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2011/11/16

■近世の商人の発想としての消費税増税

「大きな財産をもっている人を毒殺するのは、中世において盛んに用いられた金持ちになる方法であり、わずかな財産をもっている人の食物に粗悪品を混入するのは、今日盛んに用いられる富を得る方法である。」

これはラスキンの「この最後の者にも」に出てくる言葉です。
中世と近代では金持ちになる手段が全く違うのです。
奇妙に納得できる文章です。
そして21世紀は、さらに近代の手法が効果的に展開できる時代です。
インターネットが、それを可能にしてくれます。
実際に、そうやって今の地位を得た富豪は少なくありません。

しかしラスキンの言い方を使えば、こうも言えます。

「大きな財産をもっている人から寄付を得るのは、中世において盛んに用いられた社会活動の資金作りの方法であり、わずかな財産をもっている人たちからわずかばかりの浄財を集めるのは、今日盛んに用いられる資金作りの方法である。」

東北復興のために短時間に巨額な寄付が集まりました。
それはこの一例です。
つまり私欲を増やすためか、社会を豊かにするためかによって、同じ手法は全く違った意味を持ってくるのです。
ラスキンは、「価値」についても語っていますので、それと重ねて考えていくと実におもしろいのですが、ここではただ「同じ手法も理念によって正反対になる」と言うことを書き添えておきます。

消費税は、手法においては、この発想に基づいています。
問題は理念ですが、消費税増税は前者でしょうか後者でしょうか。
前者と後者の違いは、お金を出す人が、喜んで出すか嫌がって出すかです。
そう考えると、最近の消費税増税は前者ではないかと私は思えてきています。

わずかの負担増だといって、気を許してはいけません。
新しい税体系を考えるに当たっては、みんなが喜んで税を負担するにはどうしたらいいかから考えていくのが効果的だろうと思います。
歳入が足りないから増税だというのは、近世の商人の発想でしかありません。

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