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2011/12/27

■健全な老化は健康の証拠

フェイスブックに次のようなことを書きました。

昨夜は小学校時代の悪がきたちと忘年会でしたが、相変わらずまた病気の話になりそうでした。そこで、最近私が気にいっている「健全な老化」論を持ち出しました。それに従えば、高齢者に伴う心身の問題は、ほとんどが「健全な老化」現象で、つまりは「病気」ではなく「健康の証拠」なのです。その言葉のおかげで、病気論を健康論に変える事ができました。これからどんな「健全な老化」が展開されるか楽しみです。
この書き込みにいろんな反応がありました。
なんと半日のうちに、30人近い人が「いいね」マークを押し、コメントも10件を超えました。
それで気をよくして、このブログにも書くことにしました。
最近、あまり「ブログねた」がないものですから。

イリイチは脱病院化社会を書き、現代の病気の本質を暴きだしましたが、「病原病」のウィルスはますます猛威をふるっています。
いまやほとんどの人は、病院に行きさえすれば、何らかの「病気」と診断されるでしょう。
様々な機関や人が、健康の定義をしていますが、「健康」ほど恣意的なものはありません。
家畜の健康ならいざ知らず、主体的に生きている人間の健康などというのは、本来、定義されるべきものでも、定義できるものでもありません。
健康を定義しようと、もし本気で考えている人がいたら、人間と言うものが全くわかっていない、異常なほどに不健全な病人でしょう。

健康の定義は、見事なほどに「産業」や「経済」とつながっています。
メタボ検診などという、余計なお世話が横行していますが、基準をちょっと変えるだけで、健康と非健康の差は変えられます。
そんなものに一喜一憂する、家畜のような存在にはなりたくありません。

加齢と共に、心身の機能的な衰えが起こるのは当然です。
それこそが、人間の価値です。
その速度や変化の仕方は、人によって違います。
標準などはあろうはずもないのです.
加齢による老化は、まさに健全な現象なのです。
と考えれば、健全な老化とは「健康の証拠」とさえいえるわけです。
そう考えれば、病気観は一変します。

老化だけではありません。
もし生命現象の多様性を素直に受け容れれば、風邪さえもが健康の証拠とも受け止められるのです。
人生観も変わってきます。

私は今、認知症予防の問題にささやかに関わっていますが、仲間たちにはいつもこう話しています。
「認知症は予防ではなく、健全な老化の一種ではないか」と。
認知症だって恐れることなどないのです。
問題は、認知症にしろ風邪にしろ、ちょっと心身に機能障害が発生すると、みんなが病気だと思うことです。
ほんとうに住みにくい社会になったものです。

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