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2011/09/23

■山口県上関町の町長選挙の意味

野田首相が原発擁護発言をしたとドイツでは報道されているようです。
この時期に、なにも国民感情を逆なでするような発言をする必要はないと思いますが、大きな力が働いているのでしょうか。

25日に山口県の上関町の町長選挙が行われます。
その結果には世界の注目が向けられているようですが、ここにきてもまだ、原発推進派は、町の問題なのだから町外の人には口を出して欲しくないなどとテレビの取材で話しています。
もし上関原発が事故を起こしたら、町外の人たちに補償してくれるつもりなのでしょうか。
私は福島の原発誘致を認めた地域の人たちには今回の事故で迷惑を受けた近隣の人たちへの責任感を持ってもらいたいと思っていますが、原発への情報がここまで周知のことになった今では、福島の人たち以上に上関町の住民は覚悟すべきです。
それほどの想像力さえ生まれないのは、いかに彼らがお金漬けになっているかを示しています。

もっと不愉快なのは、原発に関して取材を受けても多くの住民が顔を背けて、取材を拒否して答えない姿です。
意見を言えば、問題が起こるのでしょうが、自分の意見も堂々と言えないような生き方は、人間の生き方ではありません。
お金はまさに魔物で、人を卑屈にさせます。
そんな卑屈な生き方をしていて、子どもたちに顔向けできるのでしょうか。
そんな地域に育った子どもたちは、健全には育たないでしょう。
学校にどんな立派なプールができても、それを誇りには思えないはずです。

上関町でも堂々と意見を言い、汗して自分たちのまちを育てようとはっきり話している人もいます。
お金に依存して(つまり誰かを犠牲にして自分だけのことしか考えずに)生きていくか、汗しながらみんなと一緒に生きていくか、上関町長選挙は、私たちの社会の前途を占う一つの試金石だろうと思います。
事は山口県の小さな町の話ではありません。
私たちの生き方にもつながる、大きな話です。

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