« ■節子への挽歌1562:「ときめき片付け法」 | トップページ | ■65歳再雇用と若者の働き場 »

2011/12/14

■節子への挽歌1563:愛の気

節子
最近、夢に節子がよく出てきます。
といっても、節子の姿形がでてくるというよりも、節子を感じさせる夢といったほうが正しいでしょう。
登場人物は娘たちだけなのに、節子の存在があきらかなことも多いです。
明らかに節子でない人なのに、そこに節子を感じることもあります。
いずれにしろ、目が覚めると節子がいた感じが残っているのです。
そしてなにかとても「あったかな雰囲気」が余韻として残っているのです。
目が覚めた後も、数時間はその「あったかさ」が残ります。
これがもしかしたら「愛」ではないのか、とふと思いました。

愛に包まれた人はいつも幸せでしょう。
愛する相手が五感では確認できなくとも、存在を確信できればどんなに心やすまることでしょう。
私にはキリスト教はまったく理解できませんが、「神と共にある」とはこういうことなのかもしれません。
それが実感できれば、磔にも歓びを感じられるかもしれないと気づきました。

西洋文化における3つの「愛」として、エロス、フィリア、アガペがよくあげられます。
極めて大雑把に言えば、自分のための愛のエロス、分かち合う仲間の愛のフィリア、個を超えた愛のアガペといっていいかもしれません。
キリスト教では、アガペの愛は「神より出ずる愛」とされています。
私自身は、この3つの愛を一体として捉えているのですが、この挽歌を書き出してから、そのことを改めて確信するようになってきました。
そこには、華厳経が説くような、ホロニックな構造があるのです。
神は、まさに自らの中にいるのです。

今日も寒い1日になりそうですが、節子からもらった「あったかな愛の気」のおかげで、あたたかな1日にできるかもしれません。
夢に出てくる節子の「愛」は、実にあったかく、私を幸せにしてくれます。
節子にいつも心から感謝しています。
できるならば、いま一度、五感で抱きしめたいのですが、それこそ適わぬ夢でしょう。

|

« ■節子への挽歌1562:「ときめき片付け法」 | トップページ | ■65歳再雇用と若者の働き場 »

妻への挽歌08」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: ■節子への挽歌1563:愛の気:

« ■節子への挽歌1562:「ときめき片付け法」 | トップページ | ■65歳再雇用と若者の働き場 »