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2011/10/28

■「あの時のことを忘れないでいてほしい」

昨日、東日本大震災後、いち早く被災地で移動喫茶店CAFÉ de Monkを開店して被災者と向き合ってきた宮城県の通大寺住職の金田さんのお話をお聴きしました。
金田さんの活動にも関わっている医療法人の岡部さんも話をしてくださいました。
とても共感できる話ばかりでした。

断片的ですが、5つだけ書き残させてもらうことにしました。
いつかたぶん金田さんのお話はどこかでもう少し詳しく読める機会があるでしょうから。

金田さんのメッセージは「あの時のことを忘れないでいてほしい」ということでした。
「あの時」とは震災直後の時期の私たちの生き方です。
被災された人たちは、心といのちとは一つになって、我を忘れて生きていた。
その被災地の様子を知った人たちも、被災者のみなさんと心といのちとは一つにしていた。
そういう意味だと思います。
金田さんは、しかし、時間がたつにつれてみんなそれを忘れて、また元の生活に戻ってしまう。
そうなってはほしくないというのです。

岡部さんは、合理的なものや人が作った建物や制度などで、自然が見えなくなってきていたが、その目隠しが大震災で壊されたと話されました。
そして「合理的思考」への疑問を提示されました。
全く同感です。
しかし被災地の復興が「合理的思考」で進められているようで、私もそれがとても気になっています。

3つ目は誤解されないように注意して書かなければいけませんが、文責は私にあることを予めお断りしておきます。
被災地の子どもたちは、大変な状況に投げ出されても、健気にがんばっている。
たしかに失ったものは大きいが、しかし得たもの、得つつあるものも大きい。
子どもたちを見ていると、そこに私たちの未来を感ずるというのです。
そしてこういう趣旨のことを付け加えました。
子どもたちを支援しようとたくさんの人たちがきてくれるが、
子どもたちは元気に走り回っている、この苦しみの中から得ていくものも多い。
余計なことをせずに、ほっといてくれともいいたい、と。
さらにこう付け加えました。
もしなにかやってもらえるのであれば、自分の地域の子どもたちに「いのちの教育」をしてほしい、と。
心に刺さりました。

4つ目も辛らつでした。
絆などと気安く言ってほしくないというのです。
絆の世界がどんなに大変なものか知っているのか、そんなに簡単にできると思うのか、というのです。
絆を壊してきたくせに、何をいまさら絆なんだというわけです。
私も昨今の「絆の合唱」にはうんざりしていましたので、拍手したい気分でした。
いままであまり大きな声ではいえなかったのですが、少し安堵しました。

最後は、現地の人たちの気持ちの中には、「あまりあおり立てないでくれ」という気分があるように思うという指摘でした。
これも考えさせられる言葉でした。

言葉を切り取っての紹介ですので、真意が伝わらない面もあると思いますが、私の心に響いた5点を紹介させてもらいました。

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