■節子への挽歌1536:もう一度行きたかった節子との沖縄旅行
森山良子さんの「なだそうそう」を聴いてしまいました。
節子と沖縄に行ったのはいつだったでしょうか。
節子が病気になる前でしたが、いつだったか思い出せません。
格安ツアーだったと思いますが、4日ほど、沖縄を回りました。
節子は沖縄が大好きになりました。
娘たちにもさかんに沖縄旅行を勧めていました。
私たちも、今度は格安ツアーではなく、ゆっくりと沖縄を回ろうと話していました。
節子はコーラスグループに入っていましたが、節子はいつも家で練習していました。
そのなかに、「島歌」や「花」、「芭蕉布」そして「なだそうそう」がありました。
節子はよく口すさんでいました。
そのおかげで私も何となく歌えるようになりました。
いまもその頃の楽譜が、寝室に乱雑に残っています。
あまり片付ける気がしないので、そのままに、です。
発表会のDVDも残っています。
一昨年、節子が勧めていた沖縄に娘たちが行こうと言い出しました。
ジュンが結婚する前の、最後の家族旅行でした。
本当は4人で行くはずの沖縄旅行が、3人でした。
その頃、私はまだ、精神的にかなり不安定でしたが、節子と話しながらの旅でした。
「なだそうそう」を改めて聴いて、また沖縄に行きたくなりました。
沖縄は、なんだか彼岸に一番近いところのような気がするのです。
節子がいなくなったいま、同じ歌を聴いても、まったく違う思いが湧き上がってきます。
時に、息苦しくなるのはなぜでしょうか。
それにしても、節子は私をいろんなところに連れて行きました。
沖縄旅行も節子が手配してくれたのです。
できることなら、彼岸への私の旅も、節子に手配して欲しかったです。
| 固定リンク
「妻への挽歌08」カテゴリの記事
- ■第1回リンカーンクラブ研究会報告(2021.09.06)
- ■節子への挽歌1600:「節子がいる私」と「節子のいない私」(2012.01.20)
- ■節子への挽歌1599:苦労こそが人を幸せにする(2012.01.18)
- ■節子への挽歌1598:青空(2012.01.17)
- ■節子への挽歌1597:家族と夫婦(2012.01.16)
コメント