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2011/10/28

■節子への挽歌1516:位牌

大震災の後、被災地で移動喫茶店活動を始めた、CAFÉ de Monkの金田住職のお話を聞きました。
時評編にも書きましたので、併せて読んでもらえればうれしいです。

その中に、

位牌のための死んだ人もいる。
位牌がないと前に進めない人もいる。
というお話がありました。
「位牌」とは何なのか、改めてそう思いました。

位牌を取りに自宅の戻り、そのために津波の犠牲になった人がいます。
福島原発の避難地域の人たちも一時帰宅して持ってきたなかにたぶん必ずと言っていいほど「位牌」があったでしょう。
私ももしわが家が火事になったら、位牌を優先して持ち出すでしょう。
なぜ位牌はそれほどに大切なのでしょうか。
おそらくそれは「理屈」を超えたことなのでしょう。
理由などなく、ただただそれが「位牌」だからです。
位牌がないと前に進めない、ということも私自身の体験からもわかるような気がします。

私にとって節子の「位牌」は2つの意味があります。
一つは、彼岸にいる節子との接点です。
彼岸と此岸にわかれてはいても、私たちはつながっていることを可視化してくれるのが位牌です。
節子の位牌を見ればその向こうに節子が、両親の位牌を見ればその向こうに両親が感じられます。
位牌は、「つながり」の象徴なのです。

しかし同時に、位牌は「別れ」の象徴でもあります。
此岸の節子への未練を断ち切り、自分を納得させるものでもあります。
位牌を見ると、ああ節子はもういないのだと思えます。
写真を見ていると妄念が起きてきますが、いはいはそれを遮断してくれるのです。

そうした経験をしていましたから、金田さんのこの言葉はとても心に響きました。
位牌は、死者のためにあると共に、残された生者のためにもあるのです。

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