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2011/11/26

■放射線汚染のことがよくわかりません

昨日の集まりで、放射線汚染や除染の話題が出ました。
いろんな数値が出ていたのですが、私にはどうもよくわかりません。

まず、最初の疑問。
原発や放射線科学に詳しい専門家たちが、テレビや新聞でいろんな話をしていますが、その話をなぜみんな信じるのでしょうか。
彼らこそ、これまで「嘘」をついてきた張本人たちでしょう。
そんな人が話す、いかにも「科学的なデータ」などを基準に物事を考える人の気持ちがわかりません。

次にデータの意味がわかりません。
たとえば「いつ」「どこで」「どのように」「どんな機器で」「誰が」測定したかで、データは変わってきます。
それに瞬間的なデータと期間的なデータが、混在されて語られていますから、私には全く理解できません。
みんなわかっているのでしょうか。
それに、データと人体への危険性に関する関係も私にはほとんど理解できません。
どこかにそういう蓄積データがあって、誰かが分析などしたことがあるのでしょうか。
あるとしたらこれまでなぜ出てこなかったのでしょうか。

第3に、これは批判されそうですが、数字のデータで考えている人の神経がわかりません。
データなどただの「数字」でしかありません。
誰かが「データ」で説明しだした場合、ほとんどの場合が「嘘をつこうとしている」と私は感じます。
それが70年生きてきた体験知です。
真実は、決してデータにはありません。

要するに、これまで嘘ばかり言ってきた(あるいはわからないことをさもわかったように言ってきた)専門家や行政関係者が、都合よく創作した、極めて多義的で、したがって無意味な数字で、安全だとか危険だとか騒いでいるだけの話に、いちいち付き合ってはいられないというのが、私の考えです。

科学の世界で使われる言葉に、known unknownsとunknown unknownsという、2つの「無知」があります。
かつて「オゾン戦争」というのがありました。
夢の化学薬品として生活を便利にしてきたフロンガスが、発売後30年ほどしてから、オゾン層を壊していることが判明したのです。
これはまさに「想定外のこと」、つまりunknown unknownsでした。

しかし原発に関しては、known unknowns、つまり「解明されていない危険」につながる不確かなことが山のようにあったのです。
にもかかわらず、科学者や技術者はそれに目をつぶって金儲けに加担したのです。
そしてほとんどの国民は、その危険性を考えようともしなかったのです。
だれもが原爆と原発がつながっていることは知っていたはずです。
そして少しでも考える気があれば、原発の危険は想像できたはずです。
しかしみんな科学者や技術者や統治者の言葉を信じて、原発は明るい未来を創りだすものと考えていたのです。
原発を誘致すれば立派な施設ができ、仕事が増えると喜んでいたのです。

何をいまさら危険だとか安全だとか騒ぐ必要があるでしょう。
第一、防御などできようはずがないのです。

こんなことを言うと、また非難のメールが届くでしょう。
ではどうするのか、という指摘もあるでしょう。
どうすればいいかは事故のあった直後にこのブログで書きましたから、繰り返しませんが、
昨今の除染だとか出荷停止だとか、放射線対策だとかの動きを見ていると、
原発が安全だと信じて行動していたのと同じ繰り返しが行われるような気がしてなりません。

私には放射線汚染に関するデータを読み解く力はないのですが、そんなデータの変動など気にせずに、以前とは全く違った世界に生きていることを認識して、自分の判断で暮らしていこうと考えています。
寿命が縮まったとしても、それは仕方がないことです。
それにしても、データでごまかすのは止めて欲しいとは思っていますが。
そして科学者や技術者は、きちんと自己総括して欲しいとも思っていますが。

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