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2011/11/09

■節子への挽歌1529:誰のための思い出だったのか

思い出のことをもう少し続けます。

節子は、病気になってから、私との思い出をたくさんつくりたがっていました。
何のためだったのでしょうか。
その思い出をどこに残したかったのでしょうか。
先日、人は記憶のかたまりだという話を書きました。
昨日は節子との会話は内話、つまり記憶の編集だと書きました。
そんなことを書いたり考えたりするうちに、このことが気になりだしたのです。
まあ普通の人は、そんなことなど問題にしないでしょうが、そこが愛する人を失った人のおかしなところです。

節子がつくりあげていった「思い出」は、節子が持っていくためのものだったのでしょうか。
あるいは、私に残していきたかったのでしょうか。
もし後者であれば、それは私のためなのでしょうか。
節子がいなくなっても、私が大丈夫のように、でしょうか。
あるいは私に忘れてほしくなかったからでしょうか。

たとえば旅行に行って、とても楽しい日になった時に、節子は寝る前に、ポソっと、「またひとつ修との思い出ができた」とうれしそうに言いました。
その言い方は、間違いなく、私のためではなく、自分の心身に残していきたいという感じでした。
それに節子は、私のことをたぶんほぼ完全に理解していたでしょうから、私が思い出などにはあまり興味を持たないことを知っていたはずです。
それに私がどのくらい節子を愛していたかもしっていましたから、私が節子を忘れるなどとは考えなかったでしょう。
ですから、節子は自分が彼岸にもっていくための「思い出」をつくっていたという気がします。
だからもしかしたら、と考えてしまいます。
節子との思い出は、節子が持っていってしまったのではないか、と。
それで私にはどうも記憶の欠落があるのではないか、と。
実に困ったものです。
2人の思い出は、私にも思い出す権利があるはずですから。

もうひとつの可能性があります。
思い出が、個人とは切り離された世界を生み出すことを感じていたのかもしれません。
私たちが作りだす思い出が、一つの世界を創りだす。
その世界を豊かにしておきたいと思っていたのかもしれません。

思い出とは過去のものなのか、現在のものなのか、未来のものなのか。
それは難しい問題です。
書き出したら長くなりそうです。

そんなことを考えていくと、思い出づくりに幸せを感じていた節子が、改めていとおしく、抱きしめたくなるほどです。
それに、節子がいなくなっても、節子との思い出は創りだせることを、節子は気づいていたでしょうか。
思い出とは、不思議な世界です。

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