■節子への挽歌1554:いのちの強さとはかなさ
新聞で知人の死を知りました。
驚いて共通の知人に電話したら彼もまだ知りませんでした。
その人に最後に会ったのは1年ほど前です。
湯島に訪ねてきてくれました。
夏に弟さんから兄の体調がちょっとよくないと聞いていましたが、まさかそんなに悪いとは思ってもいませんでした。
まだ50代の半ばです。
思い出したのは、20年近く前の友人のことでした。
病気で入院したと聞いたのでお見舞いに行こうと思ったら、今はまだ手術後で話せないのでもう少し落ち着いてから来てほしいといわれました。
のどの手術だったのです。
それもそうだなと納得してお見舞いに行きませんでした。
しばらくしてそろそろ行こうと思い出だした矢先に訃報が届きました。
とても後悔しました。
彼も50代半ばでした。
その人は会社時代の先輩でしたが、湯島にもよく来て、節子のお気に入りの一人でした。
節子が娘たちと香港旅行に行くと言ったら、メモまで作ってきてくれて、節子にガイダンスしていたのを覚えています。
私はそこには入れませんでしたが。
お見舞いは早く行かなければいけません。
また前と同じ過ちを重ねてしまいました。
それにしても、突然の訃報は人の命のはかなさを教えてくれます。
訃報は突然に届きますが、その後には「生きよう」「生きていてほしい」という物語が繰り広げられているのです。
その長くて重い物語を一緒にやってきた者として、それがよくわかるのです。
その人はどんな物語を繰り広げていたのでしょうか。
いろんなことが思い浮かびます。
当人も、周辺の人も、大変な思いを重ねてきたはずです。
そうしたことを体験すると、命の強さも感じられるようになります。
「生きよう」「生きていてほしい」という思いが、どれほど命を強くすることか。
しかし、だからこそまた、命のはかなさもしみじみとわかるのです。
強さとはかなさ。
いずれも、私にはとても哀しく、とても辛い思い出しかないのですが。
Mさんのご冥福を心からお祈りします。
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