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2012/01/22

■節子への挽歌1602:愛こそが宇宙の根本的な原理

「愛」に関連して何回か書いたので、もう1回、少し話を飛躍させます。
宇宙は愛に満ち満ちているという話です。
いささか気恥ずかしい話ですが、何人かの方の最近のコメントに勇気づけられて。

映画「ソラリス」については何回か言及したことがあります。
ポーランドのSF作家スタニスワフ・レムの小説『ソラリスの陽のもとに』を映画化したものです。
私が、その小説に出会った年は、まさに節子と出会った年でもあります。
1964年頃、SFマガジンに翻訳が連載されていたのです。
その後、2回、映画化されました。
ソラリスは架空の惑星の名前ですが、その惑星を覆っている海が知性を持つ有機体なのです。
そして、ソラリス探索のために地球から来た宇宙ステーション「プロメテウス」の乗員に不可思議な厳格を生じさせるのです。
たとえば、主人公の前に亡き妻を現出させるのです。

節子がいなくなってから、この映画を観るとなぜかとてもあたたかな気持ちになれます。
そして私なら主人公のような行動はとらないだろうといつも思います。
映画の主人公は科学者ですので、そんな幻覚にはなかなか惑わされないのです。

それがなんだと言われそうですが、この映画を観ながら思い出したのは、リチヤード・モーリス・バックの「宇宙意識」です。
彼はその本でこう書いています。

宇宙は死んだ物質ではなく生きた存在である。
宇宙はあらゆるものが善に向かって進み、万人の幸福が長期間的には確実であるようにつくられている。
そして愛こそがこの世の根本的な原理である。
宇宙を生み出したのは、「愛」なのです。
これは、仏教の「大きな生命論」につながりますし、華厳経のインドラの網にもつながります。
仏教では、人は生かされているとよく言います。
それは「愛に包まれている」と言い換えてもいいでしょう。
宇宙の愛を感じられれば、人は平安な生を送れます。
覚るとは、宇宙の愛を悟ることかもしれません。

それにしては、地球は不幸や悲惨さに満ちています。
今この瞬間にも多くの無垢な子どもたちが、もちろん大人もですが、餓死し、病死し、殺されています。
愛などどこにあるのかと思いたくもなります。
しかし、いかなるところにも「愛」はある、宇宙は私たちを愛でつつんでいる、と思えば、気持ちは和らぎます。
そして、自らのわずかばかりの愛を、少しはまわりに分け与えられる気になるのです。
その愛は、環境ならずさらに大きくなって自らに戻ってきます。

なんだか寝言のようなことを書きましたが、節子とはこんな話を時々していました。
節子はいつも聴き役でしたが、とてもあたたかく聞いてくれました。
そしていつも、私を愛してくれました。
しかし、私は、その節子の愛に対して、お返しができなかった。
それが哀しくて仕方がないのです。

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