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2011/09/09

■節子への挽歌1468:九十九島煎餅

昨夜、帰宅したら、節子の位牌壇の前に、佐世保市の九十九島煎餅が供えられていました。
娘が、隣のMさんの娘さんの旅行のお土産だよ、と教えてくれました。
修学旅行でしょうか。
それにしてもわが家にまでお土産とは恐縮してしまいます。

Mさんとわが家とは、ほぼ同じ頃にここに転居してきました。
前にも書きましたが、当時、娘さんはまだ小学校に入ったばかりだったと思います。
私は一度だけしか話したことはありません。
いつもより早く帰宅したら、彼女がわが家の和室に不安そうな顔で座っていたのです。
節子に訊いたら、学校から早く帰ってきたら、家に鍵がかかっていたそうなので、家で待ってもらっているの、と言うことでした。
まだお互いに転居したばかりでしたので、あまり話したこともなく、彼女はきっと不安だったと思います。

その娘さんももう高校生です。
彼女に限らず、当然ですが、近所の子どもたちもみんな大きくなりました。
街中であっても、私は気づかないでしょう。

転居して来た時に、こんなこともありました。
遊び盛りの子どもたちが道でボール遊びをして、近くの家の植木を傷めたりすることがよくありました。
子どもはそういうものですから、私は気にもしていなかったのですが、あるお宅の奥さんが嫌がっていたようです。
それで、なんと節子が、そのやんちゃ坊主たちに注意したというのです。
節子は、子どもを注意するのは地域の大人の責任だというのです。
その少し前に私は、若い仲間と一緒に、これからの保育システムの研究会をやっていました。
そこで、ソーシャル・フォスターリズムという考え方を提案しました。
社会が子どもを育てるという発想です。
その構想は残念ながら実現しませんでしたが、節子はそれを実践していたのです。
それが私と節子との違いです。
私は理屈を考えますが、節子は直感で素直に動くだけなのです。
そうした生活者の言動に接していると、コンセプトがどうのスキームがどうのというような小難しいことは、ばからしくてやっていられません。

大きくなった子どもたちを、節子は見ているでしょうか。
あのやんちゃ坊主たちも、立派な青年になりましたよ。
成長しないのは、わが家族だけです。
節子がいなくなってから、みんな成長をとめてしまった気がします。

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