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2011/11/21

■忙しいことを良しとしない「までいな生き方」

今日はいささか友人知人の気分を損ないかねないことを書きます。
これまでも何回か書いてきていますので、このブログの読者には伝わっていると思いますが、私の友人知人にはあまり伝わっていないことのようです。

私は「多忙」とか「忙しい」という言葉にはマイナスイメージが強くあります。
忙しい生き方ほど恥ずべき生き方はないと思っています。
それで先日、フェイスブックに「最近忙しい生き方になっているので、それを反省しなければいけない」と書きました。
そうしたらある人から「忙しいうちが花です。幸せだと思います」と書き込まれ、それにまた別の友人が「同感、同感」と書いてきました。
私は、そういう生き方に問題提起したつもりなのですが、まったく伝わっていません。
困ったものです。

私にメールをよくくれるある人は、自分の署名の上に、
「ご多忙の日々、ご自愛ください」と必ず書いてきます。
私にとっては、これほど失礼な言葉はないと思うのですが、本人はまったく悪気などあろうはずもありません。
ますます困ったものです。

挨拶でもよく「お忙しいですか」とか「お忙しそうですね」と言うことがあります。
私も使うことがありますが、私の場合には相手への「トゲ」を含めています。
性格が悪いのです。
集まりなどでの挨拶でも、「お忙しいところ」とよく使われます。
しかしそれは「ご多用のところ」と言うべきであって、「お忙しいところ」とは言うべきでないように思います。

「忙」とは「心を失う」という文字です。
あなたは心を失っているのですね、と言われてうれしい人はいません。
心を失っている人たちに集まってもらっても、形だけの集まりで終わります。
自分のことを「忙しい」というのは自戒をこめて言うわけですからいいのですが、ほかの人を忙しいと考えるのは失礼だと私は思っています。

経済成長を目指してきた日本においては、「忙しいことを良しとする文化」が育ってしまいました。
私はその文化を壊さなければいけないと思っています。
スローライフとかロハスは、その一つかもしれませんが、それらにも私は違和感があります。
東日本大震災の後、有名になった言葉に「までい」というのがあります。
飯館村がまちづくりの合い言葉にしていた言葉です。
以前、CWSコモンズには書いたことがありますが、私にはこの言葉がぴったりきます。
この言葉は、以前、福島の人に聴いたところでは、「心を込めてゆっくりと」というような意味だそうです。

「までいな生き方」
それが私が目指す生き方です。
忙しさは人をだめにします。

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