■節子への挽歌1658:報告
節子
少しご無沙汰してしまいました。
この数日、少しゆっくりする時間がありませんでした。
今日からまたきちんと書くようにします。
今日は先ず報告です。
近くのTさんのおばあさんが亡くなりました。
96歳でしたが(私は100歳を超えていたと思っていたのですが)、凛とした方でした。
私は一度も話したことはありませんが、節子も娘も、それぞれにお話ししたことがあります。
お手伝いさんとお2人で大きな家に住まわれていますが、高台のわが家からはそのお庭が見下ろせます。
時々、庭に出ている姿をお見かけしました。
住み込みのお手伝いのOさんは、時々、わが家にも来てくれました。
節子が元気だったら、Oさんはもっとわが家に呼んであげたでしょう。
Oさんは、東北の出身で、我孫子には知り合いはいませんので、相談相手もいませんでした。
わが娘たちが、その相談相手で、私も相談を受けたことがあります。
節子がいたら、その度に思いました。
節子は、そういう相談を受けるのが得手でした。
節子は、そういう人だったのです。
強い人が嫌いで、立場の弱い人が好きでした。
目線の高い人が一番嫌いでした。
節子から学んだことはたくさんあります。
3日前に娘がOさんに会ったら、おばあさんは元気だと言っていたそうですから、突然のことだったようです。
Tさんは、数年前に娘さんを亡くされています。
節子の見舞いにも来てくださいましたが、彼女もがんでした。
おばあさんが亡くなって、Oさんはどうされるのか。
そういえば、近くのTさんも最近転居しました。
少しずつ、わが家の周りも変化してきています。
まもなく私もいなくなるでしょう。
何かとても不思議な気がします。
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