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2012年1月

2012/01/31

■節子への挽歌1611:アンナ・カレーニナの原則

「幸福な家庭はどれも似たものだが、不幸な家庭はいずれもそれぞれに不幸なものである」。これはトルストイの小説『アンナ・カレーニナ』の有名な書きだしの部分です。
29日のグリーフケアのワークショップでも、そのことを実感しましたが、それに参加するための大阪に向かう新幹線で読んだジャレド・ダイアモンドの「銃・病原菌、鉄」という歴史書に、この言葉が「アンナ・カレーニナの原則」として紹介されていました。
ジャレド・ダイアモンドは、こう解説しています。

結婚生活が幸福であるためには、互いに異性として相手に惹かれていなければならない、金銭感覚が一致していなければならない、そして、子供のしつけについての考え方、宗教観、親類への対応などといった、男と女が実際に生活をともにするうえでいろいろ重要な事柄について、2人の意見がうまく一致していなければならない、ということである。これらの要素は、幸福な結婚生活の実現になくてはならぬものであり、ひとつとして欠けてしまえば、その他もろもろの条件がすべてそろっていたとしても結婚生活は幸福なものにならない。
一つでも欠けていれば不幸になるとしたら、その「欠け方」は実に多様なわけです。
ジャレド・ダイアモンドは、このことは、結婚生活以外にもいろいろな事柄にあてはまる「一つの原則」だと言い、それを「アンナ・カレーニナの原則」と名づけたのです。
そして、多くの人は、「成功や失敗の原因を一つにしぼる単純明快な説明を好む傾向にあるが、物事はたいていの場合、失敗の原因となりうるいくつもの要素を回避できてはじめて成功する」と述べています。

私は、必ずしもそうは思いません。
幸福も成功も、同じようにさまざまなものであることを知っているからです。
そしてまた、幸福と不幸、成功と失敗は、それぞれが同じ事象の裏表からの捉え方だとも思っているからです。
たしかにジャレド・ダイアモンドの「アンナ・カレーニナの原則」はとてもわかりやすく、話としては面白いです。
私も2年前までであれば、確実にそう思っていたはずです。
しかし、最近はちょっと違います。

一昨日のグリーフケアのワークショップに参加した人たちも、みんな事情は大きく違いました。
思いも違っていたでしょう。
しかし、話していて、なにかどこかに共通するところが伝わってくるのです。

セルフヘルプグループというのが増えてきています。
同じ悩みや困難や問題を抱えた人たちが、当事者同士の自発的なつながりで結びついたグループです。
1930年代にアメリカのアルコール依存症者の間で生まれ、その後、さまざまな問題を持つ人たちの間に広がっています。
このことからもわかるように、実は「不幸」もまた深くつながっているわけです。

さらにいえば、不幸や悲しみや辛さを体験した人は、他者のそうしたことに共振する心身になるような気がします。
少なくとも私は、そうです。
これをなんと名づけましょうか。

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2012/01/30

■節子への挽歌1610:「大切な人を失うって、どういうこと?」

昨日のワークショップの午後のテーマの一つが、「大切な人を失うって、どういうこと?」でした。
私には、「失う」という言葉に違和感がありましたので、そのことを話させてもらいました。
失っていない、むしろこれまで以上に身近に感ずると話したのです。
共感してくれる人もいました。

私とほぼ同世代の女性が、「死別した人のところには後妻にいくな」と昔から言われていました、と話してくれました。
死別した人は、伴侶の良さをどんどん頭の中で増幅していき、忘れられないのだそうです。
離婚した人は、逆に相手の悪いところを増幅させるので後妻に行っても大丈夫だといわれていたそうです。
奇妙に説得力のある話です。

私が、今も妻はすぐ近くにいるような気がしますというと、夫を亡くした女性が、私もそうですと言いました。
弟さんを亡くされた女性が、それを聞いて、こんな話をしました。
弟は遠く離れたところに住んでいて、これまでも1年に1回会うかどうかだった。
だから死んだからといって、別に何かが変わったわけではない。
まだ生きていると思えば、なんでもない。
しかし、亡くなってから、弟の存在が強く意識され、心が乱れる、と。
彼女はまだかなり精神的に不安定のように感じました。

彼女にとっては、弟との死別が、弟との距離をなくし、関係性を意識させることになったのかもしれません。
「死」が「存在」を意識化したと言ってもいいでしょう。
夫を失った女性が、いる時には何にも感じなかったのにと、ポツンと言いました。

「失う」とは何でしょうか。
「別れ」とはなんなのか。
とてもたくさんの学びと気づきがありました。
その分、深く深く疲れました。

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2012/01/29

■節子への挽歌1609:グリーフケアのワークショップ

節子
大阪で行われたグリーフケアのワークショップに参加しました。
今回は自死遺族を主な対象にしたワークショップです。
主催者が、「自殺のない社会づくりネットワーク」の仲間で、自殺防止をテーマにした4回シリーズの集まりを企画したのですが、その中で一番重要なのがこのワークショップでした。4回目は私もコーディネーターを引き受けているのですが、何しろ彼女にとっては初めての活動なので、いささかの心配もあって、今回は一参加者として参加しました。
とてもいいワークショップでした。

最初のセッションは、グループに別れて、それぞれが一人称で「喪失体験を語る」というプログラムでした。
身近な人の自死が基本テーマでしたが、それ以外の人も参加していました。
最初はなかなかみんな話しにくい感じでしたが、少しずつ話し出す人が出てきました。
そして私も節子との別れを話すことにしました。
淡々と語れるのではないかと思っていました。
ところが、話し出した途端に、涙が出てきそうになりました。
そして話し出しているうちに、なにやらわけのわからない瑣末な話をしだしてしまいました。
何を話したか思い出せませんが、少なくとも心がさらけ出されたことは間違いありません。
まだまだ精神は安定してないようです。

私の話を聞いていた目の前の人が、夫が2年ほど前に脳梗塞で急逝した話を始めました。
私が話した通りの思いだとも語ってくれました。
最後に、それまで一言も話さなかった私と同世代の男性が、話そうかどうか迷っていたが、みんなの話を聴いて、ここなら話してもわかってもらえるという気になったと前置きして、息子の自死の話を始めました。
最初のセッションが終わった後、少しだけみんな気分が軽くなったように感じました。

私が印象的だったのは、最後の男性の「ここならわかってもらえる」という言葉でした。
自らの思いをわかってもらえることが、グリーフケアの基本かもしれません。

さまざまな人たちが参加していました。
どこかに悲しさと怒りを漂わせながら、しかしみんなとても優しくあったかでした。
午前午後の長いワークショップでしたが、終わった時にはみんなとてもいい表情でした。

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2012/01/28

■節子への挽歌1608:関係性

節子
この数日、「関係性」について改めて考えています。
23年ほど前に会社を辞める直前に行きついたテーマが「関係性」だったのですが、それ以来、考えるでもなく考えてきました。
最近、改めて「関係性」の重要性を実感しています。
個人は個人として生きているのではなく、さまざまな人や自然との関係性の中で生きているということです。
仏教でよく語られる「人は生きているのではなく生かされているのだ」ということはとても納得できます。
あたたかな関係性の中で生きていると、実に心地よいのです。

ところが、その関係性が壊れてしまうとどうなるか。
私は節子を見送ることで、それを少し体験しました。
それまで営々として築いてきた自分の世界が壊れてしまった感じで、まさにおろおろとせざるを得ませんでした。
そこから抜け出られたのは、節子はいなくなったけれども、節子との関係は存在することに気づいたからです。
その関係を実感する体験もいろいろとしました。
それが、私の世界がゆるやかに変わりだす契機になりました。

人との関係が育つと、それを壊したくないとみんな思います。
しかし、節子との関係のように、お互いにそのまま持続したくてもできない場合もあります。
そしてある関係が変化すると、その周辺の関係にも微妙な影響を与えます。
節子との別れを体験した後、私の人との付き合いの世界は変わりました。
それまでよく湯島にも来ていた人が、なぜか突然来なくなったりしました。
節子がいなくなったからではありません。
たぶん節子がいなくなったことで私が変わったためでしょう。
私には理由が全くわからない場合もありますが、変化には必ず理由があります。

最近、親しい友人たちとの意識のずれを感ずる時が増えています。
おそらく問題は私自身にあります。
もしかしたら多くを期待しすぎるためかもしれません。
角を立てずに関係性を維持することが、ますますできなくなってきています。
此岸での残り時間が少なくなってきたからかもしれません。
節子がいたら、きっと和らげてくれるのでしょうが、どうもうまく生きられない自分を感じます。

私全体を受け容れていた人がいなくなることの、それが意味かもしれません。
いつか書きましたが、基軸がなくなると、人は戸惑い、怒りやすくなるのかもしれません。
まさに、今の私がそうかもしれません。
心しなければいけない、と、そう思います。

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2012/01/27

■節子への挽歌1607:半脳も削がれてしまっているようです

節子
いろいろと新しいことを始めすぎてしまい、いささか混乱しています。
一時は少し整理された自宅のデスクも書類が山積みです。
読まなければいけない資料や手紙も、いまや限界を超えてきています。
その上、最近はややこしい問題が多発し、人嫌いになりそうです。
まあ、節子がいた頃も、時々、こういう状況になってしまい、節子にSOSを求めたこともありました。
しかし、今はすべてを自分で消化しなければいけません。
そのため、挽歌も時評も書けない日が増えてきています。

今年になって脳の本を何冊か読んでいるのですが、そのどこかにたぶん書かれていたことですが、人間の脳は「個人」単位では完結していないようです。
そのことは実感として納得できます。
節子がいた時には、私の思考世界はもう少し広かったように思います。
つまり節子の脳も活用していたということです。
考えることがもっと楽しかったような気がします。
あまり論理的には説明できませんが、感覚的にはそんな気がするのです。
太い関係性を持った人の脳とは思考を分かち合えるわけです。
なかなかわかってはもらえないでしょうが。

ともかく最近はいささかパンクしているのです。
半身削がれただけではなく、半脳も削がれてしまっているようです。
さてさて、どうやってバランスを回復するか。
明日から大阪ですが、新幹線の中で少し考えましょう。
挽歌も挽回しようと思います。

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■安心させるためのデータ

最近、テレビや新聞に地域別の放射線量データが表示されています。
ところが、千葉を代表しているのが「市原市」です。
私は千葉の我孫子市に住んでいますが、そこのデータと市原市のデータはかなり違います。
市原市のデータでは原発事故以前と今とではほとんど差がありません。
ところが我孫子周辺はホットスポットと言われるところで、大きく変化しています。
実際にわが家の周辺を測定した値と市原市の公表データとは数倍の差があります。

抗した問題の時に、私は以前から妻に感想を聞くようにしていました。
私は、千葉を代表するのがなぜ市原市なのかというような問題に、理由を見つけ出す習癖があるからです。
私に限らず、男性は往々にしてそういう習癖があります。
その点、女房は、あるいは女性は、そんな理屈をさがすことなく、生活感覚で答えるからです。

残念ながら、妻は数年前に見送ってしまいましたので、最近は娘に訊くようにしています。
娘は、生活者に不安を与えないためだよ、といともあっさり答えました。
娘も、権威が発表する数字には信を置いていないようです。
「安心させるためのデータ」
データには、いつもメッセージがあります。
一時期、これもテレビなどで盛んに流された電力需給予想などは、原発が必要だという一種の「洗脳行為」でした。
まあそれは言いすぎかもしれませんが、データは多くの場合、聴き手を操作するという発表者の意図がこめられているわけです。
それが悪いわけではありません。
的確に使われれば、正の効果を出すことも少なくないからです。
しかし、負の効果を出すこともあるのです。

データはほんとうに恐ろしいほどのパワーを持っています。
それに振り回されないためには、広い世界を持たなければいけません。

ちなみに、「安心させるデータ」が横行するという状況は、決して安心できない状況だと言うことです。

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■節子への挽歌1606:パセーナディの問い

原始仏典の阿含経が最近注目されていますが、その一つ『サンユッタ・ニカーヤ』に有名なコーサラ国王パセーナディとマリッカーの対話の話があります。

国王は王妃に、「マリッカーよ、この世で一番愛しい人は誰かね」と訊ねます。
王は、当然、マリッカーが「王」と答えると思っていたのです。
ところがマリッカーは「私にとって一番愛しいのは自分自身でございます」と答えたのです。
そして、「ところで王様、あなたはいかがですか」と訊かれます。
王様も結局は「私にとっても、私自身が一番愛しい」と答えるのです。
この話をパセーナディから聴いたブッダは答えます。
「人の思いはいずこへゆくも、自己より愛しきものはない。それと同じく、他の人々にも自己はこの上もなく愛しい。さらば自己の愛しきを知る者は、他を害してはならぬ」。

この話には、次のようなことが含意されていると多くの本には書かれています。
自己を愛する人は、他人を愛する。
自己へ向けられた愛のごとく、他人へ愛を与える。
他人を害する者は、自分自身を害している。

私にはかなり違和感があります。
私とは発想が逆なのです。
もっと正確に言えば、私であろうと相手であろうとどちらでもいいのです。
この問い自体に、パセーナディの愛の本質が見えてきます。
ブッダの答えも私には不満です。

私は昨今の原始仏典ブームに大きな違和感を持っています。

私はこの問いに、こう答えます。
私たちの関係を支えてくれている、すべての人が愛おしい、と。
大切なのは、関係性なのです。
一人の個人ではありません。

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2012/01/26

■歴史を学ぶことの落し穴

私もそうですが、多くの日本人は虹を7色だと考えています。
しかしそれは世界的には極めて少数派なのだそうです。
アメリカでは6色、中国では5色というのが常識だそうです。
沖縄では、なんと2色だそうです。
沖縄の人が読んでいたら、ホントかどうか教えてください。

たしかに私も虹の色を数えたことはありません。
虹は7色、と思い込んでいるので、7色に見えるのでしょう。
私たちが見ている世界は、住んでいる世界の常識によって違っているわけです。
7色だと言われればそう見えますし、5色だと言われればそう見えます。
こういう例はいくらでもあります。

「新しい世界史へ」という羽田正さんの本を読みました。
最近出版された岩波新書ですが、読んでいて自分の世界観の偏りを思い知らされました。
羽田さんは、日本の「世界史」の記述は、次の3点に問題があると言います。
まずは「日本人の世界史であること」。
世界史の記述は、国によってかなり違うようです。
ですから、他の国の「世界史」とは違うという認識が必要だといいます。
当然のことでしょうが、改めて言われるとハッとします。
次に「ヨーロッパ中心史観から自由でないこと」。
これは私も大きな問題意識を持っていました。
一時、梅棹さんが生態史観を打ち出しましたが、これもヨーロッパ中心史観だという認識は私にもありました。
ところが3つ目の問題は、これまでまったく意識してきませんでした。
羽田さんは3つ目として、「自と他の区別や違いを強調すること」をあげているのです。

歴史は、歴史を語る人たちのアイデンティティの基本を形成します。
そのことは私も知っていましたし、体験したことでもあるのですが、「自他の違いを強調」という認識はありませんでした。
確かに、歴史が戦争を起こしているのかもしれません。

歴史を学びあうことで平和が到来するのではなく、歴史を創りだすことで平和が到来するのだと改めて思いました。
羽田さんの本はとても面白いです。

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2012/01/24

■節子への挽歌1605:2枚の写真

節子
今朝起きたら、雪で真っ白でした。
庭のテーブルに積もっていた雪を測ったら5センチでした。
屋上から白い世界を久しぶりに眺めました
遠くに富士山もかすかに見えました。
今年初めての富士山でした。

数年前に九州の大日寺の庄崎さんから節子の話を聞きました
白い花に囲まれていると言っていましたが、こんな風景なのでしょうか。
雪景色を見るといろんなことを思い出しますが、白い花と言われると、献花に包まれた節子も思い出します。
一時期はわが家も白い花でいっぱいになりましたから、私にはむしろ哀しさが浮かんできます。

20120125

最近、机の前の写真を変えました。
節子一人の写真ではなく、私と2人で並んで撮った写真を置いています。
節子の使っていた周辺を整理したら、写真立てが出てきました。
そこに2枚の写真が入っていました。
いずれもまだ節子が病気になる前の写真です。
1枚は、たぶん私も40前後だろうと思います。
どこで撮ったのか定かではないのですが、背景には桜が満開です。
その写真の横に、なぜか私の37歳の時のパスポートに使った写真がはさんでありました。
もう1枚は転居前の自宅の前で撮った写真です。
2枚の写真の間には、たぶん10年以上がたっています。
比べてみると、かわいらしい節子とたくましい節子です。
私についてくる節子と私を引っ張る節子です。
それに比例して、私も変化しています。
そして、2枚目の写真からいまは10年以上経過しています。
70代の私たちの写真がないのがとても残念です。
その写真があれば、私たちの関係がまさに逆転したことがはっきりと見えるでしょう。

節子は、この2枚の写真をどうして選んだのでしょうか。
気にいっていたのでしょうか。
そう思いながら写真を見ていると、節子が今にも話し出しそうです。
やはり胸がつかえます。
節子の写真をじっくりと見るのは、今もなお辛いです。

話しがそれましたが、節子も冬景色が好きでした。
きっと見ているでしょう。

今日も寒い夜です。

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■コピーペーストした他人事の施政方針演説

野田首相の施政方針演説をネットで読みました。
いつもならできるだけ映像できちんと見るのですが、今回はその気力が出ませんでした。
読んだ時にはあまり気にならなかったのですが、テレビのニュースを見ていて、気になったことがあります。
政治。行政改革に対する決意を述べた最後の言葉です。
「私もリーダーシップを発揮してまいります」
よく聞くフレーズのような気もしますが、なんとなく違和感があります。
気になったのは、リーダーの立場にある本人が自分で言うべき言葉なのだろうかと言うことです。
正しい使い方なのかもしれませんが、どこかにおかしさを感じます。

リーダーシップは指導力とか統率力と訳される言葉です。
その訳自体も私には少し違和感がありますが、まあそれに置き換えると、
「私も指導力を発揮してまいります」
ということになります。
やはりピンと来ません。

では、私が、「野田首相はリーダーシップを発揮している」と言うのだったらどうでしょうか。
「発揮」と言う言葉に少し抵抗がありますが、まああまり違和感はありません。
自分のことをいう言葉ではなく、他者から言われる言葉のような気がします。

「決意」として「リーダーシップを発揮」というのも違和感があります。
あまりに間接的、観察者的です。
決意すべきは、発揮ではなく、実現だろうと思います。

まあ瑣末な言葉の問題だと言われるかもしれませんが、
野田首相は「言葉」だけで生きている人のように思えてなりません。
つまり内容がないのです。
駅頭演説を長年やってきたからでしょう。
学ぶことをあまり軽視してきたのでしょう。
昨今は「プレゼンテーションの時代」ですので、私の周辺でもプレゼンテーションを学ぶ人が多いですが、そういう人は押しなべて内容がありません。
内容がないから技法や言葉で飾り立てるのです。

それにしても、歴代の首相の施政方針演説の言葉を取り込んで、コピーペーストした野田首相はまさに時代を象徴しています。

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■「泥棒は物がうまく盗めれば成功だ」

昨日、ある集まりで、ある人が「泥棒は物がうまく盗めれば成功だ」と言うような話をしました。
盗まれたほうは被害をこうむるわけですが、盗んだほうは喜べるわけです。
その話を聴きながら、果たして自分はどちらにいるのだろうかと、思ってしまいました。

同じ集まりで、その前にTPPの話が出ました。
農協はTPPに反対しているが、共済事業関係者はあまり反対の動きをしていないのは問題だとある人が言ったのです。
その集まりには共済事業関係者が多く、しかもみんなTPP反対の立場から行動をしなければいけないと思っている人たちでした。
私も、みんなと同じ立場なのですが、ついつい余計な発言をしてしまいました。

農協がTPPに反対するのは自らの立場が弱くなりかねないからではないか。
農業関係者にはTPP賛成の人も多い。
これまで農協や農水省が牛耳ってきた農業をTPPという外圧が壊してくれるという期待もある。
これではまるで私はTPP賛成論者みたいだなと我ながら思ってしまいました。
もちろん問題はそんなレベルの話ではないと私はおもっています。
TPPは経済の話ではなく文化の話だと考えているのです。

「泥棒は物がうまく盗めれば成功だ」という話は、この話題とは全く別に出されたのですが、私には奇妙につながって感じられました。
立場が違えば、評価は全く違ってきます。
ですから、どちらが絶対に正しいなどと言うことはありません。
そこが人間社会の悩ましさです。

他者の物を盗む泥棒は悪いとしても、他者の物が、その他者が盗んだものだとしたらどうでしょうか。
たとえば、いま私たちが浪費している自然環境は、誰のものでしょうか。
海外から輸入されてくる生活物資は誰かのものを盗んではいないのか。
もちろんお金を払っているとしても、本当に正当の対価を払っているのでしょうか。
もし正当な対価を払っているとしたら、貧富の差など生まれないのではないか。

そもそも私が住んでいる土地はどうして私のものなのか。
土地が誰かのものになった最初の理由は何でしょうか。
やはり最初は「泥棒的な行為」から始まっているような気がします。
だとしたら、今の泥棒は、ただ単に時代を間違えただけではないか。
とまあ、こう考えていくと、なんだか自分が泥棒のような気がしてきました。

消費税と泥棒とどこが違うのか。
これも悩ましい問題です。

いま改めて、カール・ポランニーの『経済の文明史』を読み直しています。
経済って一体何なのか、ますますわからなくなってきています。
困ったものです。

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2012/01/23

■節子への挽歌1604:怒りの呪縛、悲しみの呪縛

節子
私のブログを読んだ、見知らぬ人からメールが来ました。
その人は、家庭内暴力(DV)で訴えられ、裁判で親権を奪われたそうです。
その人から数年前、自分は冤罪であるということを書いた分厚い資料がわが家のポストに投函されていたのです。
その時は名前も何も書いていなかったので、なんとなく嫌な気分で、そのことをブログに書きました。
私は、匿名で人を批判する人が好きではないので、批判的に書いたかもしれません。

もうすっかり忘れていましたが、その人から突然メールが届きました。
ネットで検索していて、私のブログ記事を見つけたようです。
長いメールでした。しかし、今回は実名でした。
同じ我孫子市内に住んでいる人だともわかりました。
会うことにしました。その旨、メールしました。
昨夜、メールが届きました。

そこに、こう書かれていました。

わたしのしている事は、保健所だか、役所だかに愛犬を殺され?て、役人だかを殺した小泉なんとかと変らないのではないかと、思ってはいます。
(中略)
異常な怒りが止められないのです。
この人は、裁判でDVと判定されたのでしょう。
その裁判の時に、裁判官に向かってペットボトルを投げつけて、新聞で報道されたこともあるようです。
その新聞記事も教えてもらいました。

その方も、もしかしたらまたこのブログを読んでいるかもしれませんが、そのメールを読んで、ますます会わなければと思いました。

家族を不条理に壊されたら、異常な怒りが生まれることはよくわかります。
「不条理」かどうかは、人によって受け取り方は違います。
裁判は決して、双方にとっての正義をもたらしません。
私の感じでは、強いものに加担するのが、多くの裁判です。
司法制度を管理しているのが、権力ですから、それは仕方がありません。
あれ、何やら時評的になってしまいました。

その人と会った後で、また時評編にも書こうと思います。
しかし、今日、書きたかったのは「怒りの呪縛」ということです。
もしかしたら、「悲しみの呪縛」と言うものもあると思ったのです。
もしそうならば、私もこの人と同じところにいたかもしれません。
「悲しみの呪縛」についてはまた書きたいと思います。

ところで、この人の「異常な怒りの呪縛」を解かなければいけません。
小泉某のようになってほしくありません。

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2012/01/22

■節子への挽歌1603:人生のピーク

節子
節子がいなくなってから、何が変わったのでしょうか。
お風呂に入りながら、ふとそんなことを考えました。
すべてが変わったとも言えるし、何も変わらないとも言える、そんな気がしました。

形の上で変わったことはたくさんあります。
たとえばお風呂も、節子がいる時は一緒に入りました。
入浴時は、私たちのそれぞれの1日の報告の場でもありましたから、ずっと話し合いながら入浴しました。
今はいつも私一人です。
しかし、節子との話はいまも続いています。
入浴時は、節子と話していることが多いのです。
時々、名前さえ口から出ます。
いささかみっともないかもしれませんが。
ですから変わったといえば変わったし、変わらないといえば変わっていないのです。

明らかに変わったのは何だろうと考えました。
答は、好奇心が落ちてしまったことだと気づきました。
自分の世界を広げることに興味を失ったような気がしてなりません。
もちろん今も誰かから新しい話を聞くと、心身が動きます。
そこまではあまり変わっていないのですが、そこからがまったく違います。
行動に結びつかないのです。行動が広がらないのです。
そのことに気づいたのです。

人の人生のピークはいつでしょうか。
その答がわかったような気がします。
それは最愛の伴侶と別れた時です。
最愛でない伴侶、あるいは伴侶ではない最愛の人ではありません。
最愛の伴侶です。
伴侶でなくただ愛する人であれば、いつか伴侶にめぐり合える時まで人生は上向きです。
最愛の伴侶でなければ、いつかその伴侶が最愛の人になるかもしれませんし、別の伴侶とのめぐり合わせがくるかもしれません。
いずれの場合も、まだ先に人生のピークがあるのです。
しかし、最愛の伴侶の場合は、もうピークはないのです。
ですから、後は静かに下り坂を下りるだけなのです。
お風呂に浸かりながら、そんなことを考えました。

なんだか寂しくてくらいと思われるかもしれませんが、そうではないのです。
その気づきは、私にはむしろ明るい気づきなのです。
なにしろ私は人生のピークを全うしたのですから。
そして、節子もまた人生のピークを全うしたのです。

今日はゆっくり眠れそうです。
そういえば、最近、節子の夢を見ません。
困ったものです。

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■節子への挽歌1602:愛こそが宇宙の根本的な原理

「愛」に関連して何回か書いたので、もう1回、少し話を飛躍させます。
宇宙は愛に満ち満ちているという話です。
いささか気恥ずかしい話ですが、何人かの方の最近のコメントに勇気づけられて。

映画「ソラリス」については何回か言及したことがあります。
ポーランドのSF作家スタニスワフ・レムの小説『ソラリスの陽のもとに』を映画化したものです。
私が、その小説に出会った年は、まさに節子と出会った年でもあります。
1964年頃、SFマガジンに翻訳が連載されていたのです。
その後、2回、映画化されました。
ソラリスは架空の惑星の名前ですが、その惑星を覆っている海が知性を持つ有機体なのです。
そして、ソラリス探索のために地球から来た宇宙ステーション「プロメテウス」の乗員に不可思議な厳格を生じさせるのです。
たとえば、主人公の前に亡き妻を現出させるのです。

節子がいなくなってから、この映画を観るとなぜかとてもあたたかな気持ちになれます。
そして私なら主人公のような行動はとらないだろうといつも思います。
映画の主人公は科学者ですので、そんな幻覚にはなかなか惑わされないのです。

それがなんだと言われそうですが、この映画を観ながら思い出したのは、リチヤード・モーリス・バックの「宇宙意識」です。
彼はその本でこう書いています。

宇宙は死んだ物質ではなく生きた存在である。
宇宙はあらゆるものが善に向かって進み、万人の幸福が長期間的には確実であるようにつくられている。
そして愛こそがこの世の根本的な原理である。
宇宙を生み出したのは、「愛」なのです。
これは、仏教の「大きな生命論」につながりますし、華厳経のインドラの網にもつながります。
仏教では、人は生かされているとよく言います。
それは「愛に包まれている」と言い換えてもいいでしょう。
宇宙の愛を感じられれば、人は平安な生を送れます。
覚るとは、宇宙の愛を悟ることかもしれません。

それにしては、地球は不幸や悲惨さに満ちています。
今この瞬間にも多くの無垢な子どもたちが、もちろん大人もですが、餓死し、病死し、殺されています。
愛などどこにあるのかと思いたくもなります。
しかし、いかなるところにも「愛」はある、宇宙は私たちを愛でつつんでいる、と思えば、気持ちは和らぎます。
そして、自らのわずかばかりの愛を、少しはまわりに分け与えられる気になるのです。
その愛は、環境ならずさらに大きくなって自らに戻ってきます。

なんだか寝言のようなことを書きましたが、節子とはこんな話を時々していました。
節子はいつも聴き役でしたが、とてもあたたかく聞いてくれました。
そしていつも、私を愛してくれました。
しかし、私は、その節子の愛に対して、お返しができなかった。
それが哀しくて仕方がないのです。

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2012/01/20

■節子への挽歌1601:「愛がすべての基本」

痛みを知ってこそ他者の痛みに共感できると、この挽歌では何回も書いてきました。
それが私の実感だったからです。

数日前に、Kさんがコメントを書いてくれました。

私は佐藤さんに一種の「愛」を感じました。
変な意味にとらないでください。^^;人類愛、とでもいうのでしょうか。
だから、佐藤さんはそういう愛をお持ちの方なので、きっと多くの人を惹きつけるのだと思います。
ここでの「愛」は、なんとなくわかります。
自分のことなのでいささか恥ずかしいのですが、15日に湯島で新年会サロンと言うのをやりました。
このブログにも直前に案内を書きましたが、まあ思いつきでした。
ところが、40人近い人が立ち寄ってくれました。
テーマもなく、会費まで取られて、しかも誰が集まるかわからない、全くの無駄な会です。
いろんな人が集まったのですが、ある人がポツンと「佐藤さんの人徳だよ」と口にしてくれました。
その言葉はこそばゆい感じがしましたが、私は同時に、その場に「愛」を感じていました。
そう発言してくれた人も、たぶん私を愛してくれているのです。
Kさんのいう「一種の愛」です。

米国の心理学者ハインツ・コフートは、愛がすべての基本であると言っています。
愛のなかで育った自己愛に満ちた人は、強く、そして楽しく生きられるというのです。
お金や権力などとは無縁に、愛を基準に生きていれば、人生は楽しくなるはずです。
私は、かなりそういう風に生きているつもりですが、まさにそれを実感しています。
たくさんの人に支えられて生きていることも実感していますが、「支えられる」とは「愛される」ということだと気づきました。
「支える」とは「愛する」と同義語だからです。

愛は、どこから生まれてくるのか。
イルカさん(歌手のイルカさんではないようです)という方はご自分のブログで、祖父母の愛は無条件だったと書いています
そのブログがずっと心のどこかに残っています。
まだお会いしたことはありませんが、イルカさんの周りにもきっと愛があふれているはずです。

さて私のことです。
私の周りに「愛」が集まりだしたのは、節子への愛のおかげだったような気がします。
節子を愛することで、人を愛することができるようになった気がします。
また「消化不足」のわけのわからない文章になってしまいましたが、いつかもう少しきちんと書けると思っています。
ハインツ・コフートの本を、一度、きちんと読んでみようと思います。

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■節子への挽歌1600:「節子がいる私」と「節子のいない私」

寒いです。
我孫子はみぞれが時々降っています。

10年前に離婚された方、まだ結婚されていない方から、コメントが書き込まれました。
お2人からは、「節子がいる私」を、少しだけうらやんでもらえました。
つい4年前には、節子に先立たれて、これ以上ない不幸を自らに重ねていたのに、いまはうらやまれても、それを素直に受け容れられる自分がいます。
とても不思議な気がします。

節子がいなくなってから、わが家はどことなく寂しく、哀しく、そして寒々としています。
節子の位牌の前には、いつも花が供えられていますが、それが逆に寒さを感じさせることさえあります。
和室にたてたコタツも、いまはそこに集まる人もいません。
身体は暖まりますが、心はなかなか温まりません。
今日のように、とても寒い日は、心まで冷えてきます。
実は、お2人からうらやんでもらえたような「節子がいる私」と同時に、「節子のいない私」が同居しているわけです。
そして、「節子がいる私」が「節子のいない私」を悩ませるのです。
なぜいまここに節子がいないのか、と。
そういう思いに襲われると、心身が動かなくなるのです。
その哀しさは、なかなかわかってはもらえないでしょうが。

愛する人が「いない」という意味はふたつあります。
「まだいない」のか「もういない」のか。
あるいは、「意識的にいない」か「身体的にいない」のか。
まあこんな理屈はどうでもいいのですが、心身が冷えてくると、そんなことまで考えてしまいます。
困ったものです。

まだ外はみぞれです。
明日の朝は白くなっているでしょうか。
朝起きて、窓を開けると真っ白な世界。
「雪だよ」と節子を起こしたことを思い出します。
雪の朝は、いつも私のほうが早起きでした。

それにしても寒いです。
手がかじかんできています。
節子に暖めてほしいです。
昔のように。

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■言葉の魔術

民主党の行政改革調査会が現在102ある独立行政法人を65法人に減らし、17の特別会計(特会)を11にする統廃合案をまとめた、と報道されています。
新聞の見出しには4割減と大きく書かれています。
これだけ読んで、多くの人は行政改革が動き出すと思うでしょう。
そこに、言葉の魔術があります。

よく読めばわかりますが、本当になくなるのはほんの僅かです。
統合や移管で、ほとんどは残ります。
場合によっては予算が増えるかもしれません。
政府の事業仕分けを傍聴に行った知人が、あれは「焼け太り」ならぬ「焼かず太り」だと怒っていましたが、形は変わりますが、たぶんほとんど何も変わらないでしょう。

そういえば、つい2日前の新聞にはこんな記事も載っていました。

2012年度の政府予算案に盛り込まれた独立行政法人向けの支出は、11年度比4.1%増と発表した。野田政権は消費増税法案の提出を控え、独法の4割削減を検討しているが、新年度の支出は増える見通しとなった。
言葉とは便利なものなのです。

議員削減の場合は、もっと恐ろしい内容が込められています。
今の民主党の案は、与党が有利になるような仕組みになっています。
量が質に転ずる典型的な例です。
少数野党にはきわめて不利に働く仕組みですが、多くの人は定員削減に反対する野党を非難するでしょう。
言葉は同じでも内容が全く違う場合が少なくないのです。

「国を守る」も同じです。
国をどう捉えるかで、国を守るということが国を壊すことを意味することもあります。
「消費税増税」もそうです。
時間軸をいれずに語ることで、実態が見えなくなります。
さらに、前にも書きましたが、消費税増税と税収増かも全く違う意味の言葉です。

そうしたように、あまりにも言葉がいい加減に使われ、小賢しい人たちが言葉を使って魔術をかけている。
最近のマスコミの報道を見ているとそんな気がしてなりません。

言葉は吟味して使わなければいけません。
念のために言えば、これは「言葉の定義」をはっきりさせろということでもありません。
言葉とはそういうものだということです。
そして統計や数値を扱う人は信じてはいけないということです。

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2012/01/19

■ストレスがたまるストレステスト

関西電力大飯原発のストレステスト(耐性検査)に関する経済産業省原子力安全・保安院の専門家会議の進め方が問題になっています。
アリバイ工作的な進め方は論外ですが、それに加えて、傍聴を拒否して相変わらずの密室談義を貫きました。
私のストレスはかなり上がって、机を蹴飛ばしたくなりました。
1日我慢して、怒りを抑えてから書き出したのですが、書き出すとやはり怒りが戻ってきてしまいます。
健康に良くありません。

その進め方を巡って、2人の委員は抗議を表明して会議を欠席したそうです。
たった2人しか、行動を変えた人はいないわけです。
相変わらず隠し続ける、つまり嘘を守る委員が大半と言うことです。
御用学者と言うか、犯罪者の片割れと言うべきでしょうか。
そもそも保安院は、すべての悪(嘘)の根源の一つだったのですから、「傍聴拒否」する立場などないはずです。
しかし、それを認めた経済産業省や政府は、嘘に加担しているということです。
私は彼らは殺人罪にさえあたるように思えてなりません。
もちろん事故後の行動のことを言っています。
その行為が今でも続いているのですから、何が法治国家だといいたいです。

元原子力プラント設計技術者の後藤政志委員は「傍聴者を締め出し、密室でやるような議論には参加できない」と述べたそうですが、ほかの委員はどう思っているのでしょうか。
一片の良識さえ持たないのでしょうか。
彼らは原子力に関してもたぶん「無知」でしょうが、良識くらいは持ってほしいものです。

まあこれ以上、書くとまた何を書き出すか心配なのでやめようと思いますが、科学技術者たちはこういう動きをなぜ放置しておくのか。
原子力関係ではないとしても、同じ科学者や技術者として、発言すべき事があるだろうといいたいです。
もっと自らの仕事に誇りを持ってほしいものです。

そういうお前は何をやるのかといわれそうです。
私もできるところで動こうと思います。
小さなことでしかありませんが、まずはある人に会う事にしました。
会ってもらえるといいのですが。
また書き込むようにします。
知行合一は私の生き方ですので。

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2012/01/18

■節子への挽歌1599:苦労こそが人を幸せにする

節子
節子も知っているNさんが久しぶりに湯島に来てくれました。
そして奥様にお花をと言って、お花代をいただきました。
辞退しようと思ったのですが、受け取ってしまいました。
今もなお、そう言ってもらえることがとてもうれしいです。

Nさんは、10数年前に会社を辞めて起業しました。
しかし、いまも苦労されているようです。
苦労していると、人は他者のことを思いやる心が起こるものです。
苦労は、人を優しくし、幸せにします。
つまり苦労こそが、人を幸せにするのです。
最近、そのことがとても実感できるようになりました。

帰り際に、Nさんに、奥さんにはすべて話してあるのかと訊きました。
半分くらい、とNさんは応えました。
みんな話すといいと言いたかったのですが、今回は言い切れませんでした。

なぜみんな、苦労を伴侶と分かち合わないのか、いつも不思議に思います。
分かち合えば、苦労は優しさと幸せにつながっていることに気づくのですが。
しかし、「優しさと幸せ」はいつ反転するかもしれない不安定さも持っています。
愛すればこそ憎しみが高まり、そしてまた、幸せが不幸にいかに転じやすいか。
そうした話は、世の中にはあふれています。
だから躊躇するのかもしれません。

いろいろな人が、私のところに来ては、いろんな悩みや迷いの話をしてくれます。
考えてみると、私はそういう、誰かに相談に行った記憶がありません。
迷いや悩みは、すべて節子と分かち合っていたからです。
そして、幸いにそれは反転することなく、私たちの間に「優しさと幸せ」を生み出してくれていました。
2人で解決できないことは、何一つないと思っていました。
そう思えていた頃が、私たちにとって一番幸せな時だったのでしょう。

その幸せを思い出して、最近、時々思うのです。
そのままずっと今も続いていたら、あまりに幸せすぎたのだろうな、と。
そして、その幸せに気づかないままにいたかもしれない、と。
あるいは、それが幸せから不幸に転じたかもしれない、と。
節子との別れは、むしろ私たちに、幸せをくれたのかもしれません。
おかしな論理ですが、とても納得できるのです。
Nさんのおかげで、そんなことを考えさせてもらいました。

節子の位牌壇は、お正月の花でまだ賑やかです。
すかしユリも満開です。
それが終わったら、節子が好きだったカサブランカを供えさせてもらおうと思います。


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■自分ってなんだろうか

人の顔の写真を裏表にするとかなり印象が変わるそうです。
自分で確かめればいいのですが、実はあんまり変わらないのです。
たとえばモナリザの絵を左右逆にしてみると、モナリザの表情が変わるというのですが、私にはあんまり違いがわかりません。
皆さんはどうでしょうか。
しかしまあ、左右反転させると違うものになるという前提で、話を進めます。

鏡に映る自分は、自分から見ると左右が反転しています。
ですから自分で見る自分と他者が見る自分とは同じではないのです。
鏡に映っている自分を、別の鏡に映してみた顔が、他者に見えている自分というわけです。
しかし多くの人は、左右反転した鏡の顔を自分の顔と思っているわけです。
写真写りが悪いと思っている人は多いと思いますが、こうしたことが一つの原因といえるでしょう。

私はほぼ白髪です。
1年ほど前から黒く染めました。
キチンとではなく、シャンプーした後のヘアカラーリンスで染めています。
なぜそうなったかを話し出すといろんな話があるのですが、今回はそこはどうでもいい話です。

先日サロンに出た人から、佐藤さん、髪の毛が紫、いや青いですね、といわれました。
娘からもよく言われます。
キチンとヘアカラーリンスを使っていないので、黒くなっていないのでしょう。
しかし、鏡で自分を写して見ると灰色にしか見えないのです。
鏡に映る自分と他者が見る自分は、やはり違うのでしょうか。

娘によく聞いてみました。
近くで見ると灰色だが、遠く離れると紫だったり青かったりするのだそうです。
それで理由が分かりました。
これからは定期的にカラーリンスを使うようにしようと思います。

実はもう一つ違いがあるように思います。
前に書きましたが、人間の目は画素の少ない粗雑な構造のようです。
それを自分の脳が補正しているわけです。
つまり脳の思いや先入観で見えてくる姿は違ってくるわけです。
自分が見ている自分の顔は、自分が思っている自分の顔というわけです。
しかし他者は違う自分を見ているわけです。
写真は他者の見ている自分に近いものといえるでしょう。

つまらないことをぐたぐた書きましたが、これは顔の話だけではありません。
きっと自分という人間自体もそうなのでしょう。
自分が自覚している自分と他者が見ている自分は、もしかしたら、似て非なるものかもしれません。
自分が発する言葉も、同じように、自分の意図とは全く違う受け取られ方をされているのかもしれません。
いやはや、自分に会うのは難しいです。

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2012/01/17

■節子への挽歌1598:青空

節子
今日の東京の空はとてもきれいでした。
ここ数日どんよりとしていたので、とても気分が晴れました。
節子がいなくなってから、湯島のオフィスからどれほど東京の青空を一人で見ていたことでしょう。
空からたくさん元気づけられました。
空を見ていると、節子と娘たちと一緒に行ったエジプトの空を思い出します。
会社時代はゆっくりと空を見ることなどありませんでしたが、初めての海外家族旅行で見た空の深さは忘れられません。
あの頃の節子は、青空のように明るく元気でした。

新潟から新潟水辺の会のみなさんがやってきました。
空の話になりました。
新潟市は雪は少ないが、冬の空は青空がなく、どんよりしている、そのせいか太平洋沿い育ちの妻は軽いうつ状態になってしまう、とOさんが言いました。
空がどんよりしていると人はその影響を受けるわけです。

Oさんたちと別れてから、いや、空だけではないなと気づきました。
最近、日本全国でうつ状態の人が増えているのは、社会全体がどんよりとよどんでいるからなのだろうと思ったのです。
そして、せめて私の周りだけは、どんよりしないように、私自身も青く晴れなければいけないと、改めて思い直しました。
心を明らかにしなければいけません。

青空といえば、闘病中の節子と駒ヶ岳千畳敷カールを歩いた時も、とても深い青空でした。

Curl1

ホームページにその時のことが書かれていますが、その直後に節子が再発してしまうとは思ってもいませんでした。
と思いが広がってしまうと、やはり明るく晴れ晴れはできませんね。
困ったものです。

鈴木さんの勧めもあって、道元の正法眼蔵を読もうと思っています。
道元を学べば、もう少し心を清々しくさせることができるかもしれません。
闘病中の節子がくれた明るさの大きさを、最近、やっと実感できるようになってきました。
今度は私が誰かに注ぐ番ですね。
がんばって道元を読むようにしようと思います。

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■「信条に忠実であるほど心理的に追い込まれている者」

君が代訴訟の最高裁判決が出ました。
処分への歯止めとなる内容と言われますが、私には違和感の残る判決です。
大阪市の橋下市長が、これによって少し動きを変えたのは歓迎できますが。

新聞で報道された判決要旨では、桜井裁判官の補足意見に共感できるものがあります。
次のような意見には「人間」を感じます。

 不起立行為は、行為者の歴史観に起因してやむを得ず行うもので、式の妨害が目的ではない。保護者の一部に違和感、不快感を持つ者がいても、教育活動、株序維持に大きく影響している事実は認められない。
 処分対象者は、自らの歴史観との葛藤を経て、信条と尊厳を守るためにやむを得ず不起立を繰り返すことを選択した。信条に忠実であるほど心理的に追い込まれている者がいることが推測できる。
私は、日の丸も君が代も受け容れています。
国歌斉唱には声を出して歌いますし、日の丸も嫌いではありません。
しかし、もし強制的に歌えといわれ、国家を祝祭日に掲げよといわれたら、たぶん従わないでしょう。

しかし、学校の行事で、教師がどうして君が代が歌えないのか、国旗の前で立ち上がれないのかという思いもないわけではありませんでした。
矛盾があったわけです。
私が、桜井さんの意見にある「行為者の歴史観」が、抽象的な理屈ではないことを知ったのは恥ずかしいことながら8年ほど前です。
ある方の文章を読んで、それを知りました。
それについては、ホームページ(CWSコモンズ)に書きました
歴史観は、理屈ではなく、体験知なのだと気づきました。
それを否定することは、その人の人生をないがしろにすることなのです。
それがわからない人には、教育などできようはずがない、と気づいたのです。

「信条に忠実であるほど心理的に追い込まれている者」という表現にも共感できます。
そこに感ずるのは、誠実な人柄です。
もし私が親であれば、そうした教師に子どもを預けたいです。
しかし最近の多くの親はどうもそうではないようです。
それが不思議でなりません。

信条は、人さまざまでしょう。
しかし信条をしっかり持った人は、自らとは異なる信条を持った他者を理解できるはずです。
信条と無縁な小賢しい者どもが、信条を持つ者を抹殺しようとする動きには抗いたいものです。


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2012/01/16

■節子への挽歌1597:家族と夫婦

節子
昨日のサロンで、家族ってなんだろうかという話になりました。
若い参加者から、最近、血縁のない家族の話がテレビや映画で増えているという話が出たのを契機に、いろいろな意見が飛び交ったのです。
家族とは何か。
考えていくと難しい話です。

25年ほど前に住まい方研究会というのをやっていましたが、その頃、私が提起していたのは「核家族」ならぬ「拡家族」の復活でした。
血縁は家族を形成する最も効率的な要素ですが、それだけでは家族は血族の一部になってしまいます。
生きていく一人の人間の立場から考えると、それが絶対でもないでしょう。
それに血のつながりなどは見えませんから、あまり重要な要素ではないようにも思います。
DNA検査などで調べることにどんな意味があるのか私には理解できません。

その人と一緒にいると一番安心できて、その人であればなんでも相談できる。
私は、そんな人と暮らしたいと思います。
最初からそんな人がいるかといえば、それは親しかないでしょう。
しかし親との暮らしは対等ではありません。
それに、親にとっての子どもと子どもにとっての親はかなり違うものであって、たぶん平等な関係性は形成されないように思います。
ですから親子関係は家族の結果であって、家族の根幹にはならないように思います。

家族の基本は血縁のない夫婦だと私は思います。
だとしたら、家族にとっては血縁はきっかけでしかありません。
最初からお互いにこの人といると安心で、なんでも相談できるというような人は絶対にいないでしょう。
そうした絶対的な安心の関係は、時間をかけて一緒に暮らしながら育てていくものです。
それが夫婦だろうと思います。
そして、その関係性を育むために、親子関係が効果的に作用してくるのではないかと思います。
いささかややこしい話ですみません。

ところで、私にとって、一緒にいるだけで安心で、何でもさらけ出せ、なんでも相談できる人は節子でした。
節子は実に頼りない人でしたが、なぜか節子に頼めば何でも大丈夫、最後は節子が何とかしてくれるという、私にとっては、一種の「魔法の杖」でした。
全く論理的でないのですが、精神的に節子がいると安心だったのです。
それが夫婦なのではないか。
そんな気がします。

最近離婚が多いですが、離婚とは夫婦というしっかりした家族になることに失敗したことなのかもしれません、
夫婦になってしまえば、離婚など起こりようがありません。
家族のことを話しながら、そんなことを思っていました。

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■節子への挽歌1596:Mさんとの再会

節子
昨日は新年会サロンというのをやりました。
久しぶりに湯島のオフィスがあふれました。

最初にサロンに来たのはMさんです。
定刻よりも30分ほど早かったので、2人だけで少し話せました。
節子は面識がありませんが、私がMさんにお会いしたのは10年ほど前です。
企業の経営層を対象にしたある研究会でお会いしましたが、どこか心に残るものがありました。
毎年、年賀状が届いていましたが、交流はなくなりました。
この挽歌でも書いたかもしれませんが、そのMさんから1年ほどまえに電話がありました。
どうも最悪の事態を脱したようでした。
Mさんは、Yさんから私に電話をしたらといわれたのだそうです。
Yさんは私がMさんと出会う場をつくっていた人ですが、Yさんがなぜそう言ったのかはわかりませんが、もしかしたらMさんと私が同じ体験をしたことが理由かもしれません。
そして1年して、昨日、湯島に来てくれたのです。

私は「経営とは愛」だと考えています。
愛のない経営はうまくいくはずがないと思っていますが、なかなか賛成者はいません。
最近でこそそういう人はいますが、Mさんとお会いした頃はまだ異端の説でした。
ですから誰も私の話など真に受けなかったかもしれません。
Mさんは当時、かなりの借財をしていましたから、それどころではなかったかもしれません。

Mさんは、昨日、こう言われました。
会社で利益を上げて、それを社員だけで分け合っていいのか、むしろ社会とどう分け合うかが大切ですね。
苦労をして、いろいろなことがわかりました。

苦労しなければMさんはお金持ちの社長で終わったかもしれません。
苦労したからこそ、世界が広がり深まった。
そのことを心底実感されているようでした。
とてもうれしい再会でした。
またゆっくりとお話しすることにしました。

節子にも聞いていてほしかった話をいろいろとしました。
Mさんは私よりも年上です。
そしてさらに年上のYさんは今年の元日旅立ってしまいました。
昨日の出会いは、Yさんのお心遣いでしょうか。

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■新年会サロンの報告

昨日はこのブログでもご案内した新年サロンでした。
参加申込者は30人近くだったのですが、1日喫茶店構想でしたので、混んできたら自発的に退出するというオープンサロンや喫茶店のルールを想定していたので、まあ大丈夫だろうと思っていましたが、申し込みのなかった人も参加があり、いささか混乱してしまいました。
入り口で余りの込み具合に入り口で諦めて帰った人まで出る始末でした。
また折角来てくださったのに、混んできたのであまり発言もしないまま、気を配って退席された方も何人かいて、申し訳ないことをしました。
本当はいろいろと話したい話題を持ってきてくださったと思いますので、
別途またそうした人の場をつくりたいと思っています。

最初に来てくださったのは某社の社長でした。
とても誠実な方ですが、いろいろとあって、バブル終了時には300億円の借金をつくってしまったのだそうです。
ようやく落ち着き、良い方向に動き出したようです。
それで今回の新年会サロンを契機に私のところに来てくださったのです。
実は10年以上前に、私もコーディネーターをしている経営道フォーラムに参加してくださった方なのです。
ようやく佐藤さんの言っていたことが現実になってきましたねと言ってくれました。
私自身は、ちょっと似て非なる方向に向いているような気がして、喜べないのですが。

次に来たのが新潟からの佐藤裕さんです。
この方も実にドラマティックな人生を送られています。
と言うわけで、次々とこられ、元山口組の任侠の人と大学教授や学生たちといった面白いシーンもありました、
挽歌の読者の方も来てくださいました。
しかしかなり混乱でした。
多くの人が差し入れまで持ってきてくれた、終わった後、飲物などがありました。
お礼も申し上げませんでしたが、いろいろとお持ちくださった方、ありがとうございました。
しかし一時は25人以上が在室することもあり、イスがなくて、私はしばらく立っていたほどです。

しかし今回はいささか疲れました。
新年会サロンはきちんと設計しておかないといけませんが、それが私には苦手です。
まあたぶん来年になると、今回のことを忘れて、また新年会サロンをやろうなどと思いつく可能性が強いですが、しばらくはテーマサロンに集中することにします。
昨日のサロンからも、2つほどの集まりが生まれそうですので。

ところで、玄関に女性ものの手袋が残っていました。
どなたかの忘れ物です。
お心当たりの方がいたら、ご連絡ください。

今日もまた、夜、集まりです。
仕事する暇がありません。困ったものです。

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2012/01/14

■節子への挽歌1595:ベン・ブリードラブからの贈り物

肥大型心筋症をもって生まれてきたベン・ブリードラブは、昨年のクリスマスの日に18年という短い人生を終えました。
その直前の12月18日に、彼は動画「This is my story」をYou Tubeにアップし、これまでの生活、経験した何度にも渡る臨死体験を世界に伝えてくれました。
それをフェイスブックを通して、村瀬弘介さんから教えてもらいました。
映像では、ベンが文章を書いた小さな紙を1枚ずつ見せてくれています。
たとえば、始まりはこうです。

こんにちは。ベン・ブリードラブです
僕は生まれてからずっと肥大型心筋症でした
すごく深刻で危険なやつです
そして成長するに連れ、こいつが厄介なものだと知るようになりました
ずっといつも怖くて、最悪な感じ。
(中略)
でも、こいつを受け入れ、ともに生きるということは僕が学んだことの一つです。
臨死体験も語られます。
最初は4歳の時だったそうです。
「死」ってやつを最初に騙してやったのは4歳の時です。

僕は二人の看護師に担架に載せられ
かあさんに寄り添われながら廊下を進んでいました
その時、大きな光が僕の上で光り輝いていたんです・・・
(中略)
僕は目を奪われ、あふれる微笑みを止められず
心配事なんて何一つ無い、世界を曇らせることなんかないって
そして、ずっと微笑んだまま・・・
あの幸せがどれだけ満たされた気持ちだったかなんて表現できないよ

その後も、ベンは「「死」ってやつを騙し」ては、3回も臨死体験をするのです。
3回目のことをこう書いています。
僕は白い部屋にいた。
壁はなく、ずーっと広がっている部屋だ。
全然音がしない。ただ、4歳の時に感じた幸せな感じがそこにはあった。
僕はすごいカッコイイスーツを着ていて、そこに僕の好きなラッパー・Kid Cudi がいた。
なんで一緒にいるただ一人の人間が彼なのか・・・って考えながら
目の前の鏡に映る自分の姿を見ていた。
僕が最初に思ったことは「マジかよ?!俺ら超カッコイイじゃん」。
そして「あの感じ」を感じながら、微笑みはあふれ続けた。
自分自身を誇りに思った。鏡に映る自分を見ながら、
これまでの人生を、僕がしてきたこと全てに。
あれは "最高の" 気分だった
Kid Cudiは、ミュージシャンだそうです。
そしてこのYou Tubeを私に教えてくれた村瀬さんも、スピリチュアリティの高いミュージシャンです、
村瀬さんはこう書いています。
深いお話です。
死をどうとらえるか、それは生をどうとらえるか。
すべて自然の理ならば、生まれるのを恐れる必要がないのと同様に、もしかしたらとてもナチュラルで、祝福されるべきものなのかもしれない。
しかし生きている間に死を学ぶことは、突発のパニックを防ぐことになり、非常に大切な気がします。
たとえばチベット死者の書のような、死について定義した書籍がホスピスで大きな評価を受けるように。
この青年の貴重な提言に敬意と心から感謝を想い、大きな気づきをありがとうございます。
節子の隣にいたのは、私でしょうか。
それはともかく、節子もそうした"最高の" 気分にいてくれるのでしょう。
そう思うと、心がとても安らぎます。
今の私には、自分よりもやはり節子のことが気になるのです。
そうした者にも、ベン・ブリードラブのメッセージはとてもうれしいものです。

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2012/01/13

■節子への挽歌1594:節子の心配事

節子
2年ほど、音信不通だった、節子もよく知っているTさんから電話がありました。
私にはあんまり意識がないのですが、私の言葉にムッとして暫く来なかったのだそうです。
どうやら私に失礼な発言があったのだそうですが、私にはその認識が皆無なのです。
ということはそういうことがほかにもきっとあるのでしょうね。
私はあまり考えることなく思ったことをすぐに発言してしまうところがあるからです。
節子はそれで時々はらはらしていたはずです。

節子とまだ結婚する前ですが、髪の毛をいつも面白く結っている若い女性がいました。
私はその人とすれ違うと、なぜかその髪の毛に触りたくなってしまうのです。
そのことを節子に話したら、修さんなら「触っていい?」といいそうね、と笑いました。
幸か不幸か、その人とは知り合う機会がなかったので、髪には触れませんでしたが、面と向かって話す機会があれば、「触っていい?」と言ったかもしれません。
困ったものです。

子どもは、思ったことをそのまま口に出します。
こんなことを言ったら失礼ではないかとか、誰かにおかしく思われるのではないか、などとは思いません。
そういう意識が出てくるのは、大人になってからです。
子どもは実に素直で、生命現象をそのまま生きています。
実は、私はどこかで成長しきれていないため、思ったことを話すのを思いとどまる「理性」がかなり弱いのです。
最近はだいぶよくなったと思いますが、ついつい思ったことが口から出てしまうのです。
脳と口が近すぎるのかもしれません。
我ながら困ることもあります。
Tさんのことも、たぶんそうした結果でしょう。
Tさんは、私のことをよく知っている人ですから、まあ電話一本で関係は回復ですが。

話はそれましたが、私は思ったことをストレートに言うので、節子はいつも心配していました。
湯島にまだ節子が来ていた頃、お客様が帰った後に、あんな表現は失礼じゃないの、といわれたことも少なくありません。
たとえば、久しぶりにやってきた人に、話している途中で、「ところで今日は何しに来たの」などと言ってしまうのです。
私には悪気はないのですが、人によってはムッとすることもあるのだそうです。

この癖は今も直っていません。
つい発言してしまった後、あ! 節子にまた注意されるなと思うのですが、直りません。
節子が心配していたことは、なかなか直っていませんが、まあなんとかやっています。
Tさんにお詫びにお寿司でもご馳走してよと言ったら、謝るのはそっちでしょうと、言われてしまいました。
ムッとさせたほうが悪いのか、ムッとしたほうが悪いのか、是も節子と私の見解の相違点の一つでした。

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2012/01/12

■節子への挽歌1593:「恋愛は脳からの魔法のプレゼント」

池谷裕二さんの本を引用したので、ついでに池谷さんの恋愛論を紹介します。
あんまり挽歌らしくはないのですが。

ちょっと長いのですが、『単純な脳、複雑な「私」』から引用させてもらいます(一部要約しています)。

高度な知性がある人間は、できる限り優秀な子孫を残したいと、あれこれ思いを巡らせる。そこから、より秀でたパートナーを見つけなきゃいけないという精神的な願望が生まれる。しかし、地球上には多くの人がいるので、最良のパートナーだと決めるのは不可能。そこで、次善の策として、身近の「まあまあよい人」を選んで妥協しないといけないわけです。
ただ、それだけだと、知的生物ヒトとしては、どこか納得できない気がする。そこで登場するのが恋愛感情です。「この人でいいんだ」と無理矢理に納得するために、脳に備わっているのが恋愛感情。
恋愛はテグメンタ(快感を生み出す脳の部位)を活性化しますから、心を盲目にしてくれる。すると目の前の恋人しか見えなくなる。ほかの人なんかもうどうでもいい、「私はこの人が好きなんだ」「この人こそが選ばれし人だ」なんていう奇妙な妄想が生まれるわけです。
まさに「恋は盲目」というわけです。
ちょっと笑えますが、奇妙に説得力もあります。

さらに池谷さんはこう続けます。

もちろん、その人がベストの選択肢かどうかなんて、実際にはわかんないんですよ。というより、実際にはもっといい人はたくさん他にいるんでしょうね。それでも、脳が盲目になり、心の底からバカになることで、私たちは当面は納得して、子孫を残すことができるのではないでしょうか。
つまり、恋愛は脳からの魔法のプレゼントなんですよ。恋人たちにとっては、こんなに幸せなことはないですよね。
さて挽歌気分に戻って、私たちの恋も愛も、盲目の産物なのでしょうか。
もちろんそうなのです。
元気だった頃、節子はよく言いました。
「たくさんの女性がいるのに、どうして私がいいの?」
それは節子にも向けられる質問なのですが、節子の答えは簡単明瞭でした。
「いまさら恋愛などは面倒だから、修でいいわ」
これは私にも当てはまります。
こうしてともかく自分たちは最高のカップルだと思い込むことで、私たちは幸せになったわけです。
池谷さんは、そうした真実を教えてくれます。

節子は、私の身近にいた「まあまあよい人」だったに過ぎないのです。
たいして美人でもないし、頭も良くないし、古代遺跡も好きでないし、頑固だし、私よりも花を大事にするし、夜更かしだし、朝寝坊だし、金銭感覚もないし、いい加減だし、・・・
にもかかわらず、私はやはり節子がいいですね。
また来世も節子を選びたいと心底思うのです。
しかし、これに関しても、池谷さんはこういうのです。

付き合う時間が長いとその人が好きだと思う働きが脳にはあると。
いやはや脳科学者はいやな人種ですね。
願わくば。いまの盲目状況から目覚めたくありませんが、そのためにはこの挽歌を書き続けなければいけません。
いやはや困ったものです。

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■節子への挽歌1592:挽歌を書き続けている効用

池谷裕二さんの『単純な脳、複雑な「私」』という本はともかく面白い本です。
ところがそこに、こんな文章が出てくるのです。

記憶は生まれては変わり、生まれては変わる。この行程を繰り返していって、どんどんと変化していく。
記憶は常に変化しているというのです。
そこがコンピュータと人間の違いです。
コンピュータは情報を「そのまま」保管し、後で引っ張り出しても同じままに出てきます。
ところが人間が記憶を思い出す場合は、そうではないのだそうです。
人間の記憶は、すごく曖昧に、しかもたぶんいい加減に蓄積されているため、思い出す度に、その内容が書き換わってしまうわけです。
その思い出した記憶が、また保管されるわけですから、その内容はどんどんと変わっていくことは間違いありません。
そうして「思い出」は、どんどん自分勝手に書き換えられていくことになります。

この挽歌ももう1592回目です。
池谷さんの話に従えば、節子の記憶は1592回の思い出しを繰り返して、その記憶はたぶん大きく変わってしまっているでしょう。
もしかしたら、実際の節子と今の私の心にある節子は、全くの別人であるかもしれないわけです。
現に娘たちは、お父さんはお母さんのことを美化しすぎているのではないか、と笑います。
まあそれは必ずしも否定できません。
しかし、それは言い方を変えると、節子と私の関係は、今も成長しているということでもあります。
節子と一緒に今も暮らし続けていたとしても、5年前とは違った節子像を、私は持っていると思いますから、同じことなのです。

脳にはまた、実際に起きてしまったことを自分に納得できるように理由づけるという機能があるそうです。
これを「作話」というそうです。
要するに、脳は勝手に自分にとって快い物語を生み出してしまうわけです。
こうして記憶はどんどんと物語化していきます。

こういう視点で、この挽歌を読み直して見ると、私の節子像がどう変わってきているかわかるかもしれません。
もしかしたら、最初の頃の節子と最近の節子とは別人になっているかもしれません。
それもまた実に興味あることですが、しかしあんまりも挽歌を書き続けてしまったので、いまさら読み直す気力は全くありません。

しかし挽歌を書き続けてきて、高まったなと思う能力が一つあります。
ゲシュタルト群化能力、ばらばらの要素を見て全体をイメージする能力、です。
私は子どもの頃、探偵になりたいと思っていた時期があります。
シャーロック・ホームズのファンでした。
しかし、ホームズのようなゲシュタルト群化能力が不足していたので、早い時期に諦めました。
いまならホームズほどではないにしても、かなり個々の要素の奥にある全体像が見えるような気がします。
それが挽歌を書き続けている効用かもしれません。
もちろん、私も節子も、そして私たちの関係も、成長し続けているというのが、最大の効用なのですが。

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■道義的責任

テレビを見ていたら、小沢さんに関して、また「道義的責任」が語られていました。
道義的責任って何なのだろうかとネットで調べてみました。
そうしたら、同じテレビを見ていた人たちの声が最初に出てきました。
その一つが、あまりに私の思ったことと同じだったので、引用させてもらいます。

無罪になっても北野大が道義的責任って言った(笑)本当にテレビしか見てないんだなこの人。興味がないから何も知らないんだろう。その点隣で室井さんがあれ程犯罪者扱いしてきたマスコミがどうするのか見てみたいとズバズバっと… スタジオはシーンと無視してた。
道義を知らない人ほど、他者の「道義的責任」を問うのでしょう。
私は、マスコミの道義的責任を問うつもりはありませんが、マスコミを使って発言している人の「道義」を問いたいです。

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2012/01/11

■「悪意」や「憎悪」を振りまくマスコミ

最近のマスコミの報道にいささかの違和感があります。
なんだか「憎悪」が満ちているような気がするのです。

たとえばサリン事件の平田容疑者や斎藤容疑者の出頭の受け止め方です。
時期が時期だけに「深い意図」があるのではないか、嘘をついているのではないか、死刑執行を遅らせるためではないか、17年も捕まらなかったのは組織的支援があるのではないか、などなど、悪意が満ち満ちた報道が多いです。
それに平田容疑者の写真も、凶悪犯人をイメージさせるものばかりです。
たしかにいろんな人が疑問を持つのはわかりますが、それにしてもあまりに「悪意」があふれていて、気持ちが悪いです。
私がテレビで見た限りでは、国会議員の有田さんだけが客観的に話していました。
しかし、そのテレビ番組では有田さんの視点で話し合う場面はありませんでした。
他の人は、発言そのものに憎悪の念があふれていたような気がして、私には不快でした。
まさに西部開拓史時代のリンチを思わせます。
嫌な時代だと思いました。

そうした憎悪と悪意に満ちていた社会であればこそ、純粋な若者たちのなかにはオウムに走った人もいるのではないかと思います。
その繰り返しではないか。
こんな社会では、またオウムのような事件が起きてもおかしくないような気さえしました。
平田さんや斎藤さんをかばうつもりはありませんが、いまの多くの人を見ると、彼ら以上に醜い気がします。
思い込みを捨てて、まずは彼らの話を聞きたいものです。
それに、17年間逮捕されなかったのは、逮捕する気がなかったからです。
それが今回ははっきりと証明されたはずです。
それこそをもっと報道はしっかりと追求すべきでしょう。

同じことは小沢裁判の報道にも見られます。
報道の基本に悪意を感じてしまうのです。
ここにきて少しトーンが変わりだしましたが、基本的には悪意を持った報道が多いです。
4億円の出所の説明が変わってきていると盛んに言われていますが、私には大した違いは感じられません。
今日の朝日新聞によれば、「小沢氏は億単位の資金を現金で保管していたことについて、「私どもの感覚から離れていなし」などと答えたそうです。
見出しに「私どもの感覚」とありますが、小沢さんの感覚と多くの人の感覚が違うのかもしれませんが、私にはむしろ小沢さんの感覚のほうがわかりやすいです。
少なくとも、そういう感覚があっても非難すべきではありません。
4億円のお金は現金で保管してはいけないという法律があるのでしょうか。
収支報告書を見ないにもおかしいという指摘も、私には理解できません。
そんなことを一々見るようであれば、そもそも会計責任者などおく必要もないでしょう。
実際には見たとしても、内容を細かく吟味することなどできるはずもないと私は思います。
みんな自分の感覚で、人を裁くのです。
自分が絶対正しいと考え、そこから逸脱している人には憎悪を向けるのでしょうか。
恐ろしい時代です。
まさにコンフォーミティの時代。中世の魔女狩りとどこが違うのか。

平田さん、斎藤さん、小沢さん。
みんな自分の友達だと思って、善意にその言動を解釈するとどうでしょうか。
そうしたらマスコミ報道とは違った人間像や言動判断ができるように思います。
どちらが正しいかは、私にはわかりませんが、事実がもう少しよく見えるような気がします。
そして、悪意ではなく善意で物事を受け止める人が増えてくれば、きっともっと住みやすい社会になっていくでしょう。
少なくとも、悪意で生きるよりも善意で生きるほうが、人生は楽しいです。

それにしても「悪意」や「憎悪」を振りまくマスコミは好きになれません。
よほど悪い人たちの集団で、みじめな生き方をしているのでしょうね。

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2012/01/10

■節子への挽歌1591:家庭農園の整備

節子
節子が残していった家庭農園が雑草で覆われていたので、みんなで雑草刈りをしました。
1年近く放置していたので大変でした。
節子が元気だった頃は、週に何回か通っては整備していましたが、今は笹薮のようになってしまっていました。
業者の人に整備してもらおうという意見もありましたが、お金は極力使わない生活をしていますので(先月も事務所の管理費が未納だと督促状が来ました)、娘たちに頼んで食事を日当にしてやってもらいました。
節子がいなくなってから、まあいろいろと苦労しているわけです。

湯島も一時期、閉鎖しようと思いましたが、できませんでした。
節子の思いが残っているところは、なかなか壊せません。

農園の惨状は、節子がいたら呆れるよりも笑い出すでしょう。
それほどひどいのです。
汚れると道を歩く人がゴミを捨てやすくなりますので、ゴミまでたまっていました。
ところが、そこに子猫が2匹、いたのです。
とてもきれいな猫で、痩せてもいませんでしたので、近くの家の飼い猫が、たまたまいたのかもしれません。
猫にとっては、折角、身の隠しどころになっていた笹薮が刈られてしまったので、迷惑そうでした。

節子の計画では、農園の半分は花畑にするはずでした。
一時期、かなりきれいになって、通る人から喜ばれたと節子は言っていましたが、いまは通る人から苦情が出てもおかしくないくらい汚かったのです。
まあゴミを捨てる人には役に立っていたのですが。
敦賀の義姉が、百日草の種を送ってきてくれて、是をばら撒いておくと雑草を押さえられるといってくれましたが、それもさぼってしまっています。
しかし今年は何とか花壇は復活させたいと思います。

節子は元気な時に、いろいろやっていたので、いなくなった今は苦労があるのです。
庭の花木はかなり少なくなりました。
節子にとっても、私にとっても、大事な思い出の花木もだいぶ枯らしてしまいました。
しかしまあ、それも自然の流れでしょう。

しかし今日は疲れました。
今から思うと、節子は頑張り屋さんでした。
それが今となっては仇になっているのですが。
頑張り屋の女房を持っている人は、先に旅立たないと苦労しますよ。

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■小賢しさへの気づき

わが家の農園がずっと放置されていました。
ねぎやトマトなどいろいろと植えていたのですが、放射線汚染もあって、手入れに行かなくなってしまっていました。
ねぎやトマトなどは大きく育っていましたが、それ以上に雑草が茂ってしまいました。
ちゃんとした農園ではなく、空いている宅地で数年前から家庭菜園をしているのです。
宅地になる前は竹やぶだったようで、ちょっと油断していると笹が生い茂るのです。
もうやめようかと思うこともありますが、ここには亡き妻の思いがこもっていることもあり、続けています。

今日、思い立って、娘たちに声をかけて、雑草刈りをしました。
何しろ道具がないので大変でした。
農作業もそうですが、雑草刈りも、普段やっていない者にとってはかなりの重労働です。
私は2回ほど、立ちくらみで倒れそうになりました。
しかし、4人でやったおかげで、半分くらいは土が見えてきました。
それほど雑草が覆い茂っていたわけです。

ねぎは大きくなっていましたが、我孫子は残念ながら放射線汚染のホットスポットなのです。
先日、一応、放射線量の測定はしてもらい、まあ大丈夫とは言われているのですが、食べる気にはなりません。

この農園は、女房が、安全な野菜は自分たちでできるだけつくるのがいいとはじめたのです。
50坪もあるので大変なのですが、道路沿いの半分は道を散歩する人のためにと花壇にしていたので、野菜はそのうちの半分くらいです。
それでもわが家だけでは食べきれないほどの野菜ができて、時にはお隣さんなどへお裾分けができるほどです。
自然の恵みは本当にすごいです。

ところが放射線汚染で、家庭農園の野菜はいまや逆に安全ではなくなってしまったのです。
なんと皮肉なことか、と思いますが、そもそも自分たちだけ安全な野菜を食べようなどと思ったのが間違いだったことに気づきました。
そのことをフェイスブックに書いたら、同じように思っていた人がいることを知りました。

今の時代、自分(たち)だけ良い思いをしようなどというのは、できない話なのです。
ある意味では、平等の時代が来たと言うべきでしょうか。
やはり世界で起こっていることは、みんなで背負わなければいけません。
「自分だけはいいめをしたい」と思う人が少なくなれば、世界の資源も食糧もエネルギーも、決して不足はしていないのでしょうね。
それに気づいて、自分の勝手な思いを再考することにしました。

私にとって、これは実は大問題なのです。
さてさて困ったものです。

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2012/01/09

■節子への挽歌1590:宇宙的巡礼

テレビで、「聖地巡礼200キロの旅」を見ました。
世界遺産に登録されている巡礼路「カミーノ・デ・サンティアゴ」をタレントの宇都宮まきさんが歩いたドキュメントです。
カミーノ・デ・サンティアゴはキリスト教の三大聖地に数えられるサンティアゴ・デ・コンポステーラに向かう巡礼路です。
いろいろと考えさせられる内容のドキュメントでしたが、それを見ながら、節子と一緒にこの路を歩きたかったなと強く、強く思いました。

サンティアゴ・デ・コンポステーラを知ったのは10年ほど前です。
歌人の黛まどかさんが湯島に来ました。
当時、黛さんはサンティアゴ巡礼のドキュメント映画づくりに取り組んでいて、その資金集めの相談に来たのです。
資金集めは私の不得手な世界ですが、一度、多くの人に知ってもらおうということで、湯島で黛さんを中心にしたサンティアゴサロンをやりました。
節子も参加しました。
実は、節子が俳句に興味を持ったのは、黛さんに会ってからです。

その後、黛さんは熊野古道に関わりだしました。
それで、まずは熊野古道からと節子と話していましたが、その前に節子は病に襲われてしまったのです。
四国遍路も、熊野古道も、そしてサンティアゴ巡礼路も、どこも歩けませんでした。

四国遍路は、一人で歩いても同行2人といわれます。
弘法さんが一緒に歩いてくれるというわけですが、今日の番組の中で、一人で歩いている人との会話に、同じような思いで歩いている人が出ていました。
一人で歩いているようで、実はみんな、誰かを思いながら、歩いているのです。
これは巡礼の時だけではありません。
人生を「ひとつの旅」と考えれば、その旅はどんなに孤独に見えても、決して一人ではないのです。

番組の中で、一人で歩いている女性を追い越します。
ところが次の巡礼宿で朝方、彼女が夫と2人で出発するのに出会います。
彼女は一人でではなく、夫婦で巡礼していたのです。
夫が言います。
「私たちはそれぞれのテンポで歩いていますが、いつも妻のことを思いながら歩いています」
彼らは今日もまた途中で一人ずつになり、夕方には宿で合流し、明け方にはまた一緒に出発するのです。

私たちの巡礼行は、もしかしたら節子を見送ってから始まったのかもしれません。
歩くテンポが違っていたために、節子は一足早く、彼岸側を歩き出しました。
しかし次の目的地で、合流できるのでしょう。
ちょっと長い1日ですが、宇宙的スケールの巡礼路を節子と歩いていると思うと、なんだか気持ちが壮大になって、楽しいです。

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■新年のサロンのご案内

いつもブログを読んでいただき、ありがとうございます。
今日はちょっと番外編の記事です。

私のオフィスは東京の湯島天神の近くにあります。
オフィスというよりも、いろんな人のたまり場といっていいかもしれません。
いろんな人がやってきますし、いろんな集まりもやっています。
最近は毎週のように、気楽な集まりであるサロンをやっています。
テーマも対象もさまざまですが、共通しているのは、いずれも開かれた集まりだということです。
つまり誰でも歓迎です。
私が主催者でないものもいくつかあります。
私は、こうした「誰でもが気楽に立ち寄れて、話のできる場」がいろんなところにあれば、みんな平和に暮らせるだろうなと思っています。

ところで、そうしたさまざまな集まりを超えた新年会的なサロンを開催したくなりました。
そして、このブログの読者にも、もし気が向いたら遊びに来てもらおうと思い出しました。
このブログの1日喫茶店の開店だと思ってください。
珈琲は500円です。
私が機械で淹れますので、味の保証はありませんが、気楽な場になることだけは保証します。
近くに湯島天神がありますので、珈琲を飲んだ後はお参りもできます。
狭い部屋ですので、あまりたくさん来るとパンクしますが、出入り自由ですので、まあ大丈夫でしょう。
もちろんお会いしたことのない人も大歓迎です。

開店時間は次の通りです。

○日時:2012年1月15日(日曜日)午後1~6時
○場所:湯島のコンセプトワークショップのオフィス
     文京区湯島3-20-9-603
電話:03-6803-2575
     地図:http://homepage2.nifty.com/CWS/cws-map.pdf○珈琲代:500円

サロンですので、特にテーマを持った話し合いなどはなく、珈琲を飲み会うだけです。居合わせた人のどなたかがきっと話題を出してくれると思いますが、気が向いたらそれに付き合ってください。
私は最初から最後までいます。

お会いできればうれしいです。

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■節子への挽歌1589:愛

節子
挽歌の読者のK(makimakiro)さんからコメントが届きました。

私は、人生にとって必要なものは「愛」しかないと思っています。
モノや人という物理的存在は「愛」があってはじめて意味を持つものと。
池谷裕二さんの「進化しすぎた脳」という本にこんな文章が出てきます。
世界があって、それを見るために目を発達させたんじゃなくて、目ができたから世界が世界としてはじめて意味を持った。
私も以前からそんな風に考えていたので、この文章に出会った時にはとても納得できました。
池谷さんはこう言うのです。
まず世界がそこにあって、それを見るために目を発達させた、というふうに世の中の多くの人は思っているけど、ほんとはまったく逆で、生物に目という臓器ができて、そして、進化の過程で人間のこの目ができあがって、そして宇宙空間にびゅんびゅんと飛んでいる光子をその目で受け取り、その情報を解析して認識できて、そして解釈できるようになって、はじめて世界が生まれたんじゃないか。
Kさんは、「モノや人という物理的存在は「愛」があってはじめて意味を持つ」といいます。
これにも、私はとても共感します。
では、池谷さんの話とKさんの話は、どうつながるでしょうか。

目を通して世界が形成されるのであれば、愛を通して世界は意味をもってくるわけです。
意味のないものは存在しないのと同じだと考えれば、両者はつながってきます。
目で認知することで世界は現出し、愛を注ぐことで世界は輝いてくる。
そんなところでしょうか。
もしそうならば、愛を注げば世界は輝いてくるとも言えるわけです。
あるいは、愛するものは存在しているのだが気がついていないだけ、とも言えるかもしれません。

Kさんはつづけて、「節子様と早くに出会えた佐藤様を、未だ独り者の私はいつも羨ましく思っています」と書いています。
しかし、私が出会ったのは「節子」ではなく、「愛」だったといえるでしょう。
大切なのは、「対象との出会い」ではなく、「愛との出会い」なのですから。

みんな、それになかなか気づきません。
私は、節子を深く愛していましたが、節子だけを愛していたわけではありません。
節子は、私の愛の象徴だっただけなのです。
節子は、もちろん、そのことを知っていました。
私が、地面を歩くアリさえも愛していたことを節子は娘たちにも話していました。
そこにはいささか誇張がありますが、嘘でもありません。
そして、節子は私のそこが好きだったのです。

「愛」とは悩ましいテーマです。
しかし、人を愛するのは簡単です。
ただ愛すればいいのですから。
でもせっかく育てた愛の対象がなくなってしまうと、人は混乱してしまいます。
でもおちついてくると、その「愛」はなくなってはいないのだということに気づきます。
そして、物理的存在はなくても、愛は存在することに気づくわけです。
Kさんのメールは、改めてそのことに気づかせてくれました。
ありがとうございました。

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2012/01/08

■節子への挽歌1588:「あの世へ行くのが現実味を帯びてくる」

節子
今年になってからの時間の進み方はなぜかとても速いです。
そのせいか挽歌が間に合いません。
年初からまた1日、遅れてしまいました。

節子もよく知っている丹波さんも、もう80歳です。
久しぶりに近江八幡で地域活動に取り組んでいた丹波さんを一緒に訪ねたのはいつだったでしょうか。
もしかしたら、あの時はもう節子は闘病中だったかもしれません。
最近、私の時間感覚は大きく狂っていますので、いささか危ういですが。

丹波さんからメールが来ました。

80になると、あの世へ行くのが現実味を帯びてくる。
つまり神や仏が気になりだす。
日本の神や仏は西洋のコンセプトでいう宗教ではなく。
なんともイノセントではあるが、わかりやすく本質をついた教えであることに感じいり。
おだやかにあっちへゆくことをうけいれる仕組みをもつ。

仏教の教えは「この世たれぞつねならむ」無常、
つまり実体のあるものはこの世にはない。 
ということを前提として、
神道の教えは「敬神崇祖」
敬神は八百万の神々、つまり命をはぐくむ環境を敬うことだし。
崇祖は生きとし生きるものの先祖、
つまり命の始まりとそのつながりを大切にしなさいよという教えである。

では大切にするにはどうすればいいのか、それは「祈り」しかない。
このごろ、この仕掛けはうまいことできとるなと感じいる日々であります。

まさに丹波さんらしい。
丹波さんは、私が会社に入った時の最初の上司でした。
「おさむちゃん、せっちゃん」と、私たちを呼んでいました。
私が、会社時代にとんでもないプロジェクトを起こした時にも、丹波さんはただただ応援してくれました。
私たちは、そういうたくさんの人たちに支えられて、実に自由に生きてきました。
娘のユカからは、お父さんたちは常識がなかったから、と今でもよく言われますが、常識が欠落していても、何とかやってこられたのは、周りの人たちのおかげです。

「あの世へ行くのが現実味を帯びてくる」
とても感じ入る言葉です。
私も、少しずつですが、そんな気分が芽生えだしています。
それに、彼岸に節子がいると思うと、彼岸と此岸はつながっているような気がして、たいした「道のり」ではないのではないかなどと思えるようになってきました。

年初はちょっとばたばたしましたが、今年は平安に暮らせそうです。

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2012/01/07

■2つの経済システム

今年の景気に関する企業関係者の見通しはかなり楽観的です。
生活者に対するアンケート調査結果と財界関係者のそれとは大きく乖離しているようです。
それもまた当然のことだろうと思います。
両者の経済観が大きくずれてしまってきているからです。

改めていま、カール・ポランニーの「経済の文明史」を読み直しているのですが、この本の書き出しは「現代以前には、原則として、経済システムは、社会システムの中に吸収されていた」という文章です。
私のとても好きなメッセージなのですが、ポランニーが言うように、そもそも「経済的秩序は、常態としては、それを包み込む社会秩序の一機能である」にすぎなかったのです。
それがいつの間にか、経済が社会を律するようになってしまい、擬制であったはずの労働や土地さえもが実体としての商品になってしまっているのが現代です。
社会システムのサブシステムではない経済システムが主流になってしまったわけです。
サブシステンス経済とは全く違う、マネタリー経済、あるいはカジノ経済です。
サブシステンス経済に関しては、何回か書いていますので、ご参照ください。
http://cws-osamu.cocolog-nifty.com/cws_private/2010/07/post-f533.html
つまり私たち生活者が生きている経済の世界といわゆる「経済人」や「政府」が捉えている経済は、全く別のものなのです。
GDPがいくら上向こうが、それは生活とは無縁です。
しかし、みんななぜか両者を混同してしまっています。
経済が成長し発展すれば生活が良くなると思い込んでいるわけです。
しかし、そこに必然的なつながりはないでしょう。

学校で習う経済も、すべては「閉鎖空間」でのマネタリー経済です。
働くということは雇用されて、マネタリー経済に寄与することだということを習得させるために、義務教育としての学校は生まれたのですから、それは仕方がないことかもしれません。
しかし、もし家庭というサブシステンス経済の場がきちんと機能していれば、そうはならなかったはずです。

新しい経済パラダイムへの動きは少しずつ強まっていますが、パラダイム転換にはかなりの時間がかかるでしょう。
したがって私たちは、マネタリー経済社会の中で、しっかりと生きていく自分の経済観や生活スタイルを持たなければいけません。
マスメディアが報道する経済動向に振り回されることは避けたいものです。

4日のこのブログで、ネグリの言葉を引用して、政府の意味もまた変わりつつあることを書きました。
日本の首相は、要するに自治会会長のような存在になりましたから、毎年人が代わるのは健全なのかもしれません。
その発想で考えると、実は財政や行政の意味が全く変わっていくだろうことが想定されます。
そこでもまた、生活者から考える政治と統治者の政治とは全く別のものなのです。

生活者の経済や政治の動きも、広がっています。
今年は、そうしたところにできるだけ関心を向けながら、自分の生活スタイルをもう一度見直していくつもりです。

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2012/01/06

■節子への挽歌1587:モノに囲まれた無一物の世界

節子
届いた年賀状を読んでいたら、こんな文章が目にとまりました。
「モノがなくても、どうにかなるんだな」という感覚が一度わかってしまうと、生きることがグッと楽になります。
前にも話題にした「ときめき片付け法」の近藤さんの言葉だそうです。

この種の言葉に出会うと、私はいつも「節子」という言葉で置き換える習慣ができてしまいました。
つまりこうです。
「節子がいなくても、どうにかなるんだな」
たしかに、これはこれまで何回か体験してきたことです。
どうにかなるのにもかかわらずに、どうにもならないと思い込んでしまっている。
これが「執着」ということでしょうか。
執着がある限り、本来無一物の境地には届きようがありません。

モノが少なければ少ないほど、それをどうすればいいかなどと心惑わされることも少なくなり、生きることが楽になるかもしれません。
しかし、残念ながら、必ずしもそうとばかりもいえません。
「衣食足って礼節を知る」という言葉があるように、モノがなければないで、またそれを欲する惑いが生まれます。
欲しいものがあるほうが、もしかしたら、生きるのが楽になるかもしれません。
モノを捨てることで心安らかになる人もいれば、モノに囲まれることで心安らぐ人もいるのです。
それは、「人」や「愛」に関してもいえるのかもしれません。

節子を見送った後、ある人から「自由になりましたね」と言われました。
私にはショックでしたが、そういう人もいるのです。
愛する人を失って、「もう二度と人を愛したくない」と言う人もいます。
モノと同じく、人も愛も、煩わしいものでもあるのです。
しかし、少なくとも、私は今もって、人も愛も捨てる気はありません。
だからモノも捨てられないのかもしれません。
本来無一物は、まだまだ遠い世界です。

節子がいたほうがいいのか、いないほうがいいのか、などということは、私の場合は成り立たない問題ですが、人によっては成り立つこともあるわけです。
だから「離婚」が、これほど多いのです。
私の周辺でも、離婚はとても多くて、とても悲しいです。
私には、なかなか理解し難いことです。
しかし、それを理解しなければ、本来無一物の世界には入れないのかもしれません。

本来無一物ということは、人や愛までも含んでいるのでしょうか。
間違いなく言えることは、節子がいない今の人生は、私にとって決して楽でもありませんし、心もやすまりません。
私の執着と煩悩のためなのか。
でも、だからといって、本来無一物が私と無縁の世界とは思えません。
むしろとても近い気がするのです。
節子のいない世界は、私にとっては、無一物の世界に近いような気がします。
まだうまく説明できませんが、モノに囲まれながらも、私は本来無一物の世界に近づいている。そんな気がしていてなりません。
私にとって、モノも人も、そして愛も、どうも違ったものになってしまった。
真にもって、身勝手な解釈です。

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2012/01/05

■節子への挽歌1586:人との距離、彼岸との距離

節子
年明け早々の訃報です。
八尾さんが元旦の日に心不全で亡くなられました。
今年、喜寿を迎えるはずでしたが、その日が「偲ぶ会」になりました。

八尾さんは某社の社長を退任後、経営道フォーラムのプロジェクトを継ぐことになり、その関係で節子も何回かお会いしたことがありますね。
最近は小諸郊外に隠居され、自然のなかでの豊かな生活をされているとお聞きしていましたが、まさかの訃報でした。
この3年ほど、お会いできていませんでしたが、今年はお会いしようと思っていたところでした。

皮肉なことなのですが、そろそろお会いしようかと思い出した途端に、訃報が届くことが時々あります。
重久さんの時がまさにそうでしたし、三浦さんの時もそうでした。
これはしかし、偶然ではないのかもしれません。
訃報が届く前に、最近会っていないなと思い出す人と思い出さない人との「距離感」は明らかに違うのですが、言い方を変えると、距離感の近い人の場合、不思議と訃報が届く直前になぜかその人のことを思い出しているのです。
思い込みすぎかもしれませんが。

八尾さんは小諸郊外に庵を建てていましたが、数年前にそこでの暮らしに軸足を移しました。
結局、その庵を訪れることはできませんでしたが、八尾さんらしい、晴耕雨読の豊かな生活だったのでしょう。
昨年、八尾さんが私のことを少し心配していたという噂を聞きました。
その時にはなんとも思わなかったのですが、昨年末に八尾さんのやっていた研究所を訪問した時、なぜか八尾さんに会わなければと思ったのです。
そんなところに、突然の訃報です。

しかし、考えてみれば、驚くことはありません。
私も含めて、70歳を過ぎれば、人はいつ逝っても不思議ではありません。
こんな言い方をすると不謹慎かもしれませんが、彼岸はさほど遠くではないのです。
最近、そういう気分が育ちだしています。
節子が彼岸にいるからかもしれませんが、訃報を聞いても悲しみはあまり感じません。
私と彼岸の距離が近づいているのかもしれません。

人との距離感、彼岸との距離感。
私も次第に彼岸の人との距離感が近くなってきているのかもしれません。

節子
そちらで八尾さんに会ったら、よろしくお伝え下さい。

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2012/01/04

■「もはや政府が社会を代表するものとはいえなくなってしまった」

タイトルの言葉は、今朝の朝日新聞に掲載されているアントニオ・ネグリの言葉です。
ネグリはイタリア生まれの政治哲学者で、「マルチチュード」の著者です。
「マルチチュード」は、実に示唆に富む本です。

日本では最近、毎年のように首相が変わります。
それを嘆く人が多いですが、前にも書きましたが、嘆くのではなく「なぜそうなるのか」を考えればなんでもない話です。
つまり首相とはそういう「地位」になったのです。
誰であろうと大した問題ではありません。
私自身は政権交代で、そうした状況を変えられると思っていましたが、やはりそうではありませんでした。
ネグリのメッセージは、思いのほか、現実的だったのです。
私にはビジョンに見えていたのですが、そうではなかったのです。
それが昨年、かなり実証されたように思います。
日本で、ではなく、中東や欧米で、です。
もしお手元に今日の朝日新聞があれば、ぜひネグリの対談記事をお読みください。

野田首相は「大義があれば必ずわかってもらえる」と語っています。
私もそう思います。
しかし、問題は「大義」とは何かです。
政府の大義と国民の大義とは違います。
さらにいえば、国民の大義と人々の大義とも違います。
私自身は「日本力」などという言葉を見ると虫唾が走ります。
まるで大東亜戦争前夜のようだからです。
「大義」を持ち出す人は信頼できません。
私は大義などという大げさなものよりも、目の前にいる困った人たちへの心遣いを大切にしたいです。
それでは国家は維持できないといわれるかもしれませんが、従業員をリストラ解雇して企業を維持するのと同じように、立脚点を変えれば国家の維持の意味は一変します。
多くの人が、これ以上、国家財政が赤字になれば国家が破綻するといいますが、破綻して何が悪いかがわかりません。
ネグリも話しているように、国家の破綻は、人々の民主的な権利が縮小され、生活は悪化するかもしれません。
しかし、それが避けられないのであれば、甘んじて受け容れたいものです。
少なくとも、よくわからない「大義」のためにではなく、困窮している隣人のために、私は苦労を受け容れたいと思います。

政府や行政に、過大な期待をするのはもうやめたいものです。
消費税をあげるということは、そこへの期待を高め、依存を強めるということではないかと思います。
増税はやむをえないとしても、大義のためなどとは言ってほしくありません。

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■節子への挽歌1585:ミラーニューロン

今朝は日の出が見えました。
年が明けて初めての元気な太陽です。
ようやく年があけた感じで、元気が出てきました。
しかし、妻のいない正月は、どうしても正月気分にはなれません。

家族の写真が載った年賀状がたくさん届きます。
みんな幸せそうで、その幸せが見ているだけで伝わってきます。
以前なら、その幸せ気分が見ている私にまで広がるのですが、なかなかそうはなりません。
我ながらいやになります。

今年の箱根駅伝は感動的な場面が多かったような気がします。
ほとんどすべてを見ていたのですが、涙が何回も出ました。
とりわけ選手たちの涙を見るとついつい泣けてきます。
これまでもこうだったのだろうか、もしかしたら涙もろくなったせいのでしょうか。

他の人がしていることや状況を見て、それが自分のことのように感じる共感能力を司っている神経細胞を、ミラーニューロンというそうです。
ミラー、つまり鏡のように他者の感情を写し取ってしまうわけです。
だから泣いている人を見ると悲しくなり、笑っている人を見ると笑ってしまうのです。
最近のお笑い芸を見ていると、芸そのものの面白さよりも、そうしたミラー効果に依存しているような退屈なものが多いような気がします。
節子は、そういう芸が大嫌いでした。
そこが私と違うところでした。
私は、なぜかミラーニューロンが過剰なほどに発達していて、テレビの中の人の行動にすぐ影響されるタイプなのです。

ところで、ほかの人よりもミラーニューロンが強いはずの私が、なぜか幸せそうな家族写真を見ても共感が起きないのです。
それが最近とても気になっています。
私の中に、ねたみの心情があるのでしょう。
時々、自己嫌悪に陥るのは、そのせいなのです。
いやな人間になってきています。
このままだと節子にも嫌われそうですね。
どうしたら素直になれるでしょうか。

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2012/01/03

■節子への挽歌1584:「一人」なのか「一人でない」のか

昨日の続きです。
東日本大震災によって、「生まれて初めて一人で年を越した人」は、たくさんいるはずです。
私の場合は、娘たちがいます。
しかしまったくの「一人」で年を越した人もいるでしょう。
それを思うと、果たして私に耐えられるだろうかと思いますが、やはり支えてくれるのは、自分は「一人ではない」という気づきかもしれません。
しかし、そうは言っても、「一人は一人」なのです。
一人であることの「寒さ」は体験しないとわからないかもしれません。

昨日の挽歌も今日のこの文章も、矛盾だらけだと怒られそうです。
「一人」なのか「一人ではない」のか、どちらなのか、はっきりしろと言われても仕方がありません。
ここがなかなかわかりにくいのですが、「一人」であって「一人」でなく、「一人」でなくて「一人」なのだ、ということなのです。
わかりやすくいえば、一緒にいる感じがするのですが、言葉が戻ってこないのです。
あんまりわかりやすくないですね、すみません。
ともかく私自身、わからないのです。
だからこそ、「一人で年を越した」という言葉が、心に刺さったのですが。

今朝もまた別の方からコメントがありました。

「生まれて初めて一人で年を越す」
私もそうでした。
でも佐藤様が書いてらっしゃるように孤独ではないのです。
「本気で愛したことがあれば、人は決して孤独にはなりません」
という言葉。
本当にその通りだと思いました。
同じように感じている人が他にもいるということは、この気分が私の負け惜しみではないのだと自分を元気づけられます。
実は、節子がいなくなって以来、自分が少し「ひがみっぽく」なっているような気がしてならないのです。
事実、時々、幸せそうな2人ずれを見ると嫉妬しますし、仲たがいしている夫婦を見ると、なんでこの人たちでなく私たちに別れが来たのだろうかと罪深い思いを持ってしまうのです。
だから自分の言葉を誰かが体験的に肯定してくれると元気が出るのです。

私はいま「一人」なのか「一人でない」のか。
心身は揺れ動きます。

そう思っている人は、今年はきっと多いのでしょう。
今年の冬が寒いのは、そのせいかもしれません。
一人であることの「寒さ」は体験しないとわかりません。

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2012/01/02

■想定外の大変化の予兆

年末から年始にかけて、いろんな人にお会いしました。
そこで異口同音に話題になるのは、いまの社会はおかしいという話です。
政治も経済もおかしいとみんないいます。
報道もおかしいといいます。
でも何も起こらない。
よく聞いていると、みんな他人事で語っているのです。
おかしいけれど、自らは動き出そうとはしないのです。
例えは悪いですが、まるで日本全体がアウシュビッツになったような気がします。
そのおぞましさに気がついたためか、どうも新年早々気が萎えてしまいました。
テレビ番組も、例年以上にひどい番組ばかりです。
アウシュビッツの娯楽番組のように思えて仕方がありません。
新聞も中身がほとんどありません。
私の気のせいかもしれませんが、今年は極端に中身のない番組や記事ばかりです。

その一方で、初売りで1億円の福袋が出ているのだそうです。
福袋を奪い合っている姿がテレビでも報道されていましたが、完全に家畜のようなおぞましさを感じます。
気分はますます萎えてきます。

多くの人たちの不満は、しかし積み重なっているような気もします。
過冷却状態というのがあります、
零度以下になっても凍らない水です。
しかし、ある刺激を与えると瞬時に凍ってしまうのだそうです。
もしかしたら日本の社会はいま、過冷却状態にあるのかもしれません。

うまく説明できませんが、昨年までとは違った年明けを感じます。
何かが違っているのです。
非連続な何かが、見えないところで起こっているようにしか思えません。
何かのきっかけで、大きな津波のようなものが、社会を変えてしまうのかもしれません。
大きな混乱が生ずるでしょうが、むしろそうあってほしいと思います。
そうでない限り、経済や社会のパラダイムは変わりようもありません。
大津波、原発事故、それらはその予兆でしょうか。
いやそれらは予兆というよりも、前兆ではないかという気がします。

年初なので、ビジョンめいたもの、あるいは、少なくとも明るいことを書きたかくて、2日間考えたのですが、思いつきません。
今年は気が萎えたままの出発です。

35年前に書いた「21世紀は真心の時代」は、全くはずれてしまいました。
読み直す気にもなれません。

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■節子への挽歌1583:「一人」という言葉

節子
昨年の元日の新聞には「無縁社会」とか「孤族」とかいう言葉が目立ちました。
しかし、今年の元日の新聞は、むしろ「縁」とか「絆」という言葉が目立ちます。
こうした世論の風潮にはとてもついていけません。
たぶんいずれの言葉も、使っているのは同じ種類の人なのでしょう。
言葉だけで生きているから、すぐ乗り移れるのです。

年末にある人から「生まれて初めて一人で年を越します」と言うコメントがありました。
心に深く突き刺さる言葉です。
その言葉が頭から離れません。
しかも、元日の夜にテレビで録画していた東野圭吾のドラマ「赤い指」を観たら、そこにもまた「一人で旅立つ」話が出てきたのです。

「一人」
これまではあまり考えたことがありませんでした。
人は所詮、一人で生まれ、一人で死ぬものだという言葉にも反発を感じていました。
人はいついかなる場合にも「一人」ではないというのが、私の考えだからです。

「赤い指」は、いろいろと考えさせられる内容のドラマです。
ドラマの謎解きの鍵とも重なっているのですが、死を直前に迎えた父親を主人公は見舞いにも行きません。
なぜ行かないのかと従弟から責められます。
結局、父親を看取るのは従弟なのですが、息を引き取った父親を前に、主人公は語るのです。
父は仕事ばかりしていて母と離婚、その後、母は誰にも看取られることなく一人で死んでしまった。
父は、その母の思いを自分でも背負うために、息子にも看取られずに一人で寂しく死ぬことを望んでいたのだ、と。
娘と一緒のこのドラマを観ていたのですが、私は涙があふれてしまいました。
父親の思いが痛いほどわかりますし、彼がどれほど別れた妻を愛していたかもわかります。
妻を孤独死させたのであれば、自らもそれを味わうことで、妻に近づける。
安易な解決策と思う人もいるでしょうが、私には素直に受け容れられます。

ところで、主人公の父親は「一人」で闘病し、「一人」で死んだのか。
決してそうではありません。
ドラマではそこにまた感動的な話が込められているのですが、それは別にして、彼は決して孤独死ではないと思います。
亡き妻と一緒に死を迎えたからです。
本気で愛したことがあれば、人は決して孤独にはなりません。

なにやら暗い話で、また長い話になりそうですね。
続きはまたにして、今日は「一人」とは何かを考えたかったのです。
今朝も5時に目が覚めて、このことをずっと考えていました。

コメントくださった方は「生まれて初めて一人で年を越します」と書いています。
「そんなことはない、ご主人が一緒にいますよ」と言ってしまうのはいかにも月並みです。
それにその方も、そんなことはよく知っているのです。
間違いなく伴侶を心から愛していたからです。
「生まれて初めて一人で年を越します」という言葉にこそ、伴侶への愛を強く感じます。
そう思ったのです。
そして私には、「一人で年を越す」意識があったのだろうかと気づいたのです。
節子は、たぶんそうした気遣いを私に向けていました。
私がいなくなった後、修は大丈夫かしらと時々心配気に話していました。
それにもかかわらず、私は「生まれて初めて一人で」彼岸へと旅立つ節子の不安を気遣っていませんでした。
4年以上経って、それにようやく気づいたのです。

一人で旅立つ不安はどれほどのものであったか。
それに私はどのくらい気づいていたのか。
節子がいなくなってから、いつも節子と一緒にいるという思いで、なんとか平静さを保っていますが、彼岸に向かう節子の一人旅の不安の感覚を、私も味わわなければいけません。
寂しいのは残された者だけではありません。
残していった者こそ、寂しく不安でしょう。
節子の無念さや寂しさを、どうしたら共体験できるのか、ずっと考えていますが、答が見つかりません。
難問を抱えた年の始まりです。

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2012/01/01

■節子への挽歌1582:世界を創出する能力

節子
厚い雲のために初日の出も拝めない年の始まりでした。

毎年、初日の出を見ることでわが家の1年は始まりました。
節子は闘病時でさえ、元旦の朝は屋上で初日の出を拝んだものです。
初日の出を見られなかったのは、ここに転居してから初めてのことです。
今年はちょっと残念な年明けでした。

わが家の年明けの行事は、家族みんなでの初詣と墓参りです。
これは節子がいる時からの文化で、1回たりとも欠かしたことはありません。
闘病時も、節子も一緒に歩いて近くの子の神神社に初詣に行きました。
神社から富士山がよく見えるのですが、今日は残念ながら富士山も見えませんでした。
初日の出も富士山も、そして節子もいない年の始まりでした。
いつもとは違う「ないないづくし」です。

しかし、節子の話題は何回も出ました。
節子は間違いなく、まだ私たちの世界に生きています。
だからこそ、私たち家族は心穏やかに生き続けていられるのかもしれません。

私たちの目の機能は、デジカメに例えると100万画素程度しかないのだそうです。
100万画素のデジカメの写真はかなり粗い映像です。
にもかかわらず、私たちが見ている世界は、スムーズです。
それは脳によって、画素の粗さが修正されるからなのだそうです。
しかも人間の目には、「盲点」というのがあって、全く見えないところ(暗点)もあるのだそうです。
それも脳が補ってくれているのだそうです。
つまり私たちが見ているのは、現実ではなく、100万画素の材料で創作された映像なのです。

創作あるいは編集を可能にするものはなんでしょうか。
多分過去の記憶でしょう。
今朝、いつもならば初日が出てくる場所の写真を撮りましたが、そこに日の出をイメージすることはできますし、昨年見た方向に富士山を想像することもできます。
同じように、節子は見えませんが、たとえば神社の焚き火に手をかざして暖を撮っている節子をイメージすることもできます。
もし私の創作能力が高ければ、節子の存在する世界を創出することもできるかもしれません。
節子との日々が戻ってくるわけです。
しかし、もしそうなったとしたら、人は私のことを気がふれたと思うでしょう。
他の人には見えない節子を感ずることができるわけですから。
しかし、人間の脳は、それくらいのことはできるはずです。

つまり私たちが実感している世界と現実の世界は、それほど固定的でもなければ、確実なものでもないわけです。
脳が勝手に現実を材料にして、私たちが生きやすい世界を生み出してくれているのです。
最近、脳に関する本を少しだけ読みかじったのですが、そのおかげでそう思えるようになりました。

問題は、自らの創作能力、編集能力を高めることですが、そのためには常識の呪縛を脱ぎ捨てなければいけません。
自らに素直になっていくと、それも可能な気がします。

それはともかく、昨夜はあまり寝ていないので、そして今日も出かけていて疲れたので、そろそろ寝ようと思います。
夢の中であれば、私でも少しは創作能力を発揮できるでしょう。
節子に会えるといいのですが。
ついでに、富士山と初日の出も一緒だともっとうれしいです。

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