勝てません。
お恥ずかしい限りです。

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2011/09/11

■節子への挽歌1470:節子への苦言

私より5歳年上のSさんは、毎日、奥さんと自分の食事を作っています。
奥さんが具合が悪くなってからずっとだそうです。
私はそれを最近知りました。

Sさんと知り合ったのは4年ほど前でしょうか。
とても誠実な人で、ある会の世話役をやってくれていますが、みんなのために尽力されています。
一方で、仕事を通して得たこれまでのご自身の体験知を、後世に残しておくために執筆活動にも取り組んでいます。
私とは違い、きちんと資料を調べて書かれているでしょうから、大変だと思います。
取り組まれているテーマは、たぶん今ではSさんでなければ書き残せないでしょう。
昨夜も、そのSさんと一緒だったのですが、Sさんの専門分野に関する私の思いつきの暴論にも誠実に応えてくれます。
そのお人柄に魅かれて、Sさんのためなら何かしなければいけないと思ってしまうほどです。

しかし、とても不謹慎なのですが、私にはSさんがとてもうらやましいのです。
食事をつくって一緒に食べられる伴侶がいるからです。
私は、自分だけのためなら食事づくりはやりたくないですが、節子がもし一緒に食べてくれるのであれば、食事づくりが好きになるでしょう。
食事にかぎりません。
何でもいいのです。
一緒に苦楽を共にする伴侶がいる人がとてもうらやましい。

離婚話をしていようが、別居していようが、喧嘩ばかりしていようが、伴侶はいないよりもいるほうがいい。
そう思います。
考えが古いとか自分勝手だと思われるかもしれませんが、そう思います。
しかし、最近は伴侶の価値に気づかない人が増えてきているように思います。
失ってから気づいても遅いのです。

これは、他人事ではありません。
私の最大の悩みは、娘が一人まだ結婚していないことです。
私たち夫婦の責任ですが、娘たちは結婚志向がずっとありませんでした。
わが家の居心地がよかったからではありません。
私たち夫婦のどこかに欠陥があったからです。
それを思うと、心が痛み、罪悪感に襲われて、時には夜も眠れません。
その辛さを分かち合う節子もいません。
息子であればともかく、娘にとって父親は頼りにはならないのでしょう。

毎日、その娘が食事をつくってくれ、節子の代わりに私の暮らしを世話してくれます。
それを喜んでいいのか、悲しむべきか、それすら判断できませんが、節子がいないために、娘たちの人生も変わってしまったことは間違いありません。

節子は実に「罪づくりの人」です。
時には節子への苦言も呈したいです。

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■節子への挽歌1469:2人で出し合えば、時間は数倍になる

節子
昨日は朝から夜まで時間がとられて、挽歌を書く暇がありませんでした。
暇がないというのは、私が一番嫌いな言葉ですが、本当は暇ではなくて、気力がなかったというべきですね。
時間がないからできなかった(できない)というのは、私たちの間では理由にはなりませんでした。
そんな生き方は、私の生き方でもありません。

しかし最近は、そういう理由を思いついては、怠惰に過ごしています。
節子がいたら、変わったわね。と笑われそうです。

暇がないという人ほど、暇だというのは、会社時代に私が気づいたことです。
人が発する言葉のほとんどは、事実の反対なのかもしれません。
私は、節子によく「愛しているよ」と言いました。
上の論理から言えば、節子を愛していないが故に口に出した言葉かもしれません。
実際に、節子はいつも、あまりに軽く言うので真実味がないと笑っていました。
私が、節子を愛していたかどうかはともかく、最近は何が何でも毎日挽歌を書くという気力はなくなってきました。
困ったものです。

しかし今のところ、数日のうちに、節子後の日数と挽歌の番号は一致させるようにしています。
と言うわけで、今日は2つの挽歌を書こうと思いますが、寝不足で頭がフラっとしています。
全くもう困ったものです。

昨日の午後はある研究会に出ていましたが、被災地支援の話をした人が、
「2人で分け合えば、悲しみは半分になり、喜びは2倍になる」
という言葉を引用しました。
よく聴く言葉ですが、この言葉は、その通りです。
その言葉を聴きながら。こんなことを考えました。
「2人で出し合えば、時間は数倍になる」
最近、暇なのに時間がないのは、節子がいないためです。

節子は、私の世界と共に、私の時間まで、彼岸に持って行ってしまいました。
困ったものです。
暇なのに時間がないのは、けっこう辛いものです。

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■部下を守るのがリーダーの役割

昨夜遅く帰宅して、テレビをつけたら、鉢呂さんの辞任が報道されていました。
まさかこんなに簡単に辞任するとは思っていませんでした。
辞意表明して野田さんが慰留して、留まると思っていました。
しかし野田さんは、慰留もせずに辞表を受け取ったようです。
驚きました。
私の考えでは、菅さんと同じく、野田さんはリーダーではありません。
リーダーは部下の失策を守らなくてはいけません。
ましてや自らがその地位に付けた人であれば、その責任は重いです。
目先の難問をかわすために、大きな使命をおろそかにしたとしか思えません。

それにしても、政治家の発言が厳しく詮索される時代です。
まさに「物言えば唇さみし」です。
誰も自由に発言できなくなってきています。
これは政治の世界だけではなく、すべてにおいてです。
私も昨日、ある集まりで、みなさんの発想は所詮は「業界の中の話」だと発言したら、一人の人から「業界」という言葉を使わないでくれと怒られました。
まさにそう思うのが業界発想なのだと私は思いますが。
それにしても私のように軽率に言葉を使う人間は、生き辛くなりました。

鉢呂さんの言動は、決して許されることでは在りません。
以前の松本さんの言動もそうでした。
ですが、それをことさら「大問題」にする前に、もっと大切なことがあるような気がします。
何しろいまは緊急事態なのですから。
人間であれば、その言動にミスはいくらでもあります。
それをいちいちあげつらっていたら、何も前には進みません。
言葉尻を捉えるマスコミも問題ですが、それに乗ってしまう政治家も問題です。

野田さんは自分が任命した鉢呂さんを信頼していなかったのでしょうか。
鉢呂さんと一緒に、素直に陳謝し、この言動の反省をテコにして、実体の問題解決に取り組むので許して欲しいと頭を下げれば多くの人は許したように思います。
もしそれがダメなら野田さん自身が辞任するほどの覚悟を示すべきでした。
リーダーとはそういうものだと思います。
部下を見捨てる人には、リーダーは務まりません。
最近はそうしたリーダーは流行らないのかもしれませんが、私はそう思います。

野田さんには失望しました。
功利主義者だとは思ってもいませんでした。
菅前首相と同じです。
それがいまの素直な気持ちです。

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2011/09/09

■節子への挽歌1468:九十九島煎餅

昨夜、帰宅したら、節子の位牌壇の前に、佐世保市の九十九島煎餅が供えられていました。
娘が、隣のMさんの娘さんの旅行のお土産だよ、と教えてくれました。
修学旅行でしょうか。
それにしてもわが家にまでお土産とは恐縮してしまいます。

Mさんとわが家とは、ほぼ同じ頃にここに転居してきました。
前にも書きましたが、当時、娘さんはまだ小学校に入ったばかりだったと思います。
私は一度だけしか話したことはありません。
いつもより早く帰宅したら、彼女がわが家の和室に不安そうな顔で座っていたのです。
節子に訊いたら、学校から早く帰ってきたら、家に鍵がかかっていたそうなので、家で待ってもらっているの、と言うことでした。
まだお互いに転居したばかりでしたので、あまり話したこともなく、彼女はきっと不安だったと思います。

その娘さんももう高校生です。
彼女に限らず、当然ですが、近所の子どもたちもみんな大きくなりました。
街中であっても、私は気づかないでしょう。

転居して来た時に、こんなこともありました。
遊び盛りの子どもたちが道でボール遊びをして、近くの家の植木を傷めたりすることがよくありました。
子どもはそういうものですから、私は気にもしていなかったのですが、あるお宅の奥さんが嫌がっていたようです。
それで、なんと節子が、そのやんちゃ坊主たちに注意したというのです。
節子は、子どもを注意するのは地域の大人の責任だというのです。
その少し前に私は、若い仲間と一緒に、これからの保育システムの研究会をやっていました。
そこで、ソーシャル・フォスターリズムという考え方を提案しました。
社会が子どもを育てるという発想です。
その構想は残念ながら実現しませんでしたが、節子はそれを実践していたのです。
それが私と節子との違いです。
私は理屈を考えますが、節子は直感で素直に動くだけなのです。
そうした生活者の言動に接していると、コンセプトがどうのスキームがどうのというような小難しいことは、ばからしくてやっていられません。

大きくなった子どもたちを、節子は見ているでしょうか。
あのやんちゃ坊主たちも、立派な青年になりましたよ。
成長しないのは、わが家族だけです。
節子がいなくなってから、みんな成長をとめてしまった気がします。

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■住みやすい社会

感心することがあります。
湯島に来る人には、あまり読まれたくないので、書くのを躊躇していましたが、昨日はあまりにも見事だったので、書くことにします。

湯島の私のオフィスではいろんな集まりを開きます。
決まったメンバーの集まりもあれば、その時限りの集まりもあります。
私の友人知人もいれば、初対面の人が参加することも多いです。
湯島の私のオフィスは、私の頭の中では「コモンズ空間」なのです。
私が参加しない集まりもあるのです。

昨夜は、技術者交流サロンと言うのをやりました。
参加者が面白がれば、継続しようと思っての、最初の集まりでした。
私を含めて10人が参加しました。
メンバーは、大企業の部長や中小企業の社長や個人起業者や、さまざまです。
私にとっては半分以上は友人ですが、初対面の人が4人もいました。
サロンは、はじめて知り合ったもの同士とは思えないほど、楽しく盛り上がりました。
遅くも9時には終わるとお話していたので、9時を少し過ぎた時に終わりました。

さて、そこからです。
私は何も言わないのに、みんなが自発的に後片付けだしたのです。
私が参加した人と話しているうちに、使われた珈琲カップやグラスは炊事場に運ばれ、なんと某大企業の部長が洗ってくれていました。
残った食べ物や飲み物は、これまたきれいに片付けられていました。
その見事さには、驚きました。
そういえば、会費制だったのですが、その会費も誰かが集めて箱に入れられていました。
一応、主催者は私だったのですが、何もしないまま終わりました。

昨夜はあまりにも見事でしたが、昨夜に限った話ではありません。
集まりをやると、だいたいにおいて誰かが片付けてくれるのです。
女性とは限りません。
不思議なのですが、女性がいると女性がイニシアティブを取りますが、女性がいないと男性がみんなで動くことが多いのです。
昨夜のように、思ってもいなかった人が洗いものまでしてくれるのです。
男性は家事をやらないという時代は終わったようです。

私のオフィスは、私だけしかいません。
だからみんな気配りしてくれるのかもしれません。
しかし、私にはなかなかできないことです。
昨夜の見事さには驚きました。

こんな人たちばかりだと、住みやすい社会になるはずなのですが。

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2011/09/08

■節子への挽歌1467:湯島での空白の2時間

節子
湯島で2時間、空白の時間ができてしまいました。
最近、時間の合間を見て、書類の整理をし始めました。
節子が一緒にいた頃は、書類の整理はすべて節子任せでした。
さまざまな資料がテーマ別にファイルされていたのですが、それを活用する機会も最近はなくなってきました。
それでも、節子と時間をかけてつくり上げてきた仕組みは、湯島のオフィスでも家庭でも、いまもなおそれなりに機能しています。
さて、書類の整理を使用かとも思いましたが、どうも今日はやる気がおきません。

ベランダに出しているランタナは、最近は注意して水をやっているので、元気です。
節子が残していた大きな鉢が2つありますが、そこに植え替える仕事はどうでしょうか。
まだ暑いので、もう少し涼しくなってからのほうがいいでしょう。
なれない仕事で、せっかくのランタナをまた枯らしてはいけません。

あんまりやることがありません。
それで、友人が持ってきてくれた珈琲豆を一人で挽いて、久しぶりにゆっくりと珈琲を飲みました。
今日は朝から4杯目の珈琲です。
節子がいたら、ケーキが出てくるのでしょうが、残念ながら珈琲だけです。

このオフィスは、誰に対しても開かれたコモンズ空間であると共に、私と節子の2人だけの憩いの場でもありました。
私にとっては、とても不思議な場なのです。
オフィスの様子は節子がいた頃とほとんど変わっていません。
久しぶりに来た人の中には、雰囲気が変わったねという人も時にいますが、多くの人が、懐かしいですね、といいます。

次の来客までまだ1時間以上あります。
手持ち無沙汰ので、机の上の黒めだかの水槽の掃除をしようかと思います。
この黒めだかは、節子がいるときにはいませんでしたね。
あの頃いたのは、ヒメダカでした。
そういえば、きれいに見えていた夕陽も、最近はビルの陰で見えなくなりました。
やはり少しずつ風景は変わっているものです。

いや、節子がいないことが一番の変化ですね。
雰囲気が変わったね、という人の意識の中には、もしかしたら節子がいるのかもしれません。
私にとって雰囲気が同じなのは、きっと私の中に節子がいるからでしょう。

まあそれはそれとして、水槽の掃除です。
今日の夜はここで技術者交流サロンです。
少しずれ込んでいますが、サロンがどんどん増えてきています。
節子だったらなんと言うでしょうか。
また病気が始まったわね、というかもしれません。

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2011/09/07

■2つの会見報道

テレビで2つの会見報道を見ました。

一つは、大阪地検特捜部の証拠改ざん・隠蔽事件で起訴されている大坪元検事と佐賀元検事です。
「有罪か無罪かは証拠で裁判所に判断していただく」という言葉が、いかにも白々しいです。
先日、検察の裏金を告発した三井元検事の講演も聞きましたが、みんな自分がその立場になるまでは「自分こそ正義」と思っていたのでしょう。
こういう事件が何回起きたら、検察の正義幻想は消えるのでしょうか。
日本の司法改革の実態は、もっとしっかりと見直すべきだろうと思います。
私は、そこに政治と経済の影を色濃く感じます。

もう一つは、中国漁船衝突事件現場の映像をインターネットに流出させた一色正春元海上保安官の取材報道です。
当時の民主党の対応はもっとしっかりと議論されるべきですが、うやむやになっています。
一色さんは、「私の役割は映像を投稿した時点で終わったと思っているが、事件の問題点、論点がそれてしまった気がする。今年8月には中国公船が領海内に侵入、一段階上の状態になっているが政府から何か手を打とうという意思は感じられない。民主党代表選でも外交・防衛には一言も触れていない」と嘆いていました。
彼の自らを犠牲にした警告を、民主党政権は受け止めていないままのようです。
また、司法への政治加入に関して、なぜもっと司法界から異議申し立てが出てこないのか、不思議です。

2つの報道を見て、さまざまな思いが浮かんできました。
日本の司法はどこに向かおうとしているのでしょうか。
司法界のみなさんにお聞きしたものです。

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■切り餅特許訴訟とプロ・パテント戦略

切り餅特許訴訟事件の控訴審は一審の判決を逆転させました。
この裁判は、ご存知の方も多いと思いますが、佐藤食品の「サトウの切り餅」などの側面と上下の面の切り込みが、側面に切り込みを入れた越後製菓の切り餅の特許技術の範囲内かどうかが争われている訴訟です。
昨年11月の第一審の東京地裁は特許の侵害を認めませんでした。
ところが、意外にも逆転判決です。
今日の夕方のテレビのニュースでもアナウンサーが「意外にも」という形容詞で報道していました。

これまでも何回か書きましたが、私は知的所有権には消極的な考えを持っています。
折角の発明であれば、できるだけ広く使えるようにしたほうがいいという考えです。
どんなに斬新に見える考えも、似たようなことを考えている人が必ずいるものです。
DNAの二重らせん構造でさえ、同時に2人の人が気づいたといわれています。
切り餅の切れ目など、同じような事は多くの人が考えていたはずです。
それがちょっとだけ早く特許申請しただけで、ほかの人が自由に使えなくなるということに、私は違和感があります。
私が知的所有権に消極的なのは、そこに「知の独占」の発想を感ずるからです。

プロ・パテント(特許権の保護強化)戦略は、最近のアメリカの国策と言われています。
新自由主義に踏み出した、レーガン時代からの動きです。
それを加速させたのは、日本企業への対抗とも言われていますが、いまや日本は、そのプロ・パテント世界に飲み込まれてしまっています。
アメリカの強い働きかけがあったからです。
しかし、私にはどうしてもなじめません。
「知の独占」は「知の暴力化」につながるからです。
特許の利用ができないために、最貧国で子どもたちの治療ができないなどという事態は、その一つの現れです。
よく中国の特許権やアイデア模倣が話題になりますが、私はあれだっていいじゃないかと思っています。

この話もまた、最近話題のTPPとつながっています。
自由化を進めても、一方では「知の独占」でアメリカは自らを守れるのです。

知は、すべての人たちのものでなくてはいけません。
青色LEDの訴訟も、私には全くなじめませんでした。
知は、一人の人が発明するのではありません。
長い歴史の積み重ねのうえに、そして広い生活の広がりのうえに、知は生まれてきます。
たまたまある人の頭の中に顕在化したとしても、それはすべての生命の集合無意識と無縁ではありません。

最近、あまりお餅は食べないのですが、サトウの切り餅をがんばって食べることにしました。
越後製菓には訴訟を取り下げてほしいと思っています。
明日はわが身かもしれませんよ。

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■節子への挽歌1466:スペインタイルを注文しました

節子
今日は実にさわやかな風を感じます。
秋になりました。
季節の変わり目を感じられるのはうれしいことです。

ジュンの連れあいの両親が金婚式だそうです。
お祝いの飾り皿を、ジュンがスペインタイルで焼き上げました。
なかなかの出来栄えです。
残念ながら私たちは貰いそこないました。
そういえば、私たちのスペインタイルがありません。
ジュンに注文することにしました。
写真を探さなくてはいけません。
良い写真があるといいのですが。

節子との写真を探すのは、それなりに覚悟が必要です。

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2011/09/06

■「テロの心」を捨てたいものですが

9月11日が近づくにつれて、テレビで9.11事件の関連する番組(再放送も含めて)が増えてきました。
10年前の事件ですが、あの映像はいまだ鮮明に思い出されます。
ケネディ暗殺の映像と同じく、私の頭から離れることはありません。
あの事件は、世界の根底で進んでいることを可視化してくれたように思います。

9.11事件は陰謀だという説が根強くあります。
私にはわかりませんが、マスコミで報道されていることがすべてではないようには思います。
私がそう思うのは、フセインやビンラディンがまともな裁判も受けることなく、アメリカの大統領の指示で「殺害」されたからです。
事の真相は葬られたわけですが、そのことは「真相」が明らかになってはアメリカ政府が困ることを示唆しています。
そうでなければ、彼らを公開の場できちんと問い詰めて、自らの正当性を主張したはずです。
彼らが重要な言葉を残すことなく「殺害」されたことに対する、ブッシュ大統領とオバマ大統領のコメントは印象的でした。
国家は暴力を独占し管理下に治めたとはいえ、そこにはやはりルールがあります。
しかし2人の大統領がとった行為は、リンチに似ています。
まだアメリカは、ワイアット・アープの時代から進んでいないように思えます。
ネイティブズ殺戮の文化から抜けられないのでしょうか。

平和のために戦うという言葉ほど、虚しい言葉はありません。
たまたま今日、「6割の日本人が米軍基地を「歓迎」、中国への抑止力を期待」という記事に出会いました。
AP通信とアメリカの調査会社が行った世論調査の結果だそうです。
基地は抑止力になるかもしれませんが、同時に攻撃の誘引力にもなります。
この調査がどのようなものなのかはしりませんが、たしかに私の周りにも、中国や北朝鮮への恐れからか基地や自衛のための軍隊を肯定する人が多いです。
しかし、軍隊や基地を認めた途端に、平和の世界を捨てることになるでしょう。
戦いで得た平和は必ず戦いで失うでしょう。
平和を得る唯一つの道は、すべての戦いを捨てることです。

10年前にも思ったことですが、9.11から学ぶべきは、テロ対策ではなく、自らの中にある「テロの心」を捨てることだろうと思います。
そう思いながらも、私自身いまも「怒り」や「恨み」からなかなか解放されません。
とりわけ権力を持つ人に対しては、ついつい怒りをぶつけてしまいます。
どう処すればいいのか、なかなか答がみつかりません。
怒りをぶつけることが、いかに無様なことなのかは、知ってはいるのですが。

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■節子への挽歌1465:「閉鎖された空間」

統合失調症の人が幻覚妄想に影響され、自傷他害の恐れがある場合、安全目的で保護室に入ってもらうことがあります。 その人の精神世界で起こっている現象は「真実」なのです。精神保健福祉法第37条第1項の中にある法律といえども、そんな時、とても葛藤を覚えます。 「閉鎖された空間」に中に入れられる感覚、鍵を掛けられ自由に出入りすることができない状況は、苦痛です。 精神病院の実習に学生を連れて行くとき、保護室入室体験をしてもらいます。 患者さんがどのような思いで、この狭い空間の中にいるかを、体験してもらうのです。 1分ともちません。 わたしも、とても息苦しく、発狂しそうになります。
しばらく前に、精神看護学の先生からもらったメールにあった文章です。 このメールを読んだ時、もしかしたら私も、自由に出入りできない「閉鎖された空間」の中にいるのかもしれないと思いました。 そして、私が感じている現実は、果たして「真実」なのだろうか、とも。

人の精神世界は、実にさまざまです。
人によって世界は全く違うのかもしれません。
どこまでが「幻想」で、どこまでが「真実」かは、かなり難しい問題のような気もします。
この挽歌で書いていることが、時にちょっと「おかしい」のではないかと思うことがあります。
それに、4年も経つのにまだ挽歌を書き続けていることも、異常かもしれません。
そろそろその「閉鎖された空間」から出たらと思っている人もいるかもしれません。
節子なら、すばらしい女性がたくさんいるのだから、少しは私から自由になったら、というでしょう。
その言葉は、節子から何回か聞かされたこともありますし。

しかし、実は、本人は決して「閉鎖された空間」にいるなどとは思ってもいないのです。
狭いとさえも思っていない。
人の精神世界は、実にさまざまなのです。
そして、思いが深ければ、その世界は無限に広がっていくのです。
そして、自由という点においても、限りなく自由なのです。

その無限の広がり、限りない自由。
果たしてそれが「真実」なのかどうか。
それは保証できませんが。

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2011/09/05

■TPPと郵政民営化

TPPに関連して、昨日、「郵政民営化の二の舞は避けたいものです」と書きました。
ある人から、TPPと郵政民営化はどうつながるのかと訊かれました。
私は、同じ軸の上の動きだと思っています。

そもそも郵政民営化は、アメリカからの「年次改革要望書」で、郵政省のような政府機関が、民間保険会社と直接競合する保険業務に携わることを禁止するべきだと言われたことに端を発しているといわれています。
小泉元首相が、アメリカの金融資本に日本の国富の一部を売ってしまったわけです。
そしてオリックスの宮内さんが、その流れ(「グローバリゼーション」)に日本の企業を乗せて、日本の経済を壊してしまいました。
底から日本の企業は、それまでの「会社」とは似て非なるものになったように思います。
これに関しては当時も、その後も、何回か書きました。
そのとばっちりが、共済事業にまで及び、そのために私までが共済研究会に関わらせてもらう羽目になったわけです。
金融ビッグバンは、日本を変えると思っていましたが、働きかけた日経の論説委員は動きませんでした。
これに関してもどこかに書いた記憶があります。
いずれにしろ、すべてはアメリカのシナリオ通り動いているように思います。

さすがに数年前から、「年次改革要望書」は日本でも話題になりだしました。
そのせいか、いまはスタイルも変わり、「日米経済調和対話」などというわけのわからないものになっていますが、そのテーマも「農業と医療」に移ったといわれます。
郵政と農協はもうおそらくアメリカに飲み込まれだしたので、次は日本人の「生命」に標的が変えられたわけです。
農業と医療は、もちろん巨大な金融市場でもありますが、それ以上に「生命」につながっています。
産業や経済だけの話ではありません。

しかし、政財界の人にとっては、国民の生命は「要素」であって「目的」ではないのです。
BSE感染牛事件に対して、小泉政権がとった姿勢を思い出せばわかることです。
私は以来、アメリカ牛は基本的に拒否しています。

ともかくアメリカの金融資本の思いのままになっているのが、最近の日本の政府です。
その流れで、TPPが急にクローズアップされてきたような気がします。
菅前首相は、その私欲の強さから小泉元首相の後釜にされたのではないかと、私は当時、勘ぐりました。
政治の素人は、アメリカには操作しやすい存在なのかもしれません。
その意味では、野田さんも危険です。

TPPと郵政民営化は、私の認識においては、同じ話です。
日本の文化を壊しても、市場化したいだけの話なのです。
私には、TPP賛成論者の考えがまったく理解できません。
少しでも「生活」していたら、とても賛成できる話ではないと思っているのです。

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■節子への挽歌1464:リセットの日

節子
ユカの友だちのAさんが、今年もまた献花に来てくれました。
私は出かけていて会えませんでしたが、毎年、花を供えにきてくれます。
帰宅したら、位牌の前に供えられていました。
節子は、娘たちの友だちにも印象をいろいろと残しているようです。
うれしいことです。

今日はもう一つ、節子がらみのことがありました。
私も知っているTさんから手紙が届きました。

夏の暑さが少し和らぐ9月3日は、私にとってはリセットの日です。
自分に「ちゃんとやってる?」ときいてみる反省の日になったんです。
節チャンのおかげですね。
節子が彼岸に旅立ってから4年経ちますが、こうして今も思い出してくれる人がいます。
私にも、それはとてもうれしいことです。
亡くなった後にこそ、その人の生き方は見えてくるのかもしれません。

私の場合はどうでしょうか。
4回目の命日を思い出してくれる人はいるでしょうか。
あまり自信はありません。
生き方を変えなければいけません。
思い出してもらう必要はないのですが、思い出してもらえるような生き方をしなければいけません。

人に役立つという意味では、私のほうが節子よりも役立っていると思います。
でもたぶん大切なのはそんなことではありません。
もっと大切なことがあるのでしょう。
それが何なのか、まだわかりませんが、節子にあって私にないものが、きっとその答えです。
私が節子に惹かれつづけているのは、その「何か」なのかもしれません。
それがわかれば、私もリセットできるのですが。

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2011/09/04

■台風12号とTPP

台風12号の被害が広がっています。
すでに死者・行方不明者が70人を超えているようです。
テレビで見ていると、どうしても東日本大震災の映像と重なってきます。
自然の威力は、何も地震だけではないのです。

最近、こうした豪雨の被害の映像によく接するようになりましたが、被害が増えているのは、気候変動のせいでしょうか。
たしかに雨の降り方が少し変わってきたような気もしますが、どうも私は自然のせいにする気がしません。
私たちの暮らし方が、自然に沿わなくなってきているのが、最大の原因ではないかという気がします。
言い換えれば、経済のあり方につながっているように思います。

つい先ごろ、あれほどの被害が東北で起こりました。
にもかかわらず、死者がこんなに出てしまう。
テレビの映像を見ていて、いつも思うのは、映しだされている人たちの無防備さです。
東北の震災の時にも、それを感じました。

自然との付き合い方を、私たちは忘れたのでしょうか。
生き方そのものが自然に逆らっているということも含めて、やはりもっと自然を知らなければいけません。
私たちは学ぶべきことを間違っているのです。

子どもに英語を教える前に、自然の言葉を学ばせたいです。
金銭経済の知識よりも、自然経済の知識を学ばせたいです。
しかし、それを教える先生がいなくなりました。

同時に思ったのは、台風の被害で被災した人たちと東日本大震災で被災した人たちと、どこがちがうのだろうかということです。
たしかに東日本大震災は規模が巨大でした。
しかし、小さな規模で、被災者は各地で発生しているのでしょうね。
昔の日本にあったような、日常的に支え合う仕組みを改めて思い出す必要があるのではないかと思います。
しかし、その「共済の文化」も、TPPで壊されていくかもしれません。
鹿野さんや山岡さんにがんばってもらいたいですが、財務省かぶれの野田さんが相手では心配です。
TPPの破壊力は、台風12号なんてものではないのですから、もう少しみんな真剣に考えなければいけません。
郵政民営化の二の舞は避けたいものです。


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■節子への挽歌1463:節子からの電話

昨日の明け方、節子から電話がかかってきました。
と言っても、夢の中で、ですが。

何かの集まりに出ていたら、電話ですといわれました。
電話に出ると節子でした。
節子は、誰かと話しながら電話しているようでした。
最初の言葉は忘れてしまいましたが、つづいての言葉が、
「あれはやめましたよ」でした。
その言葉が引き金になったように、目が覚めてしまいました。

「あれ」って何だろうと思い、起きてきた娘にこの話をしました。
当然ながら、娘が「あれ」に思い当ることはなく、そのままこの話は忘れてしまいました。
ところが夜に、急にまた思い出しました。
なんだろう、「あれ」って。
気になりだしました。
命日の朝のことでしたし。

気になっていたせいか、昨夜はまたその夢を何回か見ました。
電話がかかってくる夢ではなく、「あれ」ってなんだろうかと話している夢です。
たぶん節子は出てきませんでした。
内容も思い出せません。
まあそれだけの話なのですが、「あれ」ってなんだろうと気になると気になるものです。

この2日間は、なんとなく間延びした2日間でした。
例年はだれかが訪ねてきてくれますが、今年は見事なほど家族だけでした。
手持ち無沙汰なのに、何もやる気が起きないのです。
節子が電話してきた「あれはやめましたよ」と関係があるのでしょうか。
あるはずもないだろうと思いながらも、何かが引っかかっています。

彼岸に向かう節子には、いろいろと頼みごとをしました。
いまも位牌に向かって、頼みごとをすることもあります。
そのいずれかのなかに、「あれ」があるのかもしれません。
さてさてそれを見つけるのは難問です。
また電話がかかってくるのを待つしかなさそうです。

私の5年目が始まりました。

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2011/09/03

■節子への挽歌1462:フェイスブックでの命日

節子
4回目の命日を迎えました。
フェイスブックにそのことを書いたら、画家のSさんからこんな投稿がありました。

最近、様々な喪失感について考えています、
奥様をなくされた喪失感は、4年を経ても強く残っているものなのでしようか。

そこから始まったやりとりの一部です。

私:残るというよりも、逆に高まる感じです。そして、喪失感と言うよりも世界が変わってしまいます。つまり世界の大きな部分そのものの喪失です。時間が解決するなどと言う事は全くありません。時間で癒される喪失感などは瑣末な喪失感だとさえ思えます。

S:実は母を8年間の在宅介護の末、在宅で看取りました。母は幸せな最期で思い残すことはないだろうと周りは私を慰めます。しかし、佐藤さんのおっしゃったように、世界の大きな部分を喪失しています。佐藤さんのコメントで、今の状況を受け入れられそうです。

私:愛する人と別れた人に、思い残す事がないなどと言う事は絶対にありません。むしろ思い残す事の多さは、時と共に増えていくのが普通だろうと思います。悲しんでいる人に、軽々にいう言葉ではありません。少なくとも私の場合はそうです。私は今もなお、毎日妻への挽歌を書いていますが、昨日で1461回です。書けば書くほど思い残す事が育っていきます。喪失感は広がります。しかし、喪失は同時に獲得でもあります。大きな世界の視点から見れば、単なる喪失はありえません。喪失したという事実を獲得できるわけです。それを大切にしています。私は仏教徒ですので、なおのことそう感ずるのかもしれません。

S:一つ一つの佐藤さんの言葉が胸に響きます。確かに、単なる喪失ではないようです。 私も母の死から学んだことが沢山ありました。その中で一番大きなのは、死を受け入れる姿を教えてもらえたことです。私も何れ死にます。その時、その経験はいくらか救いになるのではと思っています。そして、生きている時間を大切に使うこと、ささやかな幸せの大切さも学びました。

フェイスブックは公開の場でのやりとりですので、これを読んでくださっている人が時折、コメントをいれてくれます。
そのひとつ、節子に会ったこともある長崎のMさんからのコメントです。
もう奥さんが亡くなられてから4年になりますかね。川本三郎さんの「今も、君を想う」を読むと、2年前に亡くなられた奥さんとの思い出を綴られ、奥さんとの他愛ない対話、散歩、おいしいものを一緒に食べたことなど彼女と暮らした日常生活の楽しい日々を切々と書いて、今のつらい毎日を何とか切り開いていく手記でしたが、佐藤さんも同じおもいでしょうね。映画「東京物語」の笠智衆の姿も目に浮かびます。
フェイスブックは、こうしたやりとりがいろんな形で広がっていきます。
今日は台風のせいもあって、どなたもわが家にはお越しになりませんでしたが、こういうかたちでいろんな人が命日に少しだけ参加してくれました。
韓国の佐々木さんは、ご自宅近くの曹渓寺(チョンゲサ)にお参りに行ってくれました。
みなさん ありがとうございました。

節子
明日からは彼岸5年生ですね。

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■若者たちの不安感

大学で教鞭をとっている友人の紹介で、大学生がやってきました。
合う目的はよくわかりませんが、ともかく会ってやってくれというのです。
とても誠実な友人なので、細かな理由など聴く必要もなく、ともかく会いました。
背が高く、声が大きい、元気な若者がやってきました。

彼の悩みも含めて、いろいろと話をしましたが、ちょっと驚いたことがあります。
彼の友だちの多くが、将来に向けて不安を強く持っているというのです。
若者らしい、夢のある不安ではありません。
社会に出て将来、食べていけるかどうかの不安です。
これが今の日本の実態だとしたら、恐ろしい話です。

自分のやりたい仕事があるのに、安定した収入の得られる仕事につこうとしている友人がいるそうです。
付き合っている女性がいて、彼女のためにも、自らの夢よりも安定を選ぼうとしているというのです。
彼もまた、自分のやりたい仕事を選んで、生活を自立させる自信が持てないという意味では、不安から自由ではありません。
生活の不安から、自分のやりたいことを選べないという若者が増えているとしたら、間違いなく社会は豊かさとは逆の方向に向かっています。
経済的な豊かさよりも精神的な豊かさを、などということは、時代錯誤な言葉になっているのかもしれません。
能天気な金持ちのたわごとと思われてもしかたないのかもしれません。
以前、やはり某女子大の先生が来て、卒業したら派遣社員に登録して、キャバクラで生活費を稼ぐという卒業生が増えていると話してくれましたが、昭和20年代に逆戻りです。
そのうち、身売りが始まるかもしれません。
いやもう始まっている気配も感じますが。
東北の被災地も大変ですが、むしろ問題は東北以外にあるのかもしれません。

前にも書きましたが、若者に働く場を提供できないような社会に未来はありません。
60歳を過ぎたら、働き場は後進に譲るべきであり、言葉の本来的意味でのワークシェアリングを進めるべきです。
経団連の米倉さんのような老人が、いまもって仕事にしがみついているような醜態は見たくありません。
もしどうしても仕事がしたいのであれば、マイナス給与を払って、若者の働く場づくりに役立つべきです。
いずれにしろ、若者がしっかりと暮らしていける経済基盤を持てるような社会をつくるべきです。

原発も環境も大切ですが、その前にまずは社会の基本を正さなければいけません。
食べていけるかどうかというような不安を、若者に持たせる罪をもっと真剣に考えたいと思います。

先日読んだ坂本義和さんの「人間と国家」にドキッとする言葉が出てきます。
「核爆弾で死ぬのと、飢餓で死ぬのと、何が違うのか」。
坂本さんが、ある貧困国の人から問われた言葉だそうです。
日本にも、同じ問題があるのかもしれません。

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2011/09/02

■節子への挽歌1461:柳原和子さん

節子
昨日からまた私のブログへのアクセスが急増です。
調べてみたら、昨日、BSアーカイブスで「百万回の永訣 柳原和子 がんを生き抜く」が放映されたのが原因のようです。

前にも書いたと思いますが、柳原和子さんとはささやかなメール交流がありました。
テレビで柳原さんを見て、節子は、この人は強い、と言いました。
たしかに柳原さんは自分をしっかりと見据えながらも力強く前に進む人のようにも見えました。
しかしその実、節子よりも弱かったのかもしれません。
テレビなどで見る柳原さんとは別の柳原さんと、ほんのわずかだけ接しさせていただいたことで、私の彼女のイメージは変わりました。

節子を見送って以来、私は「がん」という文字を正視できずにいます。
新聞に「がん」という文字があると、その頁を避けている自分に気づくことが少なくありません。
がんになりたくないのなら、検診をしっかり受けろと兄からは言われ続けていますが、「がん」検診というイメージにつながる検診は心理的に受け容れられないのです。
論理的ではないのですが、それが素直な私に気持ちです。

がんに襲われた人は、もしかしたらみな同じかもしれません。
柳原さんも節子も、同じだったようにも思います。
ただ少しだけ節子が強かった、そして平安でいられたのではないかと、私は思います。
私の思い上がりかもしれませんが、その違いは私の存在です。
人生を分かち合える伴侶が隣にいるかどうかです。

柳原さんは、伴侶の代わりに、世界のすべての人と共にいたいと思ったのかもしれません。
その証が、この記録映像です。
しかし、世間は「弱い人」にはつめたいのです。
私は、その「世間」を変えたいと思っていますが。

妻ががんになってしまった夫は、本当にどうしようもないほど、だらしないのよ、と柳原さんはメールで書いてきました。
だから、そうした人たちのネットワークをつくってほしいといってきたのです。
もちろん私につくれるわけはありません。
しかし、今から考えると、彼女は、どうしようもないほどだらしなくなりそうな自分のことを言っていたのではないかと思うのです。
柳原さんから送られてくるメールの文章は、これがプロのライターの書いたものかと思うほどに「だらしない」ものでした。
もちろんそこに、柳原さんの真実がこもっているのですが。

明日は節子の4回目の命日です。
節子が好きな胡蝶蘭も届きました。
台風も少し進路を変えてくれたようです。

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■ハンマーカンマーと柳原和子

昨日からまたこのブログへのアクセスが急増しています。
調べてみたら、「柳原和子」関連の記事へのアクセスへのアクセスが原因です。
昨日、柳原さんのドキュメントが報道されたのです。

前にも書きましたが、普段は安定しているブログへのアクセスが急増しているとなにがあったのかと驚きます。
アクセスした人の検索ワードが調べられるのですが、それを確認すると、なぜアクセスが増えたのかがわかります。
それにしても、テレビの影響はすごいものです。
しかし先日の「ハンマーカンマー」でのアクセス増よりも、柳原さんでのアクセス増がうれしいです。

ブログもそうですが、フェイスブックでも反応があるのは、多くの場合、概して毒にも薬にもならないような記事です。
それにいささかの不満がありますが、まさにそのことが社会の状況を象徴しています。

昨日、大学生がやってきました。
彼が言うには、同級生と話をしようと思っても、当たり障りのない話であればともかく、ちょっと内容のある話をしようとなると話さない人が多いのだそうです。
そういえば、そういう話は数年前からよく聞きます。
価値判断を含むような話は、なぜかみんなしたがらないのです。
そこで、当たり障りのない話に終始してしまいがちですが、それがフェイスブックやブログにも現れているのです。

自分の考えを明らかにするのが恐いのでしょうか。
それとも自分の考えがないのでしょうか。

実名を出したがらない人もいます。
実名を出さないで意見を言うことは、私にはまったく理解できません。
実名につながらない発言は、フィクションでしかありませんから、そこにはメッセージ力は生まれません。
少なくとも受け取る側には重みは感じられませんから、聞き流すだけでしょう。

実名を出すと被害を受けるという人もいます。
それが恐ければ発言しないことです。
発言するということは責任を引き受けるということであり、リスクを覚悟することです。
覚悟もなく発言するのは、私には無意味な行為です。

余計なことを書いてしまいましたが、テレビの影響力の大きさにはいつも驚きます。
その使い方を、もっと真剣に考えないといけません。
テレビは広告媒体であるだけではないのです。

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2011/09/01

■節子への挽歌1460:夢から目覚め、現実からも目覚める

節子
4回目の命日は、台風がやってくる大荒れの日になりそうです。
今年は3回忌と7回忌の間で、とくにお坊さんにお経をあげてもらう予定はないのですが、まあ自宅でしずかに節子を偲ぼうかと思います。

この挽歌を読んでくださっている方からメールが来ました。
この人も数年前に伴侶を見送っています。

早 9月ですね 節子さんのご命日がすぐです
時間薬とは 慰められる時よく耳にする言葉で そうですね と一応答えますが 何年たっても 時が心を癒すことはありません この間 ふと目覚めると 隣のベッドが盛り上がっていて なんだ 寝ているじゃない 死んでなんかいないじゃない なんて長い 悪い夢見てたんだろうと 手を伸ばしたら 眼が覚めました しばらく起き上がれませんでした 
夢と現実が逆転してくれたら、と私も時々思います。
しかし、映画「マトリックス」で描かれていたように、これは荒唐無稽の発想ではありません。
生命現象の大きな枠組みで考えれば、すべては夢といえるのかもしれませんし。
そんな気もします。

ブッダとは、普通名詞においては、「目覚めた者」という意味です。
つまり、現実に生は夢と考えているのです。
チベット仏教には、夢のヨーガ(瞑想)というのがあるそうです。
夢の中で、これは夢にすぎないのだと気づく練習をするのです。
チベット仏教では、死後49日、幻の身体を持ってさまようとされています。
そこで、物理的な身体に束縛されていた認識を解放する事ができるかどうかが大切になってきます。
多くの人は、幻の身体のイメージを作り上げて、それに執着してしまい、また生まれ変わってきてしまう。
これが輪廻です。


夢から目覚め、現実からも目覚める。
夢を夢としていき生き、現実を現実として生きる。
そのいずれにおいても、目覚める自分、生きる自分がいます。
自分がいれば、夢でも現実でも、さほどの違いはないはずなのです。

しかし、夢が現実であってほしい、現実が夢であってほしいと、まだ目覚めきれない私は思ってしまいます。
最近また、よく夢を見ます。

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■石川ともひろ講演会

昨日、市民連帯の会(代表:三井環)主催の「石川ともひろ講演会」を聞きに行きました。
石川さんとは、もちろん小沢一郎さんの秘書の石川さんです。
タイトルは「政治の迷走を生んだ陸山会事件」です。
残念ながら陸山会事件そのものに関する話よりも、現在の政局の話などに話題が拡散したため、話は面白かったのですが、肝心の事件の真相につながる話はあまりありませんでした。
たぶん当事者にとっては、あまりにもばかばかしくて、話にもならないんでしょう。
検察審査会などは本当にひどい捏造としか、私にも思えません。
マスコミがたたかないのは、原発と同じく、たたいたら災難が降ってくるからでしょう。
元検事の三井さんは、検察はマスコミに意図的にリークして「風を起こすのだ」とご自身の体験を語っていました。
小沢事件は、明らかに政治事件だと思いますが、マスコミは完全に反小沢ですから、正確な情報は流れません。
例の厚労省の村木事件がはっきりと示していますが、当事者にならない限り、みんな検察は正義だと思っているのです。

石川さんは最近、「悪党」という、小沢一郎さんに関する本を出版しました。
政治評論家の岩見陸夫さんが褒めていますが、昨日、石川さんの話を聴いて、石川さんを見直しました。
彼は小沢さんをいまも信奉していると思いますが、したたかなに動いているような気がします。
かなりの人物です。

三井さんは検察の裏金を告発した元検事です。
後半は、三井さんと石川さんの対談でした。
面白かったです。
すべてを失った者の話には共感できるものが多いです。

光市母子殺人事件の安田弁護士が石川さんの弁護をやっているようです(間違っているかもしれませんが、そう聞えました)。
安田弁護士は、このブログで私は酷評していますが、きちんと本人の話を聴かなければいけないと思いました。
機会を見つけて、講演をお聴きするつもりです。

しかし日本の司法は腐っています。
改めてそう感じました。

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