■節子への挽歌1527:「話す相手がいないこと」の意味
昨日、朝のテレビの「こころの時代」に、仏教談話会を主宰している野田風雪さんが出ていました。
私は風雪さんのことを知りませんでしたが、ネットで調べたら、仏教談話会などを通して、人生は無常であること、その無常を超える道が仏法にあることを、長年、人々に説いてきた方だそうです。
今年、90歳だそうですが、長年連れ添った奥さんに先立たれて、「無常の圧倒的な力に押し潰されそうになりながら、再び生きる気力を取り戻すことが出来た」というお話をされていました。
90歳という長寿を生き、しかも長年、人生の無情を説法した人にして、伴侶との別れは、生きる気力をなくしてしまうほどのことなのです。
風雪さんは、「話す相手がいないこと」の辛さを語っていました。
私も同じ体験をしていますので、よくわかります。
しかし、です。
「話す相手がいない」とはどういうことでしょうか。
いままであまり考えたことがなかったのですが、風雪さんのお話を聴いて、そんなことを考えました。
私の場合、「話す相手」ならたくさんいます。
風雪さんは、おそらく私以上にたくさんいるはずです。
にもかかわらず、「話す相手がいない」思いに襲われるのです。
「話す相手」とは、いったい誰なのか。
たとえば私の場合、娘たちや親しい友人ではだめなのか、と言うことです。
答えはいうまでもありませんが、ダメなのです。
どこが違うのでしょうか。
節子と話している時、私は節子と話していたのではないのではないかという気がしてきました。
話していた相手は、「節子」ではなく「節子と私」だったのです。
つまりこういうことです。
私と節子は、世界を共有化していたために、私たちの会話は、実はそれ自体が一つの世界を構成していたのです。
そう考えると納得できることがたくさんあります。
節子がいなくなった時の、異常とも思える喪失感。
判断基準が混乱して、かなりおかしくなってしまったこと。
時間が止まったような、言い換えれば世界が終わったような感覚。
悲しさや寂しさとは違う虚無感。
節子との会話は、私たちの内語だったのです。
したがって記憶が共有化されていたので、会話のルールや仕組みが他の人との会話とは全く違っていたのです。
その世界は、40年という長い時間をかけて、しかも心身の共体験を重ねることで育ってきていたのです。
話す相手がいなくなったのではなく、話しあっていた世界が丸ごとなくなったのです。
話す相手だけではなく、話す主体もなくなったわけです。
幼馴染との会話は、特殊なものだということは多くの人が体験しているでしょうが、夫婦の会話はそれ以上に特殊なのです。
だから替わりになるものはありえないのです。
奥さんを亡くされてからの風雪さんは、たぶん話す内容が微妙に変わったはずです。
同じ体験をした人でないと気づかないかもしれませんが、風雪さんの内語の世界、生きている世界が変わったからです。
すぐには影響は出ないでしょうが、じわじわと出てくるように思います。
伴侶との別れは、無常に陥るか無常を超えるかの岐路なのかもしれません。
もっとも、無常は陥ろうが超えようが、いずれも無常なのですが。
個別世界がなくなることは大きな世界に融け込んでいくことなのです。
そこにこそ、大いなる仏法の英知があるように思います。
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