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2012/02/15

■節子への挽歌1626:分かち合ってくれる人のありがたさ

節子
いろいろなことに関わっているせいか、真夜中に目が覚めると、そういうことを考えるようになっています。
一人で考えていると、不安が高まります。
最悪の事態を考えてしまうのです。
そういえば、私と話している時になにか目線が定まっていなかったなとか、もっと大きな問題を抱えているのではないだろうか、とか、まさか・・・などと考えていると眠れなくなるのです。
隣に節子がいたら、起こして相談するのですが、今ではそんな事はできません。
いろんな人の相談に応じるということは、ある意味では、その人の人生に関わるということですから、それは仕方がありませんが、一人で不安を抱えることは、それなりに辛いことです。
分かち合ってくれる人がいる事のありがたさを、改めて感じます。

絆とか分かち合いという言葉がよく使われるようになりました。
しかし、いざと言う時に、一体どれだけの人が苦労を分かち合ってくれるのか、それはいささか疑問です。
節子は、よく私にそういっていたものです。
誰かの役に立っておけば、必ずいつかは戻ってくるよ、という私の言葉に対してです。
そのくせ、節子は、私のそうした行為を分かち合ってくれました。
そのおかげで、私自身は自分に気持ちに素直に生きてこられたのです。
以前にも何人かの人の重荷を、ささやかに背負い込んだことがありますが、状況が変わればそんなことはほとんどの人は忘れてしまいます。
それどころか、手痛いダメッジさえ与えられることもありました。
しかも、言葉と行動は、まさに反比例するような気がします。
海援隊の「贈る言葉」にあるように、「人を騙すより、騙されるほうがいい」というのが私の信条ですが、それも騙されるさびしさを分かち合える人がいればのことかもしれません。
人に優しくなれるのは、自分に無限の優しさを降り注いでくれている人がいるおかげなのかもしれません。

最近、そんな気がしてきました。
口では強がりを言っていますが、かなり弱気になっている自分に、時々、気づきます。

今日も寒い1日でした。

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