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2011/09/02

■節子への挽歌1461:柳原和子さん

節子
昨日からまた私のブログへのアクセスが急増です。
調べてみたら、昨日、BSアーカイブスで「百万回の永訣 柳原和子 がんを生き抜く」が放映されたのが原因のようです。

前にも書いたと思いますが、柳原和子さんとはささやかなメール交流がありました。
テレビで柳原さんを見て、節子は、この人は強い、と言いました。
たしかに柳原さんは自分をしっかりと見据えながらも力強く前に進む人のようにも見えました。
しかしその実、節子よりも弱かったのかもしれません。
テレビなどで見る柳原さんとは別の柳原さんと、ほんのわずかだけ接しさせていただいたことで、私の彼女のイメージは変わりました。

節子を見送って以来、私は「がん」という文字を正視できずにいます。
新聞に「がん」という文字があると、その頁を避けている自分に気づくことが少なくありません。
がんになりたくないのなら、検診をしっかり受けろと兄からは言われ続けていますが、「がん」検診というイメージにつながる検診は心理的に受け容れられないのです。
論理的ではないのですが、それが素直な私に気持ちです。

がんに襲われた人は、もしかしたらみな同じかもしれません。
柳原さんも節子も、同じだったようにも思います。
ただ少しだけ節子が強かった、そして平安でいられたのではないかと、私は思います。
私の思い上がりかもしれませんが、その違いは私の存在です。
人生を分かち合える伴侶が隣にいるかどうかです。

柳原さんは、伴侶の代わりに、世界のすべての人と共にいたいと思ったのかもしれません。
その証が、この記録映像です。
しかし、世間は「弱い人」にはつめたいのです。
私は、その「世間」を変えたいと思っていますが。

妻ががんになってしまった夫は、本当にどうしようもないほど、だらしないのよ、と柳原さんはメールで書いてきました。
だから、そうした人たちのネットワークをつくってほしいといってきたのです。
もちろん私につくれるわけはありません。
しかし、今から考えると、彼女は、どうしようもないほどだらしなくなりそうな自分のことを言っていたのではないかと思うのです。
柳原さんから送られてくるメールの文章は、これがプロのライターの書いたものかと思うほどに「だらしない」ものでした。
もちろんそこに、柳原さんの真実がこもっているのですが。

明日は節子の4回目の命日です。
節子が好きな胡蝶蘭も届きました。
台風も少し進路を変えてくれたようです。

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