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2011/10/20

■節子への挽歌1508:久しぶりの奈良

節子
19~20の2日間、ユカと始めての父娘旅行をしました。
前日、大阪で仕事があったのですが、19日のお昼に京都で落ち合い、奈良に行きました。
久しぶりに奈良です。
まだ娘たちが小さかった頃、家族旅行もしたはずですが、娘たちにはあまり記憶がないようです。
私もたぶん10年ぶりですので、どう変わっているかいささかの危惧を感じていました。

まったくといっていいほど変わっていました。
そればかりではありません。
距離感や空間配置さえが私の記憶とは大きく違っていたのです。

一番の違いは、春日大社の位置でした。
興福寺から春日大社までがこんなに離れているとは思ってもいませんでしたし、春日大社から東大寺の3月堂まではすぐだったはずなのに、道に迷うくらい遠くなっていました。
まさかのこの10年で地殻変動したわけではないでしょう。
愛する者たちにとって、遠い道はないといいますが、節子と歩いていた時にはきっとあっという間の距離だったのでしょう。
話に夢中になっていて、途中の距離感はないわけです。

今回は娘が付き合ってくれましたので、それでも近かったはずですが、一人ではたぶん歩ききれなかったでしょう。

猿沢の池は昔のままでしたが、そこから奈良公園に上がる階段は広くなっていました。
そこで撮った節子の写真が鮮明に私の記憶に残っています。
そこから私たちの物語が始まったのです。
その最初の日と同じコースを、娘と2人で歩きました。
時に節子の話をしながら。

残念ながら奈良公園は雰囲気が違っていました。
それに、春日大社は人を寄せ付けなくなっており、東大寺の2月堂も3月堂も改修中でした。
4月堂だけは以前とまったく変わっていなかったのがせめてもの救いです。
そして、大仏殿の裏庭にはそう簡単には入れなくなっていました。

それでも仏たちには会えました。
阿修羅は興福寺の国宝館で、月光菩薩には東大寺ミュージアムで、ですが。
展示品になってさらされているようで、どこかさびしさはあります。
阿修羅は小さくなり、月光菩薩は色白になり、いずれもオーラが弱まっていました。
節子が一緒だったらどういうでしょうか。
少なくとも私はもう奈良市には来ないでしょう。
3月堂が改修されても、たぶん来る気にはなれません。

夕方、ユカに連れられて「ならまち」を少し歩きました。
私一人であれば、訪れない場所です。
それに今回の旅行は、ユカが節子の役割を果たしてくれ、私はただ行きたいところをいえばいいだけでした。
節子がいた頃のように、財布も持たずに、細かなことを気にせずに旅行できました。
支払いはすべてユカがしてくれました。
お金を払う行為が私には一番苦手なのです。
感謝しなければいけません。

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