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2011/11/19

■節子への挽歌1539:「お幸せになったそうですね」

「お幸せになったそうですね」
久しぶりにお会いした某社の女性社長がそう話しかけてきました。
何のことかなと怪訝な顔をしていたら、いい人と出会われたそうですね、と言うのです。
おやおや。
そんなことは一切ありません、とついつい強い口調で反応してしまいました。
その人は、戸惑ったように、再婚されたとお聞きしましたが、というのです。
私はさらに強い口調で、「そんなことは絶対にありえない話です」といささかの怒りをもって応えました。
さらに戸惑ったその人は、そうですよね、あんなに奥様を愛されていましたものね、と言いました。
「誰からお聞きになったのですか」と問いかけましたが、答はありませんでした。
そこで会話は切れてしまいました。
私は、その直後にパネルディスカッションのコーディネーター役をすることになっていましたが、なにやらどっと疲れが出ました。
機先を挫かれた感じでした。
まあなんとかパネルディスカッションはうまくいきましたが。

その女性社長との付き合いは20年近くになるかもしれません。
節子も知っている人です。
彼女もドラマティックな人生を歩んだ人です。
仮にそういう噂があったとしても、そう思われたことがとても不愉快でした。

「お幸せになったそうですね」
なんだか同情されているようで、いやな言葉です。
いまの私はたしかに「幸せ」ではないかもしれません。
しかし、何かがあったら「幸せ」になれるものでもありません。
「幸せ」という言葉は意味が深い言葉です。
節子を見送って、それがよくわかるようになりました。
それに、人は一度幸せを体験すれば、それで十分なのです。
その体験を持ち続ければ、未来永劫、幸せでいられるものです。
おかしな言い方ですが、たとえ「不幸」になっても「幸せ」なのです。

節子は病気になる前によく言っていました。
もし修が先に死んでも、私は再婚しない。
もう一度、結婚するのは面倒くさいから。

まったく育ちをことにする他人が、心を本当に通わせあうのは簡単なことではありません。
節子の、この言葉は、私と心を通わせあったことの証だったと思いました。
私も同じように、もう一度、本当に心を通わせあう関係を他者と構築できるほどのエネルギーは残っていません。
私たちも、それなりに真剣に自分をぶつけ合って、真剣に夫婦をしてきたのです。
それに関しては、それなりの自負があります。
娘たちからは「いい加減な夫婦」に思われていますが、

それにしてもそんな噂が流れているとは、一体誰が流しているのでしょうか。
私を全くわかっていない誰かが流しているのでしょうね。
困ったものです。

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