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2011/12/15

■節子への挽歌1564:自省

節子
鈴木さんが小池龍之介さんの本を送ってきてくれました。
小池さんの主張には私が否定的なのを鈴木さんはよく知っているので、「ピンとこないようでしたらポイしてください」というメモが入っていました。
先週、スマナサーラさんの活動を支援している知人から、次のメールを書き添えて、初期仏教セミナーの案内が届きました。

佐藤様が長老は無礼な人だとお怒りでいらっしゃると仄聞致しましたので、まだそのお気持ちが続いているのでしたらこのメールは破棄をお願いします。
お2人からの言葉を読んで、無礼なのは私のほうだと反省しました。
私はほとんどすべての人が好きなのですが、人を導く立場や人を統治する立場、あるいはみんなで創りあげている組織をマネジメントする立場の人には好き嫌いをいささか過剰に表明することが多いのです。
このブログでもそうしたことが少なくないと思います。
もちろん理由をあげてですが。

スマナサーラさんや小池さんは、現代の若者たちに大きな影響を与える立場にあります。
ですからついつい評価が厳しくなります。
しかし、他者を非難することはどういう理由があろうとほめられることではありません。
節子がいたらきっとたしなめてくれるでしょうが、そのタガがなくなったので、表現が時にきつくなりすぎるのです。
困ったものです。

そんな反省から、スマナサーラさんや小池さんの本を改めて読んでみることにしました。
実は時々そう思うのですが、実際にはなかなか読めずにいました。
勢いがついた時に読まねばいけません。
そこで先ず読んだのが、鈴木さんから送られてきた小池さんの「心の守り方」です。
本の帯にこう書かれています。
 私たちの苦痛は、本当に現実がもたらすものか?
私たちが幸福だと思いこんできたものは本当の幸福だったのか?
この言葉には何の違和感もありません。
しかし本文を読み出すと、やはり違和感が生まれてくるのです。
でもまあ、せっかく読み出したのですから、もう何冊かを読むことにします。
節子が読んだらどう思うか、それが訊けないのが残念です。
たぶん私と同じ感想だとは思ってはいるのですが、節子は私よりもバランス感覚は少しだけたかったので、もしかしたら違うかもしれません。

それにしても、どうしてスマナサーラさんや小池さんがそんなに話題になるのか。
社会が病んでいるのでしょうか。
それとも私が病んでいるのか。
自らを相対化できないことは、それなりに辛いものです。

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