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2011/09/03

■若者たちの不安感

大学で教鞭をとっている友人の紹介で、大学生がやってきました。
合う目的はよくわかりませんが、ともかく会ってやってくれというのです。
とても誠実な友人なので、細かな理由など聴く必要もなく、ともかく会いました。
背が高く、声が大きい、元気な若者がやってきました。

彼の悩みも含めて、いろいろと話をしましたが、ちょっと驚いたことがあります。
彼の友だちの多くが、将来に向けて不安を強く持っているというのです。
若者らしい、夢のある不安ではありません。
社会に出て将来、食べていけるかどうかの不安です。
これが今の日本の実態だとしたら、恐ろしい話です。

自分のやりたい仕事があるのに、安定した収入の得られる仕事につこうとしている友人がいるそうです。
付き合っている女性がいて、彼女のためにも、自らの夢よりも安定を選ぼうとしているというのです。
彼もまた、自分のやりたい仕事を選んで、生活を自立させる自信が持てないという意味では、不安から自由ではありません。
生活の不安から、自分のやりたいことを選べないという若者が増えているとしたら、間違いなく社会は豊かさとは逆の方向に向かっています。
経済的な豊かさよりも精神的な豊かさを、などということは、時代錯誤な言葉になっているのかもしれません。
能天気な金持ちのたわごとと思われてもしかたないのかもしれません。
以前、やはり某女子大の先生が来て、卒業したら派遣社員に登録して、キャバクラで生活費を稼ぐという卒業生が増えていると話してくれましたが、昭和20年代に逆戻りです。
そのうち、身売りが始まるかもしれません。
いやもう始まっている気配も感じますが。
東北の被災地も大変ですが、むしろ問題は東北以外にあるのかもしれません。

前にも書きましたが、若者に働く場を提供できないような社会に未来はありません。
60歳を過ぎたら、働き場は後進に譲るべきであり、言葉の本来的意味でのワークシェアリングを進めるべきです。
経団連の米倉さんのような老人が、いまもって仕事にしがみついているような醜態は見たくありません。
もしどうしても仕事がしたいのであれば、マイナス給与を払って、若者の働く場づくりに役立つべきです。
いずれにしろ、若者がしっかりと暮らしていける経済基盤を持てるような社会をつくるべきです。

原発も環境も大切ですが、その前にまずは社会の基本を正さなければいけません。
食べていけるかどうかというような不安を、若者に持たせる罪をもっと真剣に考えたいと思います。

先日読んだ坂本義和さんの「人間と国家」にドキッとする言葉が出てきます。
「核爆弾で死ぬのと、飢餓で死ぬのと、何が違うのか」。
坂本さんが、ある貧困国の人から問われた言葉だそうです。
日本にも、同じ問題があるのかもしれません。

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