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2011/10/08

■節子への挽歌1497:「一人できちんと生きていくのは しんどいなー」

今日は私のことではありません。
近くの、やはり伴侶を亡くされた方からのメールの紹介です。

先週の手づくり散歩市にもしかしたらいらっしゃるかなと思っていましたが、来ませんでした。
風邪かなと思っていたら、やはり風邪だったようです。

先週末の手作り市に ぜひジュンさんのタイル工房と 佐藤さんのコーヒーを頂きに伺おうと思っていましたら 風邪にかかり 伺えず残念でした。
クスリもきちんと飲んでいるのに罹ってから三週間経っても まだなんだかスッキリしません。
ホームドクターは 夏の疲れもあるのでしょうとの診断でしたが 何もせず横になりながら なぜこんなに 長引くのかナーと考えてみました。
夫や家族がいる時は 早くよくなって 食事つくりや 滞った家事をしなくてはと思うのに 一人の今は 迷惑を掛ける人もなく 治りたいという気力がないんだなと気付きました。
一人できちんと生きていくのは しんどいなー いつまで生きなくちゃいけないのかなーと 肉体と精神は 連動しているのを痛感しました。
同じようなことを私も体験しているので、よくわかる気がします。
前にも書いたことがありますが、肉体と精神はまさに連動しています。
イヌイットは、生きる気を失うと風邪でも死んでしまうと、文化人類学者の方が書いていましたが、意識は生死さえ決めているのです。

だとしたら、節子は自らの精神、意思で、死を選んだのでしょうか。
また書き出すと長くなるのでやめますが、私はそう思います。
ではなぜ死を選んだか、です。
それは、おそらく問題の建て方が間違っているのです。
発想を反転させましょう。
節子は自らの精神、意思で、生きつづけていたのです。
肉体的にはもう限界を超えていたにもかかわらず、です。
だから問題を建てるとしたら、「なぜ生を選んだか」でなければいけません。
そしてその答は明確です。
家族を、とりわけ(たぶん)私を愛していたらからです。
そしてある見極めをつけて、旅立ったと思いたいです。

人は一人で生きていないが故に、しんどくても生きつづけようとするのです。
ですから、一人で生きていないからこそ「しんどい」のです。
たぶんそうですよ、YHさん。
言い換えれば、みんな「一人ではない」のです。

つい最近、知人の家族が自殺したことを知りました。
もう少し「しんどさ」に耐えてほしかったですが、一人ではないことを実感できなくなったのでしょう。
どうしてこんなことが起こるのか。
節子が知ったらとても悲しむでしょう。
私たちは、だれも一人ではないのです。
ご冥福を祈りながらも、とてもやりきれない気持ちです。

湯島では、みんな一人ではないということを感じてもらうための、カフェサロンを毎週のようにやっています。
いつかこの挽歌の読者限定のカフェサロンをやれればと思います

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