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2011/11/13

■節子への挽歌1533:最小にして最高の共感の共同体

人類学者のマリノフスキーは、「よい天気だね」とか「こんにちは」などといった、あまり意味のない言葉を頻繁に掛け合うことによって成り立つ社会を「共感の共同体」と呼びました。
意味がない言葉、といってしまうと正しくはないかもしれません。
いわゆる定型的な挨拶語のような言葉のことです。
マリノフスキーは、こうした言葉を「small talk」と呼んでいます。
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言葉は知識や考えを媒介すると同時に、感情や気分を伝達します。
まさにこの定型語は、繰り返すことによって、感情や気分が通じ合うようになるのです。
たかが挨拶ですが、されど挨拶。挨拶を言い交わす効果は大きいです。
挨拶をしっかり言うことで、経営危機を乗り切った会社もあるほどです。

夫婦は、最小にして最高の、共感の共同体ではないかと、私は思っています。
共感の共同体としての夫婦ほど、居心地のよい世界はありません。
それが出来てしまえば、言葉は不要になってしまいます。
と言うよりも、言葉の役割が変わってくるはずです。

私たち夫婦のsmall talkは何だったでしょうか。
私は「節子」でした。
つまり、お互いの名前をよく呼んだのです。
「おはよう」とか「だいじょうぶ」とかいう呼びかけも多かったです。
こうしたsmall talk が私たちを同じ共感の共同体の住人にしていったのです。

夫婦の会話はとても大切です。
昔は、会話の少ない夫婦が多いと言われたこともありますが、最近は会話の多い夫婦も増えているようです。
しかし大切なのはsmall talk なのです。
small talk は、実は自然に出てくる気遣い言葉だからです。
心とつながっているのです。

節子との暮らしで、そのことを私は教えてもらいました。
そしてそれこそが、快適に暮らす最高の要素なのだと、最近では思うようになっています。
ケアの世界も経営の世界も、基本は自然に出てくるsmall talk なのです。
難しい言葉や流暢な話術は、small talkに比べたら、その効用は小さなものです。
そのことに気づいてから、私の生き方は大きく変わりました。

いま少し寂しいのは、small talkがなくても共感が維持できた、最高の伴侶がいないことです。
究極のsmall talkは、non talkなのです。
これにはマリノフスキーも気づいていなかったかもしれません。

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