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2011/10/06

■小沢さんの記者会見を見ました

小沢さんの公判が始まりました。
罪状認否で、小沢さんは「この裁判は直ちに打ち切るべきだ。百歩譲って裁判を続けるにしても、私が罪に問われる理由は全くない」と述べました。
私も先ほど、テレビで全部聴きました。
すごい対決姿勢です。
これでまた小沢嫌いが増えるでしょうが、いかにも小沢さんらしいやり方です。
賢くありませんが、私の好きなやり方です。
言っている内容は、ほぼ私の考えと同じです。

日本の司法は自立していません。
たとえば、いま問題になっている原発にまつわる裁判の歴史を調べれば、すぐわかります。
日本初の原発立地裁判は四国電力の伊方訴訟です。
原発の安全性に関して初めて公開の公式の場で技術論争が行われました。
法廷では原告住民側が優勢だったといわれていましたが、判決は「原子炉設置許可は政府の権限」として原告の請求は却下されました。
1978年のことです。
以後、原発訴訟はほぼすべて原告敗訴です。
かなり深刻な原発事故が発生しても、裁判官は姿勢を変えませんでした。
なぜでしょうか。
自立していないからとしか私には思えません。

厚労省の村木さんの冤罪事件はどうでしょうか。
私には、単なる冤罪ではなく、裁判の立地点の問題だと思います。
小沢訴訟は、その同じ特捜部が取り組んだ訴訟です。
基本から問い直すべきだろうと思います。
検察審査会は裁判員制度と同じく、司法の手段化のための仕組みです。
透明性は確保されずに、むしろ管理下におかれているように思えてなりません。

私の意識では、問題は小沢さんが何をしたかなどという話ではありません。
裁判の根幹が問われているのです。
さらにいえば、日本の民主主義が問われています、

小沢さんが不正なお金のやりとりをしているかどうかなどは、私には瑣末な話です。
当時の時代環境から言えば、多かれ少なかれ多くの人が似たようなことをやっていたはずです。
小沢さんもいろいろとやっていたでしょう。
それこそが、日本の「政治」だったのですから。
それに数十億円などそんな金額は政治の誤差でしかありません。
原発事故がどのくらいの被害を出したかを考えれば、何が重要かはわかるはずです。

話がそれてしまいましたが、裁判が官僚や資本家の手段に使われすぎているように思います。
もちろん、裁判は「正義のため」ではなく「統治のため」の制度です。
政治がそれを利用するのは仕方がありません。
しかし、今の裁判を支配しているのはだれなのか。
私もウォルフレンの「誰が小沢一郎を殺すのか?」を読みましたが、衆愚政治やポピュリズムは恐ろしいです。

大嫌いな小沢さんではありますが、ここは頑張ってもらいたいです。
しかしちょっと無理そうな気配を今日の記者会見では感じました。
残念でなりません。
日本はまた80年前の繰り返しの局面に入りだすような不安があります。

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